乾杯の音 【月夜譚No.351】
酔った時、矢鱈と乾杯したがるのが悪い癖だ。決して悪い人間ではないのだが、酔うと少々面倒臭い。
昔馴染みと本日何度目になるか判らない乾杯を交わして、青年は苦笑いを零した。
仕事上の文句を口にしながらチビチビと呑んで、今度は隣のテーブルにやってきた客にまで乾杯をせびろうとする彼を慌てて止めに入る。流石に見ず知らずの人間まで巻き込むわけにはいかない。
彼は酒に弱く、すぐに酔っ払って我を忘れるのに、いつも青年を誘って居酒屋を渡り歩く。青年の場合、体質のせいか中々酔いが回らないので、寧ろ羨ましいくらいだ。
一回くらいは記憶を失くすほど酔い潰れてみたいものだが、いくら呑んでも理性も記憶もこの脳に留まっている。
(こいつもそうなのかな……)
現実を忘れたいから、酒を呑んで楽しむ。だから、弱くても明日に響いても、呑まずにはいられない。
しかしまあ、酔っていても現実にあった愚痴は散々零すので、それが達成できているのかは謎ではあるが。そもそも、そういう理由で呑んでいるのかも不明である。
(ま、どっちでもいいか)
どちらにせよ、彼とは昔からの腐れ縁だ。一緒にいて楽しいことには違いない。
差し出されたグラスに、自分のグラスを軽く当てる。高い音が耳に響いて、なんだかそれが滑稽に思えた。