タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ
高校までの通学路にある曲がり角。
私は道沿いの塀に体を隠しながら、彼を見る。
彼は、自分の指をじっと見つめながらこう叫んでいた。
「ペンダコ! タコ! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
あぁっ……好きぃ……!!
◆
私は地元の高校に通う一年生。初めて彼の噂を聞いたのは、教室で隠れてタコのニューチューブ動画を見てた時だった。
「ねぇ……隣のクラスの山岸……あいつヤバくない?」
「わかる! ずっとタコタコ言っててキモイよね〜。あれ絶対アタオカだよ」
その時、私はピンと来た。
ずっとタコタコ言ってるって……それだけタコが好きってこと!?
私はスマホをしまって噂中の二人にドカドカと近づく。
「その話、私にも詳しく教えて!」
「高嶺さん!? ごめん、聞こえてた?」
申し訳なさそうな顔をする二人に構わず、私は話を掘り下げる。と、彼女達は渋りながらも彼のことを教えてくれた。
「B組の山岸ってやつなんだけど……あいつずっと『タコー!』って発狂してるらしくてさぁ、授業中でもタコっぽいの見つけるとすぐ発狂! キモくない? っていう……でも、超絶美人の高嶺さんには縁の無い世界だと思うよ?」
「そんなことないよ!!」
目を輝かせながら相槌を打っていた私は、彼女の聞き捨てならない言葉を食い気味で否定する。
私は、タコが大好き。でも、私と同じタコ好きの人なんて今まで出会ったこと無かった。
彼は……運命の人かもしれない!
「私! 用事が出来たから帰るね!」
「えっ今昼休みだよ!?」
私は彼女達の声を聞くことなく、早足で教室から飛び出しました……と。
そして時は経って2ヶ月弱、私は今も彼のことが気になりながらも、自分から話しかけられないでいる。
いいやダメよ私! ずっと片想いを続けるつもり!? 今日こそ、今日こそ彼に思いを伝えるのよ―――
「何してんの?」
「へ?」
私が彼から目を離した隙に近づいてきたのだろう。目の前には私の顔を覗き込む彼がいた。気づかれた焦りと突然の問いかけに頭が真っ白になる。
少し沈黙が続いた後。
「あ!」
彼が私の鞄についているタコキーホルダーに気がついたらしく、大きな声と共にキーホルダーをビシッと力強く指差した。
「タコ! タコタコタコ!! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!!」
その声を間近で聞いた私は堪らなくなる。
「あぁ……好きぃ! 好き好き好き好き好きぃ!!」
「え?」
ハッ! と口を手で塞いだ時にはもう遅い。私は瞬時に顔を真っ赤に染め上げる。
どうにか誤魔化さないと……!
「え、あ、あのぉ!! ……あ! タコ!! タコがぁ!! す、私もす、好きでぇ!」
「タコ! タコって言った! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
「あぁっ」
「タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!」
「はぁっ、はぁ〜っ!」
「タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
「もっと! もっと言って〜!」
「……」
「……え、なんで言ってくれないの……?」
戸惑う私を見て、彼は面倒くさそうに頭を搔く。
「いやぁ、そのぉ……求められるのは、違うというかぁ! 俺は、義務でやってるからぁ!」
「義務……? タコが好きだから、連呼してるんじゃないの!?」
「俺にはぁ、タコを発見したら叫ぶっていう義務があってぇ! それを遂行してるに過ぎないんだぜぇ……!!」
衝撃。
私の頭に、強烈な電気ショックのようなものが流れる。
これが……失恋……
初めて体験した失恋というものに、私の胸は酷く怯えていた。
……でも……諦めきれない……!!
「な、なんであなたにそんな義務があるのよ! タコって言わなきゃいけない義務なんて、聞いたことないわ!」
そんな義務があるとしたら、私に課してほしいくらいよ!!
「なんでって……そんなこと、考えたこともなかったなぁ……」
「じゃあやっぱりタコが好きなのよ! じゃなきゃおかしいわ! 好きじゃないのにタコを連呼するなんて……そ、そんなのアタオカよっ!!」
「!!」
勇気を出して口から放ったその言葉は、彼の心に深く刺さったらしかった。
彼は苦しそうな顔で数秒唸ると、ふと顔を真上に上げて何かを決意したかのように右腕を空に掲げた。
「……俺は、アタオカじゃない!」
「ええ!」
「断じて! 誤解されやすいけど、断じてアタオカじゃないんだ!!」
「ええ!」
「つまりだ、俺は、俺は……タコが好きなんだァーーーっ!!!」
「私と付き合って!!」
「……え?」
しまった……私、雰囲気に流されて……!
でも、気持ちは本当! あとは、彼の返答を祈るだけ……!
彼は私の足先から頭のてっぺんまでじっくり見通すと、今度は顔、胸、足の順に局所的に視線を移す。
そして再度顔へと戻ってくると、彼は満を持して口を開けた。
「いいけど……俺ドエロいよ?」
◆
あれから3日が経過した。
私達高嶺&山岸カップルの誕生は大きく話題になり、学校では今もそこらじゅうで噂されている。
そして、昨日一昨日辺りからタコが好きな男子が増えた。何でかは知らないけれど、タコ好きが増えるのはすっごく嬉しい。
けど……私と彼の関係は、早くも順調とは言えない。
登校。一緒に学校へ向かう時。
「おはよぉ! あ! キーホルダータコ! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!! 」
昼休み。ご飯を一緒に食べる時。
「あ、弁当! タコさんウインナー! タコ! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
下校。一緒に帰る時。
「あ! 俺の指ペンダコ! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
も、もう……限界……!
「タコタコタコタコタコ……う、うぇ!?」
私の体はついに我慢の限界でメキメキと膨張する。か細い腕は枝分かれして触手に変形し、頭は膨れ上がって赤く変色した。
そう、私はタコなのです。
彼は私の異形に震えながらも、ここぞとばかりに指を差して叫び始める。
「え、あぁ! タコ!! タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ!!」
「さっキカらタコたコ……」
「タコタコタコタ―――」
「うッサいワ!!!」
「へぶっ!?」
ドゴォ!
触手で上半身を強く殴られた彼は、凄まじい勢いで道路の端の塀まで吹き飛ばされた。
気を失いながらも顎をガタガタと震わせる彼を見て、私は正気に戻る。
「アぁ……私はナンてこトヲ……!」
一時の感情で……彼を、好きな人を傷つけてしまった……!
小さな目から涙がこぼれようとしたその時……後ろから不穏な声が聞こえた。
「イカイカイカイカイカイカイカイカ……」
振り返ると、そこには宇宙船に乗った3体のイカが私を嘲笑っていた。
そのうちの1体が宇宙船から降りてくると、遠くで倒れる彼に目を向ける。
「ごク労だっタネ……山岸クん」
そのイカは心のこもっていない、仮初の感謝の言葉を放ってから、私に真っ直ぐ向かってきた。
「ア、アナた、ダれ!?」
「察シが悪イナぁ……我々モ君とおナジ宇宙ジんサ……地球は近イ将来、このイカ族のもノとなる……ライバルのタコ族にはお引キ取リ願オウ!」
そういえば、幼い頃聞いたことがある……この星には私達とは別の侵略者が隠れてる、って!
「山岸クんが気になるカナ? ……彼ハねぇ、我々が洗ノうしタのだよ! タコを発見スレば叫んで報告するヨウにね!!」
2度目の衝撃。
私達の恋は、こいつらの洗脳の上で成り立っていたのだ。
今度こそ本当の失恋を味わった瞬間だった。
私はショックで膝(とされる触手のくびれ)から崩れ落ちる。
「ハッハッハ! 我ラの知能に屈服シタカ! では、シんでもらおうカ! タコよ!」
……違う。まだ。
まだ私は、山岸君にフラれてない!
「イカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ!」
「お、オイ! 何のつモリだ!」
「イカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ!!」
「……っ!?」
「イカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ!!!」
「……みンナ、こいつ悪イヤツじゃなイカも―――」
ドゴォォォン!!
触手で宇宙船ごとイカ3体をまとめて殴り続ける。
恋の力によって増強されたそのパワーに為す術もなく、イカ達と宇宙船はミンチになって死んでしまった。
「こレがホントの、タコ殴りってネ……」
「う、うぅ……」
彼の呻き声だ。目を覚まそうとしている。
タコ好きの彼は洗脳……この姿を見られたら、私は間違いなく嫌われてしまうだろう。
でも、私は期待してしまう。私の姿を見て歓喜し、タコと連呼する彼を。
「いてて……え?」
完全に目が覚めた彼と、目が合う私。
彼の表情は―――笑顔にはならなかった。
「え? タ、タコ? なに? ドッキリ……? じゃ、ないよな……てか、俺こんなとこで何やってんの? しかも目の前にタコって………」
あぁ、分かってたのに。
分かってたのに……!
私は、この瞬間失恋し―――
「触手プレイ出来るじゃねぇか……エロすぎんだろ……」
「……」
「……」
「……ドエロっ!」




