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恐竜大好き

恐竜博士とぼくのひみつ


ぼくは恐竜がだいすきだ。

ティラノサウルス、トリケラトプス、ブラキオサウルス。図鑑のページをひらけば、どの恐竜の名前もスラスラいえる。クラスの友だちが「むずかしい!」と首をかしげるカタカナの名前も、ぼくにはまるで親友の名前みたいに覚えている。


そんなぼくにとって、一番の楽しみは、放課後に「恐竜博士」の家へ行くことだ。


博士は近所のおじいさんで、本当の名前は「中村博士はかせ」。むかし大学で恐竜を研究していた、すごい人なんだ。けれども、近所の子どもたちはみんな「恐竜博士」って呼んでいる。だって博士の家には、恐竜の骨のレプリカや、古い化石、外国の発掘現場の写真が、まるで博物館みたいに並んでいるんだ。


博士の家に入ると、まず恐竜のにおいがする。ほんとうは本と木のにおいなんだけど、ぼくには恐竜の住んでいた時代の土や森のかおりに思える。


「やあ、きょうも来たね」

博士は分厚いメガネをかけながら、笑って出迎えてくれる。


「博士、きょうはティラノサウルスの歯について知りたい!」

「おお、ティラノか。あの恐竜はな……ええと……」


博士は少し言葉を止めた。考えているようす。でも、ぼくにはそれが“博士らしい時間”に思える。


「そうそう、一本の歯の大きさが、きみの手のひらぐらいあるんだ。まるでバナナだよ。しかも、その歯は抜けてもまたはえてくる。サメと同じようにな」


博士が目を輝かせると、ぼくの胸もドキドキする。恐竜の話をしているときの博士は、まるで少年みたいなんだ。


ある日、博士はこんな話をしてくれた。


「わたしが若いころ、アメリカの砂漠で発掘をしたことがある。炎天下で汗だくになりながら、スコップをふるったんだ。そして……出てきたのは、トリケラトプスの大きな角だった」


博士は両手を広げて角の大きさを表す。ぼくは想像して、目をかがやかせた。


「そのときの気持ちは、きっと宝物を見つけた海賊よりもうれしかったよ」

「すごい! 博士、本物の恐竜の角を見つけたんだ!」

「うむ。でも……あれは……どの砂漠だったかな」


博士は首をかしげる。少し困った顔になる。

最近、博士はときどき話の途中で忘れてしまうことがあるんだ。場所の名前や、人の名前。大事なことも抜け落ちてしまうみたい。


最初、ぼくは戸惑った。

「博士、どうして思い出せないの?」って聞きたかった。けれど博士は、少し恥ずかしそうに笑って「まあ、年をとると頭の引き出しがいっぱいになってね、どこに何をしまったのかわからなくなるんだ」と言った。


ぼくはそのとき考えた。博士が忘れちゃったことは、ぼくが覚えておけばいいんだって。博士と一緒に聞いた話を、ぼくがぜんぶ持っていれば、きっとなくならない。


だからぼくは博士の話をノートに書きとめるようになった。恐竜の名前、歯の大きさ、骨の形、博士が見た砂漠の空。全部、ぜんぶ。


ある日のこと。

博士はぼくのことを「ええと……君」と呼んだ。


「博士、ぼくだよ。まさき」

「そうだったね。ごめん、ごめん」


博士は頭をかきながら、笑った。けれどぼくは胸がギュッとなった。名前を忘れられるなんて思ってなかったから。


その夜、布団の中でぼくは泣いた。博士がどんどん忘れていったら、ぼくのことも、恐竜のことも、全部なくなっちゃうんじゃないかって。


次の日も、ぼくは博士の家に行った。博士は机の上にトリケラトプスの角の模型を置いていた。


「見てごらん。三本の角を持つ恐竜。名前は……」

「トリケラトプス!」

「そうそう! よく覚えてるなあ」


博士はうれしそうに笑った。

そのときぼくは勇気を出して言った。


「博士が忘れちゃっても、ぼくが覚えてるよ。博士が教えてくれたこと、ぜんぶ。だから安心して」


博士はしばらく黙って、ぼくを見つめた。やさしい目だった。


「そうか……君はもう、立派な小さな博士だね」


ぼくの胸にあたたかいものが広がった。


それからというもの、博士とぼくは“ふたり博士”になった。

博士が「ええと……」と考えると、ぼくが「それはアロサウルス!」と答える。

博士が「この骨は……」と首をひねると、ぼくが「ブラキオサウルスの首の骨!」と元気よく言う。


博士は笑ってうなずき、時々「君がいてくれてよかった」と言ってくれた。


ある日、博士は小さな箱をぼくにくれた。

中には、灰色の小さな石が入っていた。貝の形をした化石だった。


「これは、私が若いころに日本の海岸でひろった化石だ。恐竜ではないけれど、ずっと大事にしていた。でも、もう君に持っていてほしい」


ぼくは宝物みたいに両手で受けとった。

「ありがとう博士。ぼく、一生大事にする」


季節はすぎ、博士は以前よりもたくさん忘れるようになった。けれど、恐竜の話になると、必ず目を輝かせた。


「ティラノサウルスは、最強の肉食恐竜だ!」

博士がそう言うとき、ぼくも声をそろえて叫ぶ。

「ティラノサウルス!」


博士とぼくの声が、博士の家いっぱいに響いた。


ぼくは思う。

博士の記憶がどんなに遠くへ行ってしまっても、恐竜たちの姿はここに生きている。博士とぼくが呼ぶたびに、ティラノもトリケラトプスも、太古の森からよみがえってくるんだ。


そして、ぼくの心の中には博士の笑顔がずっと残っている。


だから、ぼくは決めた。

大きくなったら、本物の恐竜博士になるんだ。博士から受けとった石と一緒に、恐竜の夢を未来に連れていくんだ。


博士、ありがとう。

ぼくは絶対に忘れないよ。

恐竜と、博士と、ぼくのひみつの時間を。

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