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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ツーといえば神! 序章ゼルドの旅立ち


 生きるために、オレはこの手に剣を取った。

 装備が許されたのは剣だけだ。

 そして村の外に広がる草原を駆け巡る時が来た。

「盾は臆することを覚え込む。今のお前には不要だ!」


 そういわれて「うん」と聞き分けるしかない。

 3歳以前の記憶はないまま5歳になった。


 ◇


 剣を振るうためにずっと村のお手伝いをしてきた。

 井戸から水をくみ上げてバケツに移し、旦那様たちの家に運ぶ。

 牛舎や馬小屋があり、そこへ運ぶのだ。

 その家畜の世話もオレの係りだった。

 バケツの水とブラシで身体を清めてやりエサも毎食分世話をする。


 ああ暑い……喉が渇いたな。汗だくでシャツがベトベト……朝ごはん、まだかな。坊ちゃまたちはまだ寝てるんだろな。ふかふかのベッドで。


 バケツに汲んだ井戸の水を少し頂こう。

 手はすでに泥だらけだ……バケツの中に直接顔を突っ込んで欲しいだけすする。

 グビ……グビ……ぷはぁ。旨い……といえば嘘になる。

 家畜のための飲み水だが脱水で倒れる訳にはいかないから。


 洗濯場へいくと各家のベッドのシーツや様々な布類の片づけが待っていた。


 う、汚れに悪臭。この酸っぱいような、肉の腐ったような……おえっ。

 顔を近づけたらそうなると解ってるのに……嗅いでしまう。

 怖いもの見たさでクセになりそう……じゃない。けっして変態ではないから。

 においの原因で使用する洗剤を変えなきゃならないだけです。

 これは坊ちゃんたちの涎だな。まったく。きたない……くさい……あいつらにお礼のチュウをされるの地獄なんですけど。

 

 うがいと歯磨きは貴族のたしなみ、といっているくせに。

 磨き残しでいつも臭いんだから。


 洗濯も水がいる。それも井戸から汲んで運ぶのだ。洗濯物は全部手洗い。

 洗濯板は木版と石板の2種ある。やさしく接しないと布も傷つけて、自分の指も擦りむいてしまう。


 アイテテテ……! いってる傍からやっちまった。


 養ってもらっている身だから文句もこぼせない。

 だるい、だなんて……とても。

 足腰には筋力がつく。水汲みと、掃除、洗濯、家畜の世話。

 この世に奴隷なんていちゃいけない……旦那様たちは、本当にお優しい。


 どの仕事をとっても井戸水は欠かせない。

 その運搬で次第に腕力も培われた。


 日の出とともに起き、水場を離れたら仕事の仕上げに来るのは石畳で整備された村の敷地の清掃だ。

 旦那様たち大切なの来客の足元の衛生のため、日が暮れる前にはすべて済ませておき次の日に備えるのだ。

 ホウキの先は筆のように細やかな毛先でどんな塵も埃も収集する。

 その後ホウキに付着したゴミを村のゴミ焼却炉の中でパンパンっとはたく。

 オレがこの村でする修行は、いわば雑用だ。


 早朝の空気は格別に旨い。夕暮れ時から見える星空はロマンで溢れている。

 甘い夢を空想のなかで見られるのは限られた小さな隙間時間だけだ。


 魔法がある世界だと教わった。

 ここの村人は誰も一度たりともそれを見せてくれなかった。

 先日5歳の誕生日とやらを迎えた。

「おめでとう!」と皆にいわれた。一応の祝福をうけ、皆が笑顔になった。

 村の雑用をこなす者は、オレ以外にはいない。


 それがオレのここでの役目で他の者には他の役目があるとも教わった。

 各家には旦那様と奥様がいて、お嬢や、坊ちゃまが上品な暮らしをしていた。


 オレの住まいは納屋の空き部屋。同居人はおらず、いつでも「ぼっち」だった。

 だけど奥様たちは日替わりでオレの家の食卓に食事を届けてくれる。

 その手料理だけは本当に美味しかった。

 だから決して虐げられているとかではない。


 親兄弟の居ない孤児。それがオレ。ただそれだけのことさ。


 ◇


「攻めて攻めて攻め抜く剣士を目指すために盾は敢えてお預けなのだ!」


 は、はい! 力強く返答をしたつもり。

 しかしその声は口元から出はしたが人知れず屁のように消える。


 話し相手はほぼ居ない。教育係の従者も厳格な人物で基本無口。


 食事の世話で顔を合わせる奥様達に「ありがとう」という。

 施しを受ければ必ず「いいなさい」。常識というものだ。


 子供が時々不要になった本を譲ってくれる、その折も「ありがとう」だけだ。

 手渡したら帰っていく。

 

「あ、あの……その」

「なーに?」

「あ、ありがとう……」

「それ今聞いたよ」

「いつも……もらって。勉強に……なる……なります」

「もう返さなくていいからね。不要なら焼却よろしくね!」

「は……はい」

 

 それ以上会話が続くこともなければ弾むこともなかった。

 会話はちょくちょく途切れる。ほんと苦手なのだ、そういうのは。

 雑用しか取り柄がない見すぼらしい自分なんかが。

 農業書や建築書を読む賢者のような方々と気軽に話したり笑い合ったりしてよいのか。

 いつも、心の中では恐々としていた。各家にこわもての従者が雇われていて子供同士の関係を引き裂かれないか不安だった。

 馴れ馴れしく関係を持ったりしてお叱りを受けないか、心配だったんだ。


 黙っていわれたことをこなしていれば波風が立つことはない、そう思ってしまう引っ込み思案な自分がそこにいた。

 幼いながらも孤児の意味はわかっていたから。





 始めて手にしたのはショートソード。

 切れ味はナイフ程度。初心者に最適の武器。

 5歳の時、村人の付き添いが条件で剣士となる許可が出た。

 付き添いの村人は村長家の従者の男性だ。自分の教育を担当してくれたのが彼だった。

 2年間、村の中の雑用で基礎体力を養った。


「剣士と魔法士ならどちらがいい?」言葉を習ったとき、そう問われた。


 村長からは5歳までに決めておくようにといわれていた。


 5さいまでにって……なんねんでしゅか。いま3つだから……えっと。


 他の子供は商業や学士や役人を目指す教育を受ける。

 この選択肢が親から向けられることはない。


 魔法はものすごい頭脳を必要とするって。知力が大事なんだって。


「火も水も、その場で調達できるなんて……スゴすぎ」


 でも魔法士のお手本となる者がこの村にはいない。

 選択肢に加えるのだから何ができるかは教わったけど。

 だけど絵空事でしかない。先生がいないのだから。


「それでも調理だったり、屋外で暖を取ったり憧れるスキルだよ」


 オレは「剣士」でお願いします、といつしか答えるしかなかった。


 そのための訓練が始まったのだ。


 ◇


 村に英才教育などの学校はない。

 村長がいて村人が十数世帯暮らしている。

 そこに畑や農園、家畜を確保し、自給自足の暮らしがあった。

 ある程度の教養は村人から受けさせてもらった。

 読み書きと最低限の挨拶、礼儀など。

 代わりにお手伝いをするのが鉄則ではある。


 村の外に出るには剣を握る必要がある。

 それは自衛のためだと教えられてきた。

 自衛のためのジョブとして「剣士」「魔法士」の2種がある。

 やがて独立を迎える日の為に「選ぶ」必要がいつかはやって来る。


 ◇


 外は「剣と魔法の世界」と呼ばれいて、剣士と魔法使いの旅人は割と存在している。

 日々剣士としての鍛錬に励む、それがオレの日常になっていった。

 自宅は世界に名も知れぬ村にある。

 しかし名前はちゃんとある。

『エピオール村』それがオレの育った村の名だ。

 地元の者しか知らぬ村だ。近隣に村は存在しないからと。


 幼いころにジョブの選択を迫られる者は親の居ない孤児だ。

 オレもその1人だ。

 実際はこの村で生まれた訳ではない。

 小さな村は孤児の面倒を見ると国から優遇される。

 だから孤児は野垂れ死ぬことはあまりない。天の救いのような制度だ。

 王様は下々の民のことまで配慮なされている。じつに尊いお方だ。


 エピオール村は小さい。ゆえに今、孤児はオレ一人だけだ。

 一人受け入れれば十分役目を果たしているといえる。


 2年後の7歳には「駆け出しの剣士」として独り立ちをし、デビューを飾る。

 剣士として世の中にデビューをするのだ。

 ショートソードを握ったその日から外の空気を吸い始めた。

 付き添ったおじさんはオレに激を飛ばす。



「さあゼルドよ! 草原の草に剣の刃を向けて薙いでみせろ!」



 オレはゼルド、ついに7歳になった。

 エピオールの村長から授かった特別な名前だ。

 ゼルドの持つ意味は「闇を(あば)く」であるらしい。


 かっこいい名前を頂戴し、ありがとうございます。


 訓練の初手は草を薙ぐ、という行為だ。

 草を横に払い切る。

 刀や鎌などの刃物を使って草の根元近い部分を断ち切る動作。

 草を刈るのにも有用となり農作業にも役立つ。まずこれを身に付ける。

 装備した剣で生き物を仕留めるには、この基本が大切になる。


 それは初めて見る景色。地平線はどこまでも広がっていた。

 遠くに山々が霞んで浮かぶ。その向こうにも大地は続き広がっている。


 オレはどこへ……いけば楽しめる? 臭い思いはもう……嫌なので。


 いや孤児のオレなんかが人生を楽しんでいい訳がない。

 それを将来許されているのは世話をしてきた坊ちゃまたちなのだ。

 お嬢様たちには将来、白馬に乗った王子様のお迎えがくるらしいし。


 どうか、お幸せに。


 訓練も板についてきた。

 草原を中心として活躍するため保護色の緑色のチュニックとボトムスを授かる光栄に見舞われた。自分で洗濯をして衛生を整えて生涯のユニホームとするのだ。

 5歳から2年を経て、野兎ぐらいは一人で狩れるようになった。

 生臭い作業だが、解体も覚えた。


 動物の肉には脂分がある。少し絞って抽出し、剣先で岩をこすって火花を散らす。

 油に引火させて枝葉をくべれば焚火を起こせる。

 生肉を焦がさぬようにじっくり炙って、食用にするのだ。

 狩さえできれば喰うに困ることはない。


 剣士にせよ、魔法士にせよ、駆け出しでも7歳になる頃に村を出される仕来りがある。独り立ちをしなければいけない掟なのだ。


 それは次の孤児を受け入れるためなのだ。

 一人出ると、また一人受け入れる。世の中の孤児が行き場を失くさず救われる。


 まだ見ぬ彼らの為にオレは強く成り続けるのだ。

 自分で自分の身を立てることは貧困にあえぐ民を救うことに貢献する。


「これからは魔物も狩って、世の役に立ちたい」


 こういう村は世界中にたくさんある。

 だから幼くても独立を余儀なくされることは世界で定められた決まりなのだ。


 戦い方を教えられたら街へ向かい、仕事を自分で見つける。

 後の人生は自分次第だ。そこからはどう生きようとも自由だった。

 だが親の居ない天涯孤独の戦士は使い道がたくさんある。

 危険な仕事も任されるチャンスもある。

 村を出された後の衣食住は自分で勝ち取らねばならない。


 生きていくための最低限のスキルは獲得させてもらえたのだから。

 それを生かすも殺すも自分次第となる。


 オレの故郷はこのエピオール村だけだ。

 たまに立ち寄るぐらいの里帰りは歓迎ムードだというので安心した。

 話し相手も親しい友達もここには居ないけど。故郷なんだ。


 やがて旅立ちの時を迎えた。

 こういう村人たちは元々都会で暮らしていたが、それに飽きて田舎でのんびり過ごしたい同士で村という集落を築いたそうだ。

 しかし都会での納税を放棄できる訳ではない。

 財にゆとりがあってもこれらを許し続ければ国は大口から税を取り立てられない国家はそう判断を付けて貴族と富裕層へ改革案を持ちかけた。


 都会より不便だがのどかで自由。

 住民税その他諸々を軽減する条件として孤児の世話をする、そういう制度がいつしかできた。その法に彼らは快く従っているので孤児は愛情をもってしっかりと育てられていく。虐待などあれば厳しく罰せられる。


「オレたちのような者にとってはありがたいスローライフ民なのだ!」


 こういう場所で育てられた者を世間の人々は、このように呼ぶ!



『ツーといえば(カミ)!』──この世界で孤児のことは、ツー(ガミ)と呼ぶ。冒険者になると孤児という表現は用いないらしい。選りによって神だなんて。いいんだろうか。



 それの意味するところは、話の通じる便利者。


 一説には、ツーは強き者の総称で剣士、神は知力の総称で魔士を指す。

 他の一説にツーガミは、かつて孤児といえば疫病神で知られていたが政策の一環で良い意味に転じられた際に、うんと持ち上げようじゃないか、という経緯があるらしい。

 

 (ツー)(カミ)……オレは剣士だから、ツーになるのか。


 冒険者となった彼らは世界を股に掛け、大抵の依頼は引き受ける。

 彼らは世界に大勢存在するため、仕事を無理強いされることなど決してない。

 むしろ、仕事はギルドにて奪い合いになるほどで、美味しい仕事は早い者勝ちだ。

 美味しい任務にありつくには強くなって冒険者ランクを昇格させる必要がある。

 言わずと強さと器用さは求められる。

 魔物も蔓延る危険な世界だ。成り上がりには必須条件は付きものだ。


 地道な苦労を惜しまない、その訓練は幼少時に身に付けている。

 便所掃除に(ドブ)さらい。なんだって仕事は存在する。


 世界各国の街に設立される冒険者ギルド。酒場の看板が目印だ。

 冒険者のためのギルドも、『ツーといえば神!』という名の組合で盛り上がっていた。

 組合員もギルマスも皆、孤児からの成り上がりであった。

 施設運営とその資本金は貴族たちからの援助で成り立っている。

 ゆえにギルド最高幹部は貴族。もちろん実権は彼らが握っている。


 冒険者は貴族を恨むことはなく、責任は自分たちで取る。

 王族、貴族、富める者らには感謝の感情しか持ち合わせていない。


 世界をつなぐ外交、街の発展と交易。交通網の整備。安全な警備等々。

 それらは富める者たちの仕事だ。

 各軍隊や警備隊などの実行要員は全て冒険者であるが。

 それらのトップは貴族と相場は決まっている。

 犠牲になるのは最前線にいる者たちだけで十分だ。


 稀に孤児の成り上がりでも店を構えることが許されるレアケースもある。

 夢と希望が世にあふれて見える。


 貴族や富裕層が差しだせるものは金だけだ。

 出せるものは気前よく出すが、その手が直接汚れることは決してない。

 汚いこと、面倒なこと、危ないこと、それらは全部冒険者の仕事だからだ。

 日々、その依頼が尽きることはない。


 今日も、どこかの酒場の掲示板は成り上がりたい冒険者の好奇の目に晒されていることだ。

 おいしい依頼書が目白押しで夢と希望に溢れているに違いない。


「ツー神さん、押さないで押さないで! まだまだ依頼書はあるんだから!」


 いつか見上げた夜空の景色に、うわさに聞く冒険者ギルド受付嬢の明るい声がここまで聞こえてきそうな、エピオールで暮らす最後の夜を目出たく終えた。

 


 本日は晴れて、『ゼルド・エピオール』の旅立ちの日となった。

 エピオール村で育った自分に村長から卒業を記念して贈られる称号がある。

 それがエピオールという、ラストネームだ。


「ここはゼルドの故郷だ。死にたいぐらい辛くなったらいつでも帰っておいで! 遠い未来でも子孫たちが歓迎するはずだから」


「そ、そんちょう……ありがとう。どうか……お元気でいらして……ください!」


 村長に痛いぐらいに抱きしめられた。

 名付け親の村長が。

 震えながら、別れの涙を隠す様にして。

 村長家には子供がいない。


 受け入れをする際、孤児の候補は他にもあった。

 でもここの村長はオレを選んでくれた。

 7年間、お世話になったんだ。もっと掛ける言葉があってもいいはずなのに。


「そんちょう、ごめんなさい。感謝の……言葉を……見つけられません」

「永遠の別れじゃない、ゼルド。一人前の男になったら顔を見せに来ておくれ」


 それでも村長は気に病むんじゃない、と。

 口下手な自分を責めることなどなかった。

「ゼルドや、ゼルドや」と親しみを込めて名を呼んでくれた。


 さみしい気持ち。離れたくないよ。つぎのだれかのため。……しかたない。

 生涯……わすれないよ。ハック・エピオール村長。

 見送りをするのは村長家だけ。

 他の親子が顔を見せてはいけないのだ。子供たちも傷つく。

 悲しみを背負うのは孤児の仕事だ。親の居る子供らじゃないんだよな。


 ありがとう、エピオール村のみんな。日の出の前の早朝にそっと出て行くよ。


 エピオール村を出て、修行を積んだ想い出の草原にもさよならをして。

 オレの足は村長に教わった『ナギナギ峠』の向こうにある『アドルアの街』へと向かっていた。






【ツーといえば神! 序章ゼルドの旅立ち】



 おわり

 

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