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粉雪③

◆ジョージ十三世二十九年 十二月二十五日


「まぁ、そうだな。思い返せば……ダローミアよりほんの少しばかり、敵が多かったかもしれない」

「ご謙遜されますなぁ。唯一の貴族将校として敗残兵を糾合し、籠城して優勢な敵を撃退されたそうではないですかっ!」

 わざわざ、周囲に聞こえるようにコーヴァンが言う。しっかり私を「恩人」であり「英雄」であると認識させようというのであろう。ありがたいことだ。

「……ダールガム男爵夫人の協力のおかげだ。彼女がいなければ持ち堪えられなかったろう」

 実質の指揮を執った彼女の手柄を奪ってしまった形であり、申し訳なく感じる。がために、そう口にした。

「あの『ダールガムの戦妃』ですな。なんでも王都じゃあ、対立派閥への悪辣さから『悪役令嬢』などと呼ばれた女性だとか」

「あー、まー……」

 いろいろ言われているが、婚約者であったヘンリーに言い寄った伯爵令嬢を遠ざけようとしていただけであり、私には然程おかしなこととは思えなかった。それは苛烈にもなるというものだろう。

 当時第二王子ヘンリー殿下の婚約者は公爵令嬢メアリ——現在の呼び名でいうダールガム男爵夫人メアリであり、現在第二王子の妻をしている伯爵令嬢——王子妃ジェーンは従姉でありながら私の許婚であった。貴族としてはよくある、複雑に絡み合う愛憎だ。私としてはまあ、従姉のジェーンは少し……いやかなり苦手だったので、引き取ってくれて助かった。一門で「先読みの巫女」などと持て囃された神懸かりの女性であり、予知能力がある、などと言われていた。会う度「今回はあなたじゃない」などと言われ、辟易としていた記憶が蘇る。

 とにかく「悪役令嬢」の件に関しては我が従姉が悪いし、あんな美しい婚約者がいながら、誘惑されてなびく王子も悪い。許婚相手をつなぎとめられなかった男にも問題があるのでは? そうだね。

「かの女傑を乗りこなしてみせるとは、男爵は勇者の中の勇者でございますな」

「……まぁ、賞賛はありがたく受け取ろう」

 皆が我々の会話に聞き入っている。この機会は有効に使わせてもらおう。演技者としての自分に切り替える。

「ところで私は先だって、臨時政務卿マンカスター伯爵により王都の治安を預かる『王都衛士隊』の創設を命じられたのだ」

「なんと、サーリンガム男爵を王都の治安官にするとは。王国も捨てたところばかりではありませんな」

 そうかな。どうだろう。

「諸君らの敬愛する『悪役令嬢』ダールガム男爵夫人も、近衛を預かっている。我ら二人がいるからには、安心してほしい」

「おぉ、ならば追い出されたりはしませんな、助かります」

 おいおい、それどころじゃないぞ。心して聞いてほしい。

「追い出すどころか、諸君ら次第となるが、隊が駐屯する市壁内……東離宮の広大な使用人棟に、家族連れで入ることも許すつもりだよ」

 避難民たちがどよめく。ここにとどめ置かれて、長いものはふた月にもなるだろう者たちだ。

「よ、よろしいのですか? こう言ってはなんですが……我らが王都の奴らから『流民ども』などと呼ばれているのは知っています」

「無論、貴官の想像の通り、条件がある。我が王都衛士隊では、諸君ら北部浪士の仕官を求める」

 更に、動揺が激しくなっている雰囲気だ。ここまで放置されていきなりこれでは、彼らも困惑するだろう。

「知っての通り、先の陛下は諸君らに十全な対応をできぬまま崩御された。現在継承権最高位にあらせられるは、第二王子ヘンリー殿下である」

 周囲に視線を走らせる。「第二王子」という言葉に戸惑いと、剣呑な表情が浮かぶ。そう。実際第二王子は北部の仇と呼ぶにふさわしい男だが……彼のしでかしたことを知るのは、おおよそ四割か。

「この国難において王都防衛は急務なるが、近衛はその多くが王太子殿下とともに死ぬか、行方不明となった。彼らに王冠を守る能力はもはやないと、王子殿下は考えておられる」

 近衛から暗殺犯が出たので市壁外に追い払いました。は「臣民の知るべき情報」ではない、というやつだ。

「ゆえに、ヘンリー殿下は臨時政務卿を通じて私に戦力の編成を命じられた。さりとて、王都警備隊を吸収したといえ、我が連隊は北部の激戦で今や風前の灯。そこで私は募兵の許可を得た」

 この部分は嘘ではない。彼らの知る、サーリンガム連隊の総兵数がもはや百五十程度であるという事実は、それを補強する。言っていないことがある、だけである。

「第二王子殿下は魔王討伐の大義のためとはいえ、諸君ら北部臣民に大きな犠牲を強いたことに心を痛めておいでであられる」

 ここは嘘。

「近衛なみとはいかんが、良いものを用意できる。例えば、家族まで含めた住居や暖房や食事——無論王都臣民を募兵することは、できる。だが私は、諸君ら——王国への忠節を、すでに身を以て示した北部臣民にこそ、それが与えられるべきだと思う」

 演技者としての自分が、これをスラスラと述べる。出征からこちら、その時その時の相手に望まれる演技ばかりだ。嫌になってくるね全く。天を仰ぐと、ちらつく雪が灰色の空に模様を描いていた。

 ペテンに乗せられるとしても、雪の中凍えていくよりはマシだろう。

「いかがだろうか」

「閣下に恩を返すばかりでなく、生活まで支えていただけるとは……感無量です。お前たち!」

「「はいっ!」」

 声が揃っている。この時点で警備隊連中よりかなりましだ。

「蓄えがなく、腕が立つ浪士から優先して声をかけろ! もちろん小官も、志願いたします閣下!」

「そう思っていた。よろしく頼むよ、エルドレッド・コーヴァン隊士」

 われもわれもと、応募者が殺到した。応募者の自宅の小屋を、さらに募兵所にする。そうして速やかに衛士隊は——数の上では——充足をみた。


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