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戦塵②

 とりあえずの配置を、彼女の「情報に基づいて指示」——「どこそこの連隊は兵力がまだまとまっております。櫓門に配置し防御を堅くするに最適ですわ」「櫓門に貴官らを配置する。防御を堅めよ」という具合である——し、最後に「我々サーリンガム連隊は騎馬で敵騎兵を相手取る。剽悍を以て旨とする我が連隊の衝撃力を見せてやる。防衛線での直接指揮は男爵夫人へ一任しよう、解散」とダメ押しの如く押し付けた。

 兵達は各々の持ち場へ向かい、もはや取り繕う必要のない面子になった状態で問いかける。

「……で、なんだって私をこんな目に合わせるんです」

「あら、職位のあるものが責任を負うべきですわ、当然でしょう?」

「それは、そうですが」

「まぁ。そんな顔をなさらないで! わたくし、負ける気なんてなくってよ」

 これほど快活に笑う方だったか。この人は変わったのだ。いい方へ。

「王太子マーカス殿下も、王子ヘンリー殿下もそう仰りましょう」

 王太子殿下はおそらく今は魔族の腹の中か土の下。王子殿下は我らの苦境の元凶でありながら、連絡も絶ち魔王領を彷徨っている。

「本当に……口が悪くなりましたわね」

 私も変わった。どうやら悪い方へ。

「オークレイ、兵に戦闘準備を……さて、悪い話ばかりで恐縮ですが、もう一つお耳にお入れしたいことが」

「なんですの。今更」

「夫君、ダールガム男爵の件です」

 びくり、とメアリの肩が震える。視線が、やや揺れていた。努めて事務的に話す。

「彼は緒戦、バルドリッヂ領で王太子マーカス殿下を守って魔族と戦い、名誉の戦死を遂げられました。そのお姿、私は拝見しております」

「そう……でしたのね」

「乱戦のさなかでしたので、弔いはできませんでしたが、こちらを」

 僅かな時間で切り取った御髪を包んだ紙を、内ポケットから取り出して両手で差し出す。メアリはそれを受け取り、握りしめる。

「……あなた。随分、小さくなりましたのね」

「接敵まではまだ少し時間があるはずです。私は騎兵隊列を連れて外へ参ります」

 見ていられず、踵を返す。廊下への扉は、後ろ手に閉めた。

 背後から、嗚咽が漏れ聞こえた。

 ……あとにするべきだったかな。いや、後などもう、我々にはないかもしれないのだ。


 敵が迫る。街道を進んだ敵先鋒は、急造の砦となった兵站拠点へ向けて突進する。弩兵と弓兵が矢弾を浴びせるが、少し減るだけで、そのままほとんどが突入に成功する。だが、内部には杭と、猟師から接収した網が地を這わせてある。次々倒れるが、後続が後ろから押す。小鬼たちの悲鳴が連鎖し、地獄絵図が生まれた。

 櫓門の上から、兵たちが石を投げて網に捕らわれた敵を打ち殺す。手薄になった防柵の他の地点から侵入しようと押し寄せる少数の敵は、移動した弩兵と弓兵が追い払う。サーリンガム連隊は、敵後方へ迂回機動で走り寄る。敵騎兵がこれに呼応して、針路を塞がんとする。

 ギリギリまで直進したサーリンガム騎兵は、減速しつつ鞄を振り回し、投擲する。魔狼騎兵たちの頭上や足元で爆ぜた鞄は、それ自体の殺傷性は騎兵を倒すには足らずとも、騎獣から振り落とさせるには足るものだった。いくらかのサーリンガム騎兵もまた落馬し、無事だった敵騎兵により槍を突き刺されて落命する。

 味方の死体を乗り越えて前進した敵歩兵が、櫓門近くまで到達する。重ねられた木箱を登ろうとした時、火が放たれる。その火は瞬く間に広がり、兵站拠点全周を囲む木箱の壁が炎の壁へと変貌する。多くの小鬼が、生きたまま焼かれ……


 銅鑼が規則正しく叩かれた。炎に囲まれなかった幸運な敵歩兵や、騎獣にしがみつけた騎兵たちが残存した後衛戦力へ向かって合流していく。ひとまず、少しは休めそうだった。

「オークレイ、どれほど減らせたかな」

「半数というところですかな。上々でしょう」

「こちらの損害は」

「十五騎です。まだまだやれますぞ」

 兵たちを見る。なるほど、闘志は失われていないと見えた。

「そりゃ何より。あっちはどうだ」

「やはり防衛線はギリギリでしたな。四、五十はやられたと見積もったほうがよさそうです」

「もう一度突撃はできそうか」

「……無理でしょうな」

「よし」

 ふぅ、と息を吐く。ここいらが潮時だ。死に時、に通じる。

「防衛線に合流する。馬上戦闘はこれでお仕舞いだ」

 おそらく、今生で。オークレイが愛馬の首を撫でている。

「やりたりねえですぜ、ウィル様!」

「おぉ、おお。元気だなエド。大丈夫さ。ここからは楽しい籠城だ」

 ワクワクしてくるね、全く。こちとら快速軽騎兵。防戦向きじゃないこと甚だしい。

 敵は隊列を再編している。今のうち、とそそくさ防柵へ向かった。


 ついに、再編を終えた敵が動き出す。火も収まり、焼け落ちて平地となった兵站拠点には、もはや障害物もほとんどない。網も、とうに灰になっている。

 殺到した敵は一直線に櫓門へ。いくら矢弾を放とうが、石を打とうがきりがない。やがて、丸太を持った小鬼たちが門扉へそれをたたきつけ始める。

 一度で歪んだ扉は、二度目で蝶番が吹き飛んだ。三度目で、内側へ向けて倒れる。待ち構えた槍兵たちが先頭の小鬼を数名倒すが、勢いに負け蕃刀で次々喉を裂かれ、斃れていく。兵たちを鼓舞しながら後退し、領主館へ。門扉を閉ざし、いよいよ覚悟を決め、炸薬鞄を握りしめたとき。


 銅鑼が、規則正しく叩かれた。再び丸太を抱え、突進しようとしていた小鬼たちが天を仰ぐ。やがて、列をなし、彼らは北へと歩き出した。

 我が方の兵達は、追撃などに思考が回ることもなく……どころか、誰一人声すら発せず、焼け焦げた木と肉の匂いの中で、遠ざかる敵の列をただ、呆然と眺めていることしかできなかった。


 ボーツシャー公爵領まで撤退した後に聞いた話では、この時魔王領を荒らし回った第二王子の連隊が背後から魔族軍本隊を奇襲。彼らは開戦時の王国軍のごとく、将を射られて総崩れとなり、既に確保した占領地以外からの撤退を決断。ダールガム方面の魔族軍も歯噛みしながら、撤退と相成った、ということであった。私があの小鬼たちの指揮官であっても、しばし天を仰ぐことになっただろう。なんだこの戦いは。壮大な無駄じゃないか。そうだね全くその通り。

 で、持ち場を離れ全軍を壊滅に至らしめた我らが王子ヘンリー殿下はその魔族の将を討ち取った功を以て「北部占領地解放の英雄」或いは出兵後で手薄な魔王領でハイキングをしていた功を以て「魔王の首に最も迫った勇者」と呼ばれている。主に王子派であるマンカスター伯爵らによって。あら、サーリンガム男爵って王都における王子派の最高位武官らしいですね。悪そう。たぶん角とか生えてるよ。

 ともかく——そうして、我々の戦争は終わった。


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