【童話】五つのすみれの物語
一、
男は、街で一番のお金持ちのお嬢様に、恋をしていました。
あるとき、お嬢様の誕生日パーティが開かれることになりました。
男は、ぜひ行きたいと思いましたが、貧しい学生だったので、贈り物を買うお金がありません。
男は、しばらくかんがえたすえ、銅のどうらんを肩にかけて森に行き、すみれの花をさがしました。
紫色のすみれ、
空のように薄い青色のすみれ、
白、
中心に猫のひげのような線がはいっている黄色のすみれ、
上の二枚の花びらが紫、まんなかが白、下は花びらの下の端に紫、中心に黄色がはいっている三色のすみれ。
五つのすみれを根っこごと掘り取って、戻ってきました。
そうして、フランス瓦にそれらをできるだけ美しく盛りつけました。
二、
砂糖商人のお屋敷は、白壁に赤い屋根。窓のまわりと軒先や破風には白の細かい飾り彫りがほどこされ、苺をのせたケーキのようです。
男は、五つのすみれたちを古ぼけた上着のわきにぎゅっとはさみ、意を決してお屋敷の玄関に足を踏み入れます。
大階段のうえには、シャンデリア。さまざまな角度に切りだされたガラスの飾り――球、平たい涙のかたち、ユリの花の紋章をさかさにしたかたちのものが、ろうそくの光をうけて輝きます。
踊り場には、すでに贈り物が山とつまれています。厚みと光沢のある紙や打ち出し模様のある薄様紙にくるまれ、ベルベットやシルクのリボンがかかっています。
男が、そばにそっと自分の贈り物を置こうとしたとき、上から声がかかります。
「まあ! あなたが来てくださるなんて。うれしいわ」
見ると、お嬢様が、階段の手すりに手を置き、すべるように降りてきます。
お嬢様は、袖口や襟元に白いレースをあしらったデイドレスに白と黒のボタンブーツ。黒い髪は両の耳の上あたりで束ねられ、オレンジの蕾がたくさんさしてあります。
「十六歳の誕生日、おめでとうございます」
男がしゃっちょこばりつつも、礼儀正しく口上をのべると、お嬢様は、
「まあ、いいのよご挨拶なんて。さあ、二階へどうぞ。気のはらないパーティだから楽しんでいらして」
男の腕を取ろうとします。
男はいそいで、瓦にのせた五つのすみれをお嬢様にさしだします。
「ごめんなさい、もっとよい贈り物をさしあげたかったんですが。いいものがなくて」
もぐもぐとつぶやきます。
お嬢様は、
「なぜこんなものを持っていらしたの?」
と言ってしまってから、「いけない!」という顔でいそいで言葉をのみこみ、
「ありがとう。皆の贈り物といっしょに、ここに置いておいていいかしら?」
と、すみれをのせた瓦を、贈り物の台にそっと置きました。
三、
二階の大広間では、すでにダンスが始まっています。
「シャンパンはいかが?」
お嬢様は、チューリップの花のようなグラスを手にとって、男にわたします。淡い黄色の葡萄酒のそこから、ぷくぷくと小さな泡がわきあがり、きえていきます。
「これ、ほんとうはフランスのシャンパンではなくて、タシケント(現・ウズベキスタン)のなの。でも、けっして本場のものにひけをとらないから。許してくださるわよね?」
お嬢様は男の目をのぞきこみます。
「え? ええ。おいしいです」
じっさい、男はフランスのシャンパンなど飲んだことがありません。でも、タシケントのものも、ほんのり甘くて、男はとてもおいしいと思いました。
つぎのテーブルには、
ホロデーツ(肉のゼリー寄せ)、フォルシュマーク(刻みニシンの前菜)、肉とそばの実のホルブツィ(ロールキャベツ)、などの冷菜が、四角い銀のお盆や陶器の大皿に行儀よく並べられています。
よく知っている料理でも、いろどりを考え、一口大にととのえられると、まったく違うものにみえる、と男は思います。
ボルシチの鍋のうしろには、それぞれ料理人がひかえていて、
「鴨と燻製梨のボルシチをください」とたのむと、赤のソースが白いスープ皿に映えるように、美しくもりつけて、差し出されるのでした。
メインは、
鯉や鴨肉のロースト、豚スペアリブの蒸し焼きが、ソバの実やもちキビ、プラムなどを腹につめこまれ、大皿にのって、切り分けられるのを待っています。
お菓子のテーブルには、
何十層も重なった薄い生地に、甘い蜜をたっぷりとふくませたバクラヴァ、
苺とサワーチェリーを入れて包んだ赤いワレヌィキ(水餃子)、
杏のソースのかかった、まるいスィルニキ(チーズパンケーキ)、
星の型で抜いたピルヌィキ(ウクライナ風クッキー)、
芥子の実とクルミをはさんだプィリーグ(ウクライナ風パイ)
が、陶器の大皿や柳のかごにのって、並んでいます。
お嬢様は、とつぜん両手を顔のまえでぱちんと打ち合わせると、
「我が家自慢のメディウヌィク(ハチミツケーキ)はいかが? とーっても甘いの。ちょっとここでお待ちになってて。歯がとけちゃうほど、あまーいんだから」
といって、どこかに行ってしまいました。
歯がとけては大変です。
男はいそいで階段を降り、五つのすみれをふたたび小脇にかかえ、砂糖商人のお屋敷を抜け出しました。
四、
町はずれの小川には、手すりのない、丸木を組んだだけの橋がかかっています。
男は、橋の横から河原に降り、きらきらと流れる水のしたの石めがけ、瓦ごとすみれをたたきつけました。
さらに、すみれたちを踏みつけようと足を上げたその時、後ろから声がかかります。
「ちょっとまって!」
男がふりむくと、娘が立っていました。
よくは知らない娘でしたが、近くに住んでいるのでしょうか。麻のソロチカ(シャツ)に黒っぽい茶色のスカート、ソロチカとそろいの刺繍のエプロンをつけています。亜麻色の細い髪を編んで、後ろにたらしていて、見るたびに「象のしっぽのようだ」と男は思っていました。
「そのすみれをどうするの」
と娘が言いますので、
「好きにしたらいい」
とだけこたえて、男は河原を去りました。
娘は、茎や葉が折れ、いたんでしまったすみれたちを拾い集めて、白樺の森のなかにある自分の家の窓の下に植えました。
しばらくして、街で男の姿を見なくなりました。風のうわさでは、そのころちょうどはじまった戦争に志願し、クリミアに行ったというのです。
誰も止めるものがいなかったのでしょうか。
五、
数年たって、戦争は終わりました。
娘は辛抱強く、男の帰りをまっておりました。けれども、最初からなにか約束があったわけでもないのです。
さらに二、三年待ったのち、娘は縁あって別の男と結婚しました。
夫となった人は、体の丈夫な、よくはたらく人で、子供も七人生まれました。
春になると、日当たりのよい窓の下、少しずつ場所を変えながら、五つのすみれが咲きました。
娘たちも、嫁入りのときにすみれを株わけして持っていきました。なので、娘たちの家、またその娘たちの窓の下でも、すみれは毎年咲きつづけた、ということです。
【終】
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