アンネリーゼとお義母様
連載が滞っております……m(__)m
短編チャレンジ、よろしくお願いいたします。
ゆらゆら、ゆらゆら。
あれ、わたし…?ここは、どこ?
とうとう、しんじゃったのかなあ?違う?でももう痛くなければなんでもいいや。
ゆらゆら……何ぼんやりしているの。明日は子どもたちの運動会じゃない、しっかりしないと!お弁当も作らなきゃ。……あの人は、結局来るのかしら……。外面がいいもの、きっと来るわね。分かっているじゃない、私。……ゆらゆら、こども?あのひと?なんの話?
わたし、わたしは……。
「アンネリーゼ・フランクリンよ」
はっ、と、自分の声で目が覚めた。
ふかふかのベッドの中で、わたしはぼんやりと天井を見つめる。豪華に装飾された天井。ああ、まさかの現実なのだと認識する。
「お嬢様!目が覚めたのですね!」
カチャリと部屋のドアが開き、水差しを持った専属侍女のマリアンがほっとした顔でベッドに駆け寄ってきた。
「まりあん」
「ようございました。新しいお母様のお話をお聞きになった途端に倒れられたから……どこか痛くはないですか?」
「にゃいよ。だいじょぶ」
いや、決してふざけている訳でも、ロリ演技をしている訳でもない。アンネリーゼ・フランクリン、3歳だからだ。頭ははっきりしたままだけれど、身体の発育は追いつかないようだ。
マリアンは、わたしがよいしょと起きようとするのをそっと支えてくれた後、「旦那様をお呼びしますね」と、一旦部屋を出た。
それにしても……。
よりによって、アンネリーゼかあ。継母になる人の名前を聞いた途端に前世の記憶が戻ったことを考えても、ここが『アンネリーゼ戦記』の物語の中ということでほぼ間違いないだろう。
「はあ……あんにぇりーぜしぇんきかあ……」
一人アンニュイにぼやいてみても、幼児語だとしまらないわね。寝起きはちゃんと言えたのに。そして更にどっと気持ちが沈むわ。きっとこれは、前世のせいでもある。
わたしの前世は大概なもので。両親には虐待され、ようやく逃げるようにできた結婚も、幸せなのは最初だけ。勤めていた会社が傾きかけたらモラハラ大発生になるような相手で、散々だった。そしてその旦那が子どもに手を上げるのを止めて……命を、落とした。
あの後、子どもたちは無事だったのだろうか?親が加害者で被害者なんて辛すぎる立場だろうけれど、親の勝手な願望としては、どうにか、なんとか!幸せになってもらいたいと思ってしまう。わたしの見る目のなさで、無駄に困難な人生にしてしまって、ごめんなさい。時間がどれだけ経っているのかいないのか分からないけれど、遠くから祈らせてください。
翻って、この物語。
最後は……わたしが聖女に目覚めて戦って、我が国を覆う闇を振り払ってハッピーエンド、だけれども。
わたしは英雄で、王子様と幸せになりました、だけれども。
虐待の子ども時代に、憧れて何度も読んだ話だったけれども。
「さいしょはいじめられるんだよね……」
そう、継母に虐められる。倒れる前にその名を聞いた、リーゼロッテ・ドロスに。愛する母を亡くした父は、若干ネグレクト気味だ。丸っきり興味がない訳ではないし、わたしが可愛くない訳でもなく……母の亡くなった原因が、産後の肥立ちの悪さだったので、気持ちの折り合いがついていないのだ。分からなくもない、けれど、母としてはしっかりしてほしいと思うよね。それこそ命懸けで生んだのだから。
それにさあ。そりゃあアンネリーゼはリーゼロッテにざまあできるし、父とも和解するし、救いがあるのは理解できるけど。ずっと先の話なのだ。
「なんねんも、いたいのも、おなかがしゅくのもやだなあ……」
前世、あれだけ耐えたのに。神様、もう少し優しくてくれても良くない?
これからの長い暗黒時代に思いを馳せ、はあ、とわたしは3歳らしからぬ大きなため息を吐いた。
「はわわわわ、か、かっわいい……!!」
「ありぇ?」
そしてあっという間にリーゼロッテが嫁いで来る日になり、戦々恐々とエントランスでお出迎えをしているのだけれど。なんだかリーゼロッテから思ってもいなかった声が聞こえたような。それにちょっと挙動不審だ。
小声で言ったそれは父には聞こえてなかったようで、眉をひそめて少し睨むように彼女を見ていた。
そしてリーゼロッテはお付きの侍女に「お嬢様!」と言われて、慌てて顔を作った。大丈夫か?
「ん、んっ!リーゼロッテ・ドロスでございます。フランクリン伯爵、そしてお嬢様、お出迎え感謝致します」
彼女は穏やかな微笑みを浮かべて、綺麗なカーテシーをした。
そんな彼女に驚いているのは、わたしだけではない。父はわたし以上に面食らっていた。執事に「旦那様」と耳打ちをされて、はっと話し出す。
「リーゼロッテ嬢、仕事の関係とはいえ、式もなくこのような簡潔な出迎えで済まない。本日もわたしは仕事でもう行かなくてはならないが、屋敷内では自由に過ごしてくれ」
「賜りましたわ。お気遣い、ありがとうございます」
リーゼロッテの強がりでもなさそうな返事に、使用人一同も驚いた感情を隠せないでいる。
それはそうだ。リーゼロッテは有名なワガママ公爵令嬢で、父とゴリ押しで結婚したのだ。彼女は、王国騎士団の副団長で美しい銀の狼と例えられる美貌と強さを持つ父に一目惚れをし、宰相でもある彼女の父公爵におねだりをした。公爵は他の子どもたちと歳の離れたかわいい末娘のワガママをどうしても叶えてあげたくて、騎士団への破格の対応と引き換えに、亡き母一筋で再婚拒否をしていた父の外堀をゴリゴリに埋めて、娘の願いを叶えたというわけ。
父のせめてもの抵抗は、仕事の多忙さを理由に、結婚式を挙げないことと、いわゆる初夜を彼女の成人まで延ばすと宣言したことだ。リーゼロッテは只今16歳。この国で結婚のできるギリギリの年齢だ。成人は18歳ね。
式については公爵夫妻がごねていたけれど、娘の結婚したい意思に折れて承諾し、後者についてはむしろ紳士的という風に受け取られたよう…なんだけどね!
ちょっとキツめに見えるけど、リーゼロッテはちょっと赤めの金髪でエメラルド色の瞳をした美人さんだ。公爵家でも蝶よ花よで育てられ、結婚さえしてしまえば父も絆されるとの自信もあったのだろう。憧れの伯爵様にも大事にされていて、さすがわたくし。そしていずれは……との彼女の目論みは無惨に散ることとなる。
そう、成人してもリーゼロッテはずっと大事にされたままになるのだ。しかも、父は多忙を理由に家にはなかなか帰って来ない。
始めはリーゼロッテも、仲良くはいかないまでもアンネリーゼとそれなりの関係だったのだが、父の放置への寂しさと生来のワガママさから、アンネリーゼに八つ当たりが始まるわけだ。しかもわたし、母似だし。お目々クリクリ碧眼銀髪の、かなりの美少女だし。
前世を思い出した今となっては、リーゼロッテにも同情する所もあるけどね。ワガママなのは確かだけど、公爵夫妻はちょっと毒持ち親だよね。うちの父だって悪いわよ。不本意でも大人なんだから、逃げるのはいけない。
そのせいで、娘のわたしがドアマットヒロインになってしまうのだから。
そう、ドアマットヒロインに……
「いや~ん、本当にかわいい!やだもう、この世界はイケメン美女しかいないの?アンネリーゼちゃん、気づいた?わたしたち、リーゼ、って同じなのよ?リーゼちゃんって呼んでもいい?わたしのことはリズで!どう?ママでもいいわよ!キャッ!なんてね!早いかしら?」
え、えぇ~~っと?
自分の部屋に案内されたリーゼロッテは、わたしにきちんと挨拶がしたいと言って、すぐにわたしの部屋を訪れてきた。そしてそのわたしは今、自分の部屋でリーゼロッテにぎゅうぎゅうに抱き締められている状態だ。く、苦しい。
「お嬢様、いえ、奥様。地が出過ぎでございます。アンネリーゼお嬢様もそこのマリアンも大変困惑しております。そしてお嬢様が苦しそうです」
「はっ!つい!リーゼちゃんのかわいらしさに当てられて!」
リーゼロッテが公爵家から連れてきた侍女…エリーに窘められて、腕を緩めた。ほっ。
「アンネリーゼお嬢様、申し訳ございません。うちのお嬢…奥様は少々変わっておりまして」
「今から慣れてもらえれば誤魔化せるかなと思って」
「また勝手なことを……」
エリーは額に手をあてて、やれやれと言わんばかりに項垂れる。ちなみに、マリアンは驚き過ぎて固まっている。
アンネリーゼ戦記にこんな愉快なやり取りなんてあったっけ?いや、何度も読み込んだのよ、なかったわ。それにエリー。彼女も出て来ないはず。確か誰もが嫌がって、いろいろな理由をつけて、公爵令嬢なのにリーゼロッテは一人で嫁いできたのだ。この時点で、物語とちょっと違う。
そして、この話し方。
確定だよね。
「ねぇ、りじゅしゃんもてんせいしゃ?」
わたしの言葉に、今度は二人が固まった。
その後、常に一緒にいることになるマリアンとエリーも交えて、リーゼロッテとわたしは前世持ちであると話をした。エリーはリーゼロッテのことを聞いていたらしくて、すんなりと、マリアンも驚きつつも受け入れてくれた。
「最近のお嬢様は大人しいなと思っていたんです」
「うちの奥様は人格が変わりすぎて信じざるを得ませんでしたよ」
「ひどっ」
ただ、リーゼロッテはアンネリーゼ戦記は読んだことがないらしく、いわゆる悪役令嬢ポジにショックを受けていた。
「この、かわいいリーゼたんを虐める…?ありえん!例え同情する立場のリーゼロッテであっても、ありえん!」
「まあ、しょれでも?わたしはりじゅより年上だったし、がんばれるけど?」
「くぅ~っ!そんな舌足らずでツンツンされてもかわいいだけなんですけど!頼りないだろうけど、ママ業も頑張るからね。一緒に幸せになろう?」
リーゼロッテはすぐにわたしをぎゅっとする。子育てしたかったんだって。リーゼロッテのぎゅーには愛情がたっぷり感じられて、3歳のわたしが顔を出してきて、とても満たされた気持ちになる。
前世ではわたしがリーゼロッテより年上で子持ちだったと話はしたけれど、お互いに詳しい昔話はしなかった。リーゼロッテもわざわざ話さなかったし、わたしの話も、聞いたら変に彼女に頑張らせ過ぎそうで、敢えて言わないことにした。楽しくもないし。
そうして、わたしたちの不思議な、でも穏やかで賑やかな義母子の生活は、あっという間に数ヶ月が過ぎて行った。
「ねぇ、でもしゃあ、うちのパパあれじゃん、ママおもいはいいけど、りじゅの人生がもったいなくない?結婚をなしにしゅるタイミングはなかったの?」
今日も日課の、午後の二人のお茶会だ。
「うーん、うちは公爵家だから、やろうと思えばできただろうけれど。前を思い出したのも3ヶ月前くらいだし、さすがに迷惑かしらと」
分からなくもない。元・日本人の気遣いよね。
「それに、亡くなった奥さんに一途っていいな、って。イケメン鑑賞もできるし」
「たまにしか帰ってこにゃいけどね」
「それはちょっと想定外だった!けど、あのゴリ押しじゃ、嫌だったと思うのよ……」
リーゼロッテはリーゼロッテとしての記憶もバッチリあるらしく、夜中に思い出してはあまりの黒歴史にジタバタすることがあるらしい。
「でも、パパもだめだよね」
「まあ……結婚したら、今までのわたしのやらかしを謝って、少しでも仲良くできたらとは思っていたけれど。仕方ないわよ。亡くなった人には勝てないわ。例え相手にされてなくても、まっすぐで人を騙さない旦那様の方が、愛人のいる貴族とかよりずっといいし」
「…りじゅ、あなた…ぜんしぇで男運わるかったわにぇ……?」
「きゃー!それを聞かないでぇ!幼児語だとさらに刺さるぅ!」
「だめよ!いやならくわしくきかにゃいけど、ならなおさら、今度はしあわせにならにゃいと!」
「ありがとう、リーゼ。でも、本当にわたしはあなたに会えて、充分幸せよ。それに、結婚だけが女の幸せでもないわよね」
「そうだけど。りじゅ結婚してりゅよ……?」
「はっ!そうだった!あれよ、旦那様に頼らずに!って、今おんぶに抱っこかあ。やっぱり勉強しなおして、自立を考えようかな」
「あい!わたしも!いっしょに!」
「ふふっ、そうね、一緒にお勉強しようか!」
いつもはうるさいくらいに元気なのに。そんなに儚い笑顔を向けられたら、余計にどうにかしたくなるじゃない。
「りじゅママ、だいすき」
「ありがとう。わたしも大好きよ」
ぎゅっと抱きつくと、3歳のわたしが大きくなる。でも、この男運の悪そうな、お人好しのこの人を幸せにしなくては、とも改めて思うのであった。そうよね、別にパパなんて放って置いても構わないわよね。
思い出した当初はいじわるだと思って、ごめんなさい、神様。
何ならわたしが目覚めるはずの聖女のチカラで何とかなりそうだし。リーゼロッテと二人で幸せを掴んでいくわ……って、あれ?わたしのチカラの目覚めって、リーゼロッテに虐め抜かれて自分を守るために発現、よね?あれ?これ、大丈夫なやつ?物語の強制力とかって、本当にあるのかな?
「……ま、なんとかなるでしょ!ふたりだし!マリアンもエリーもいるし!」
まだ3歳だし、国の情勢とか、知るよしもないし。甘やかしてもらっても、いいよね?
なんて、考えていたけれど。
その後、仲良しすぎる母子の話を執事から聞いていたらしい父が、探るように仲間に入れてほしそうに家に帰ってくる事が増えるとか。
本当に国の瘴気やらなんやらが問題になってきて、アンネリーゼ戦記のストーリーを改めて聞いたリーゼロッテが、わたしを虐めるのは嫌だあぁぁぁぁぁぁ!!と半狂乱になり、宥めているうちにわたしがまさかの聖女覚醒してしまうとか。
それは、不思議な母子が起こす、今より少し後の、夢みたいなお話、だったりするのであった。




