プロローグ
「今日は暑いなぁ…」
一面の銀世界。木の一つもないような雪原を歩く人影。ここはカルチ雪原。剣と魔法のファンタジーな世界である“グランドリア”の北方、雪と氷の大陸“フリージア”の僻地である。付近には二つ程街があり、どちらも多くの冒険者達が集っている。しかし、このカルチ雪原を訪れる者なんて滅多に居ない。理由は一つ。
何もないから。
一面の雪景色。あっても少し小高い程度の盛り上がり位しか無く、モンスターも雑魚程度しか存在していない。その上、雪の下は氷。下手に暴れれば、割れて冷たい海水に落ちる。暴れなくてもクレバスのような割れ目が点在している為、用心してても呆気なく死ぬ危険性があるのだ。
余程の新入りでなければ、街に近い位置にある“針の森”と呼ばれる凍った木々の森の方が、薬草なども採れるしモンスターも並程度かそれ以上なので実入りも良い。もっと腕がたてば、雪原のとなりにある“氷牙の山脈”に行けば珍しいモンスターとも戦えるし鉱脈もある。つまり、カルチ雪原は行くだけ無駄とされる場所なのである。
そんな雪原を歩く一つの人影。雪で出来た丸みのある身体、短い脚はブーツのようなもので隠れ、目のような丸く黒い石と、口のような横長長方形の黒い石が簡素な顔のようなものを形作る。その首もとには、真っ赤なマントを纏っている。
そう。雪だるまである。この世界では、スノーマンという“最弱モンスター”である。枝一本あれば、幼い子供でも倒せると言われる程の弱さであり、魔法も使えなければ、近接戦闘も突進しかない。名実共に、雑魚の代名詞なのである。
そんな彼は、ただひたすらに雪原を歩く。うっすらと溶けた表面の水滴を、汗を拭うような仕草で拭き取りながら。ただ、誰も居ない雪原を歩く。
……
場所は変わって、ここは“エヴォンス”。フリージアの中にある二つの街の一つで、北方冒険者達が最も多く居る場所でもある。単に広く大きいのもあるが、冒険者ギルドはフリージアにはここしか無いのだ。
そんな街の冒険者ギルドで、冒険者達は困惑していた。普段なら見慣れた依頼しか無いクエストボードに新たに貼り出された依頼。それが原因であった。
「報酬一億ゴル!?」
「何の冗談だこれ!一生遊んでもお釣りが来るじゃねぇか!」
冒険者一人が遊んで暮らせる額は平均的に三千万ゴル。この報酬はパーティーで分けあっても、今後の冒険者人生に苦労はない程の額である。少々金遣いが荒い事で知られている北方冒険者達にとって、この報酬額は無視できるものではなかった。
だが、冒険者達はこの依頼を受けようとは思えなかった。理由は討伐対象である。
「スノーマン一匹ですって」
「怪しいな…ドボンじゃねぇのこれ」
ドボン。依頼主が悪意を持ってわざと簡単に見せかけたり、討伐対象を偽ったりする依頼の事である。別名“冒険者殺し”とも言われる、忌避される依頼を総じてドボンと呼ぶ。
雑魚モンスター一匹狩って、一生遊んでもお釣りが来る額の報酬を貰える。胡散臭さしかない。しかし、そんな依頼を受けようと相談しているパーティーが一つ。
リーダーの剣士がメンバーに持ち掛ける。
「あの依頼、受けようと思うんだ」
ドワーフの戦士が応える。
「誰がどう見ても、ありゃドボンだ。儂らがわざわざ危険な目に遭う必要も無いじゃろうが」
エルフの斥候も続く。
「そうですね。あれは止めておきましょう。仮に本当に達成したとして、報酬が正当に支払われるなんて思わない方が良いです」
ドワーフは同意するように頷く。その意見を聞いていた重戦士が割って入る。
「で、でも…一億ゴルですよ…?」
「命は金に変えられんわい」
ドワーフに一喝されて口を閉ざす。
「第一、儂らにはあんな良くわからん依頼を受ける暇なんぞ無いじゃろうが」
「そうですよ。地道でも確実に稼げる方法を取るべきです」
ここで、獣人の僧侶が手を挙げる。
「確かに危険ですが、受けてみる価値はあるように思えます」
ドワーフとエルフは顔を向ける。
「何故そう思う?」
「スノーマンの討伐だけが依頼だと思わない方が良いと言うことです。例えば、環境的に不安定であると言うことを確認したり、そのスノーマンが突然変異などをしていれば報告をする。それだけでも、この報酬額に見合う仕事であると思います」
リーダーはここぞとばかりに前に出る。
「他の冒険者達の為にもなるし、一億ゴルだ。目標額なんて軽く越えてしまう額だ。危険でも、やる価値はあるさ」
黙って聞いていた魔法使いの少女に、リーダーは顔を向ける。
「妹の薬代、これで揃うならやってやろうじゃないか」
その一言に賛同する重戦士。僧侶も笑顔で頷き、エルフは仕方ないという表情を見せる。ドワーフは最後まで粘ったが、根負けして賛同した。
「よし、行くぞ皆。目的地はカルチ雪原。目標は…」
リーダーは前を向いて歩き出す。
「赤いマントを纏ったスノーマンだ!」