(1/3)畑の脇に住むプログラマー
中森トオルは畑の脇にある古い農家に引っ越していた。使われなくて10年以上経っているだろうか。もう朽ち果てそうな家だ。水は小川、ガスはプロパン。ただ電気だけはかろうじて昔の電柱が生きていた。
4月の天気が良い午後、中森トオルは家の横の畦道に折りたたみ式の机と椅子を出してタブレット端末を眺めていた。ヒバリが鳴いている。平和だ。
と、その時、大型の犬が走って来て嬉しそうに飛びついて来た。椅子ごと倒れた中森トオルに被さり顔を舐めまくる茶色の犬。
「ダメっ、小太郎!!」
と小学校低学年の女の子が駆けてくる。小太郎と呼んだ犬の首を小脇に抱えて引き離す。
「やあ、こんにちは。いい天気だね」
「お兄さんは仕事はしてないの?」
「うん、何もしていない」
「いい大人が何もしていないのは怪しいっておじいちゃんが言ってたよ」
「ははは、それは正しいですね。おじいちゃんの言うとおりです」
中森トオルは小太郎を撫でながら言った。
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「小雪、また3枚田の向こうの家に行ったのか?行ったらダメだと言ったろうが」
老人が夕食を取りながら少女に説教している。
「何でダメなの?」
「怪しい男が住み着いていてあぶないじゃろう」
その時、同じ食卓に座っていた男が口を挟む。
「お義父さん、あの家を貸すときに会ったんですが、住んでいるのはとても良い人でしたよ」
「それでも、わけわからない男の家に行ってはいかん」
「小太郎も一緒だから大丈夫だよ」と少女が口を膨らませて不平を言う。
「そうそう、お義父さん。この村に大型データセンターを作る話、聞いてます?」
「ああ、何の施設か分からんが村の畑の半分くらいを買い上げる噂は聞いとる」
「どう思います?」
「どうせ半分以上は放棄された畑だから村に利益があるならいいいだろう」
「僕は噂先行で浮かれ過ぎなのが気になってるんです」
「隣の二郎んとこは畑を全部売って山形市に出るとか言っとるぞ」
「それはそれで、ありとは思いますが、、、あ。明日公民館で説明会があるので行ってきます」
少し考え込む父親を不思議そうに眺める小雪。土間で小太郎が寝ている。
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総務省の会議室で宝田総一郎は頭を抱えていた。見ている書類は山形の山奥に建設する大型データセンターの計画書だ。土地が安い、発電所が比較的近くにある、水が豊富で平均気温も低い。そこまではいい。
通信インフラが全く無いのをどう解決するのだ?山奥だぞ!
書類をめくる。通信インフラには有線を使わず超高速の衛星通信を使うと書いてある。全く新しいプロトコルであるTCP4を使うと書いてある。
それを見て宝田総一郎はスマフォを取り出し大学時代の同級生に電話をかけた。すぐに繋がる。
「おう久し振り。総一郎だ」
「本当に久し振りだね。要件は?」
宝田総一郎は細かい説明はせず質問だけ伝える
「トオル、TCP4はお前が開発者だよな。山形のデータセンターに関わってるのか?」
中森トオルは質問の意図が分からずのんびりと答える。
「いや、全く関係ないよ」
宝田総一郎の脳内でアラートランプが点灯したような気がした。
「トオル。大至急で会って話がしたい。今、どこだ?」
「山形だよ」
「ほら、やっぱり関係してるんじゃないか?」
「総一郎。話の筋が見えないよ」
総一郎は少し困惑した。奴が山形にいるのは単なる偶然か?それでも頭のアラートは消えていない。
「トオル。明後日、そっちに行くから会おう」
出張の準備をしなければとバタバタと会議室を飛び出す宝田。
放棄田の畦道を小太郎を連れて散歩していた中森トオル。慌ただしく切れたスマフォをポケットに入れ、小太郎に話しかける。
「できれば静かに暮らしたいんですけどね」
小太郎はつまらなそうにアクビをする。
※技術的な話、用語は全てフィクションです。実際にはありえない事象も出てきますが、そこは目を瞑ってください。