1話「弟子志願者は突然に」
周囲からは、活気のある声が次々と飛び交っている。
「エステルちゃん、久しぶりだねえ!」
その中から、聞き覚えのある声がした。私はつい足を止めて振り返る。するとそこには、馴染みの店の店主ヘルマーさんが露店からひらひらと手を振っていた。
ヘルマーさんの様子につられて頬を緩めながら、人混みを縫ってそちらに近付く。外套を押さえながらどうにかたどり着くと、露店には色とりどりの果実や植物を干したものが並んでいる。その内の一つを、ヘルマーさんが私に差し出した。
「わあ、美味しそうな林檎。おいくらですか?」
艶々とした紅玉は、身が詰まっているようでずしりと重たい。けれどヘルマーさんは首に振って、快活に笑う。
「今日はお代はいいよ。ボルツマン子爵領は遠いからね。王都に来るだけで疲れただろう」
「いつもお気遣いありがとうございます! 有難くいただきますね!」
ヘルマーさんには、王都に来るたびによくしてもらってばかりだ。今日もその分たくさん買おうと、切らしている薬草を中心に、日持ちのする野菜や果実を買っていく。足が早いものは、王都にいる間に保存食にしてしまおう。
大体見繕ってヘルマーさんに伝えると、それを袋に詰めてもらった。
「いっぱい買ってくれてありがとうねえ。ご贔屓に」
「いえいえ、こちらこそですから」
お金を払って、大きな袋二つ分になった袋を抱え上げる。ずんと重さが腕にのしかかった。
「ヘルマーさんのところのものは、品質も確かですから」
「そう言ってもらえると嬉しいね。ほらもう一個おまけ」
「そんな、悪いです!」
袋の上に、先ほどの林檎をもう一個乗せられる。流石に申し訳ないと思っていると、からからとヘルマーさんが笑った。
「戻ったら、マルグリットちゃんにも分けてお上げ」
「はい、そうします。魔道具の調子とか悪かったら、私いつでも見ますから。祭の期間は呼んでくださいね」
私の専門分野なら、なんでも言って欲しい。そう胸を張って伝えると、ヘルマーさんの目が優しげに細められる。
「そいつは助かるよ。エステルちゃんのところに、よい冬が来ますように」
「ヘルマーさんも」
挨拶を交わし、一度荷物を置きに戻ろうかと考えていると、けたたましい叫び声が遠くから聞こえてきた。どよめきは一気に広がり、何かの騒ぎが起きているようだ。
「なんだい、冬の前に……。何か喧嘩かい?」
ヘルマーさんが顔を顰める。私はなんだか嫌な予感がして、ヘルマーさんに袋を押し付けた。
「ちょっとエステルちゃん!」
「すみません、少しだけ見ててくれませんか! すぐ戻ります!」
エステルちゃん、と私を呼ぶ声に背を向けて、騒ぎの方へ走る。すると、何かが壊れるような音、鋭く飛ぶ警戒の声が段々と大きくなってきた。
逃げてくる人々に押し流されないように進むと、広場の端にたどり着く。
「市民の避難を優先しろ! 包囲から外に出すな!」
騎士団の人が囲んでいるのは、巨大な馬だった。普通の馬の二倍以上の体躯を持つそれは、露店をいくつも薙ぎ払ったのか、荒く息をし、敵意を露わにしている。
私はすぐに周囲に視線を巡らせる。だが、倒れている人はおらず、少し軽く息を吐く。他には馬に武器を向ける騎士たちに、商人然とした男が縋りついているのが目に入った。
「やめてくれ、大切な家族なんだ、殺さないでくれ!」
縋りつかれた騎士は狼狽しており、未だ忙しなく周囲を警戒する馬と男と交互に視線をさ迷わせている。
「だが、これ以上被害が出る前にどうにかせんとだな……」
彼の指示を待っているのか、騎士たちと馬は膠着状態にあるようだ。
「お願いだ、落ち着けばいい子なんだあいつは、どうか止めてくれ!」
悲痛な声で男が叫ぶ。すると、馬が一つ嘶いた。その声が広場中に響き渡る。
はっと私は、懐から魔石を取り出した。それにすかさず魔力を込める。
「主人の声に興奮したか……とにかく止めるんだ!」
騎士が周囲にそう指示を出す。無数の剣が、一斉に馬へと向けられた。その隙間に、私は駆け込んだ。
「間に合って、――スリープ!」
煌々と光る魔石を、馬に向ける。その瞬間、今にも突進しそうだった馬が、ぴたりと動きを止めた。
ほう、と私は一息吐く。その瞬間、馬はばたりと大きな音を立てて、その場に倒れてしまった。
「お前、今何を……」
先ほど指示を出していた騎士に聞かれ、ええっとと魔石を握りしめる。
「その、ただ眠っているだけです。しばらくすれば起きると思うので、それまでに運んであげてください」
「あ、ああ。分かった」
そして、商人のところにも歩み寄った。
「あの馬とあなたは、公国の出身の方ですよね?」
そう尋ねると、戸惑ったように商人は頷いた。
「は、はい。なぜそれを……」
「父の実家が公国なんです。この子、向こうにしかいない種類の馬ですよね。きっと慣れていないところで落ち着かなかったんでしょう」
そう言って私は鞄の中を探り、袋を取り出した。一応中身を確認すると、麦がいくらか入っている。その場しのぎにはなるだろうと、それを商人に差し出した。商人はそれをおずおずと受け取る。
「この麦は公国のものですから、しばらくご飯に混ぜてあげてください。きっと祭にも出回っているでしょうが、一応渡しておきますね」
「あの子を止めてくれただけでも有難いのに、本当にすまない。何か礼をさせてくれ」
「え、ええっと」
予想外の申し出に言い淀むと、騎士の一人もこちらに歩み寄ってきた。
「協力してくれてありがとう、名を聞かせてくれないか」
「ええっと、そこまでの者では。そ、その帰りますので!」
焦った私は、人混みの方へと走り出す。制止する声が後ろから聞こえたが、それを振り切るように街へと逃げ込んだ。
少し走って、人気のない路地で壁にもたれかかる。荒い息を整えながら、それでも丸く収まってよかったと私は安堵した。
つい性分で手を出してしまったが、慣れないことはするものじゃない。後でヘルマーさんのところへ、荷物を取りに行く必要があるし、買い出しはまだ終わっていないのだ。
露店街へ戻る算段をつけていると、ふいにかつんと背後から足音がした。
「魔女殿、ここにいたか!」
その声にぱっと振り返る。そこには、一人の騎士が立っていた。おそらく格好的にも、先ほどのうちの一人だろう。
「え、な、なんですか!?」
多少は呼び止められたが、まさかこんなところまで追いかけてくるとは思わなかった。どうしたら、ともたもたしているうちに、つかつかと騎士は距離を詰めてくる。
その容貌に思わず私は息を飲んだ。
精悍な顔つき、切れ長の目が真剣な様子でこちらを見つめている。思わず心臓がどきりと跳ねた。一見無造作に見える黒髪も、涼しげな雰囲気に一役買っている。
まるで物語の王子様みたい、なんて感想を抱き、それに見入っていると、がしりと上から両肩を掴まれた。
「ひ、ひえっ!」
心臓がぎゅうっと縮こまる。美しい顔に見下ろされる圧に、思わず懐の魔石を握りしめた。ひょっとしなくてもこれは緊急事態なのでは、と私が魔石に魔力をこめようとしたその時。
「俺に魔法を教えてくれないか!」
騎士は、一息にそう言った。
「え?」
拍子抜けし、ぽかんと騎士を見上げる私に、騎士ははっと目を瞬かせる。そして、口をもごもごと動かせて、おずおずと口を開く。
「お、教えてくだ、さい……?」
先ほどのはっきりした声が、ぎこちない敬語に変わった。だが、内容は依然として同じままである。意味を取りかねる私と、こちらを窺う騎士が目を合わせたまま、静寂が路地に落ちたのだった。
新連載です。連続投稿チャレンジに便乗したものなので、投稿はマイペースです。よろしくお願いします。




