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〈エピローグ〉 これからは

西暦 2528年10月3日午前7時

その日最初に起きたのはフリージアだった。戦争から抜け出せた安心感からかすっかりと自堕落になってしまった生活を憂いつつも、やはり体が重いので起きたくても起きられない。相変わらずみんな起きていないようで、フリージアは部屋を出ると、リヒト起こさないように慎重に歩く。居住区には戻りたくないというリヒトの要望で、皆最上階で寝食を取っている。昔はバーもあったのかおしゃれな様子で少し小さいがキッチンもあり、それなりに個室もあるので生活には困っていない。けれどもどういうわけかリヒトはずっと展望室のソファの上で寝ている。よほどソファの寝心地がいいのか、それとも、居心地がいいのか。展望室の扉を慎重に開けると建付けの悪い引き戸がギギギと嫌な音を立てる。

 フリージアは心の中でしまったと声を大にして叫んだ。けれどもそんな心配をよそにリヒトは軽く伸びをして起き上がる。

「あぁ、おはよ」

 ソファからリヒトの頭がのぞいてそういった。リヒトは振り向くとまだ眠いのか大きなあくびをして至極眠たそうに、気の抜ける声を出す。

 フリージアは申し訳なさそうに頬を掻き、リヒトから少し離れた場所にあるキッチンに歩いていく。

「起こしちゃった。ごめんね」

「いいよ。起きてたから」

 リヒトは依然として眠そうにあくびをして目をこすっている。フリージアはキッチンにつくとコーヒーを淹れる。到底起きていたとは思えないリヒトにフリージアはなぜ面白くなってしまって少し笑いながら返す。

「そう?」

 どうやら豆からひいているらしくコーヒー豆の匂いがわずかにリヒトのところまで届く。豆を挽き終えるとフリージアはたまった粉を容器に移し替えてそこからスプーン三杯分の粉を取り出して、今度はお湯を沸かし始めた。

「カプレカルさん、コーヒーいりますか?」

 カプレカルはずっと前から起きていて、機械のメンテナンスでもしていたのか少し汚れた作業服を着ている。首からかけていたタオルで汗をぬぐい、そのタオルを洗濯機に入れる。カプレカルは疲れた様子で椅子に座りながら答える。

「貰おうかな」

 フリージアは二つコップを用意していたが、それでは足りないのでカプレカルの分を食器棚から持ってくる。

「よくみんなコーヒー飲めるよね。僕は苦すぎてあれ飲めないや」

 あくびをしながらリヒトがそういった。眠気も覚めるようなコーヒーの匂いで完全に目が覚めたのか退屈そうにソファに座って外を眺めていた。

フリージアはリヒトがコーヒーを飲んでいるところなど見たことがなかったがよほど過去に飲んだコーヒーの味がこらえたのか苦々しい顔を浮かべていた。

「あれ、リヒトの分作っちゃったけどいらない?」

 フリージアはリヒト分を二つに分けようとしたがそれはリヒトに制止された。曰く、考える時間が欲しいと。

「うーん。あっ! やっぱ飲む。ミルクとお砂糖たっぷり入れるけどね」

 そういうとリヒトはキッチンまで鼻歌を歌いながらスキップで来て、楽しそうにミルクと砂糖を取り出した。きっとそれはおいしかったのだろう。

 リヒトはそれに加えてかき混ぜるための棒と、ソファの前に小さい椅子を引きずり出してきて、コーヒーミルクをのむ準備をしている。

「できたよ」

 リヒトが、アイスコーヒーがいいというので氷を入れてしばらく待ったものを大きめのコップに移し替えてリヒトに渡した。満を持して運ばれてきたコーヒーにリヒトはミルクと砂糖をふんだんに入れ、得意げな顔でかき回す。

「いただきます」

 そう言ってリヒトは宝物に触れるかのように一口。そしてすぐに頭にはてなを浮かべる。思っていた味とは違ったのだろう。それでもリヒトはそのコーヒーミルクを一口で飲み切ってわずかに不満そうな顔でコップ等を洗い出した。

 リヒトはミルクを仕舞ってコップも丁寧に拭くと食器棚に戻した。そうしてリヒトは部屋の外に歩いて行った。

 フリージアがそんなリヒトに少し残念がっているとリヒトはその視線に気が付いたのかはっとして、少し申し訳なさそうにする。

 リヒトを眺めていて、カプレカルにコーヒーを運ぶことをすっかり忘れていたフリージアは少し冷めてしまったコーヒーをカプレカルのところに運ぶ。彼もまたリヒトのことを眺めているようであった。

 フリージアは、再び戻ってくると改めてソファに寝転んだリヒトの横に座ってコーヒーを飲む。リヒトはコーヒーの苦さが嫌いだが匂いは意外と嫌いではないのか、それともフリージアの近くで寝転がっていたいのか動かないでそのまま寝転がっていた。

「私さ、料理をやってみようと思うんだよね」

 ふと、思い経ったかのようにフリージアは言った。

「料理?」

「うん。何かやってみたいって思って、思いついたのが料理ぐらいしかなくて」

「いいね。じゃぁフリージアが作った料理は僕が一番最初に食べたい」

 そういうとリヒトはまた眠たそうに眠ってしまった。フリージアはそれをリヒトが寝ぼけていったのかよくわからなかったが、どうも嬉しくて、しばらくソファに転がって眠っているリヒトの近くにいた。

 どのくらい時間が経ったのかわからないが、エリカとゼーンが起きてきた。悠々としていて伸びをしている。

 今船は宇宙を行く当てもなくさまよっている。ランダムでワープして近くの居住可能な星を探してそこに自動で向かうというシステムらしいが、星が全く見つからない。

 それもそうだろう。なんていったって宇宙はこんなにも広いのだから。けれどいつかどこか新しい星のたどり着くのだろう。

 そういえば、風のうわさでこんなものを聞いた。どうやら地球はあの後すぐに降伏したらしい。終戦にあたり、相手から提示された条件はおおむね飲んで今は実質的な植民地状態であるという。ゼーンは少し残念そうにしていたが他はたいして、であった。リヒトは揺り椅子に座ってさも興味がなさそうに外の星を見ている。

 けれども生まれてからこれまでさんざん見てきた星空だ。飽きてしまっているのか退屈そうにしている。しばらくしてリヒトは大きくあくびをすると揺り椅子に頭を預けそのままため息を吐く。

エリカがリヒトの隣に座る。

「なんもやることがないって怖いね」

 エリカは何もすることがないという現状に、数日前までの使命感から解放されてしまい重荷を背負わなくてもよくなってしまった現状に、不安にさいなまれ恐怖すらも覚える。リヒトはそんなエリカ見てどうしようかと頭を掻く。

「さぁ。僕は逃げてるだけですから」

 エリカは出会ってこれまで敬語をやめようとはしないリヒトとの距離を感じながら少し悲しそうに星を見つめる。

「背負えと言われたものを投げ出して臭いものにふたをして目をそらしているだけです」

 退屈そうにそういうリヒトにエリカはどこか哀れみにも似たものを感じる。結局エリカはリヒトのことが最後まで分からなくて、それが悔しかった。

 エリカは視線を星から床に落として、ホシナシビトの船にあった色褪せたジーパンをなぞる。

「またそんなこと言って」

 リヒトの肩を後ろからゼーンがつかんだ。

「そんなに何かのために生きるのは辛いぞ。せっかくの自分の人生なんだから。自堕落に生きないと」

 リヒトはそう言われるとどこか安心したかのような表情を浮かべ笑いながら返した。

「最後のはお前がそうしたいだけだろ」

 ゼーンも笑いながらリヒトの揺り椅子をユラユラと揺らす。

「でも、僕は何かのために生きるわけじゃないんだ。それは大丈夫だよ」

 何かのために生きると自堕落に生きるということは決して対極にある概念ではない。リヒトはこれからやることを見つけていけばいいのだ。まだリヒトは何かのために生きないということについてよく理解しているわけではないが。その何かのために生きないという言葉だけでも今は十分に感じた。

「だから僕は朽ち果てるまで生きようと思える」

 そうしていると、コーヒーを片手に外を歩いていたカプレカルが展望室に入ってきて言う。文脈を無視して全く関係のないことを言った。

「燃料がもう底をつきかけてる。だから燃料の補充に向かうんだけど、一番近いのがアンラ47、要はお前らが戦っていた星しかない。それでいいな?」

 カプレカルは申し訳なさそうにそういうと、飲み干したコーヒーカップを洗い片付けて再び部屋から出ていった。

 

西暦 2528年10月3日午後2時。

フリージアが作った昼ご飯を皆で食べ終え、皆各々自由に過ごしていた。

テレポートをすれば一瞬でついてしまうのだから、何も考える間もなく船はもう星に到着する。

ただしホシナシビトというのはえてしてよく思われない存在でもあるので、隠れ、レーダーを欺瞞しつつ居住域から離れたところ、未開発の森林に船を着陸させる。それなりに大きな船なのでなるべく夜間の地区に降り立った。一応ステルス状態であったが見る人が見ればすぐに気づいてしまう程度のもので、けれどもその程度でもいいとカプレカルは言った。

展望室の大窓の景色が宇宙から夜のものに変わっていく。地平線の果てではまだ赤く光っていて、リヒトとしてはホシナシビトの船では見ることのないその景色に感嘆のため息をつく。というのも、今までにあらゆる星に着いたときにリヒトはたいして手伝うというわけでもなくずっと居住区に引きこもっていたからである。

船は蒸気を出しながらプシューと音を出しながら着地をする。展望室にいたゼーンが立ち上がると眠たそうにあくびをしながらそこを出た。大窓に映っている木々はエリカ達には見たことのない種で、毒があるかもしれないという懸念があり、一応機械が調べているのでゼーンもまだ船の外には出ていない。

調査が終わり、正常であることが判明すると皆が船から出ていく。

外に出れるようになったのにもかかわらず依然として窓の外を見ているリヒトにフリージアが声をかける。

「外、早く行こうよ」

 声に気づいたリヒトはハッと振り向いてあたりを見回す。ゼーンは当然ながらカプレカルすらも降りてしまっていて、広い船内には二人しかいなくなってしまっていた。

 先ほどまで何をするでもなくのんびりとしていたフリージアが疲れたとあくびをする。

「みんなもう降りたんだね」

 そう言ってリヒトは立ち上がる。

「うん。だから早くいこう?」

 フリージアはリヒトの背中を押して船の外に出る。

 真っ先に降りたゼーンは外の空気を吸う。奇跡的に大気の成分が九十九パーセント以上一致しているのでたいした違いがあるわけではないがけれどもそのわずかな違いに気づいたゼーンは少しうれしそうな顔をする。

「けどちょっとつらいな」

ゼーンはそうして膝に手をつく。果たして地に足をつけるのは何年振りであろうか。エリカやフリージア、ゼーンにとっては久しぶりの、人口ではない、重力であった。けれども地球と比べて大きな星であるので重力はわずかに重く動くとさすがに疲れる。

 フリージアに押されて降りてきたリヒトは何かに誘われるように走り出した。

「あちょっと」

背中のほうで手を伸ばすフリージアを置いて、ゆっくりと歩いている三人を走って追い抜き、坂を上り、森を抜ける。

リヒトは、この場所に違和感を覚えた。

船を止めた場所はどうやらあたりに比べて高地になっていて街を一望できた。深夜、盛んに働き続ける街は、ホシナシビトの船にはないものでどうも不思議な感覚にされる。下に広がっている街には、中心部に駅のような大きな建造物があり、それを中心に辺りには生活雑貨などが売られているようなお店やスポーツ施設などがある。

リヒトは目を凝らして見ると端のほうに軍事施設もあるようで、それに嫌な予感を感じた。

 その高地の、頂上でリヒトはそよ風を受けながら後ろで手を組んで歩く。頂上には大木がそびえたっていた。木々は風に揺らされ怪しく蠢いている。足元を冷たい空気が流れている。どうやら大木のほうから吹いてきているようである。

 リヒトはひきつけられるように段々と、歩いていたものから早歩きへ、ついには腕を振って走り出した。近いように感じた大木は意外と遠くて、近づくとより雄大にそびえたっていた。樹齢はいくらか見当もつかないが、どうもホシナシビトの約束の地に生えているとされている、世界樹に様相が似ていた。

 木の根元には石板が置いてあり、そこにはホシナシビトの言語で『約束の地。ここに至る』と書いてある。まるでここが約束の地なのだと言わんばかりのその言葉にリヒトは不思議に思わされる。

 座り込んでしげしげと見つめていると重たい足を何とか動かして走ってきたエリカからリヒトに問いかける。

「なんて書いてあるの?」

「わかんない」

 リヒトは思わずそう隠してしまい気まずそうに立ち上がる。そのまま木の裏まで歩いていくと目の前には花畑が広がっていた。

 木々のざわめきに紛れて嫌な、声、がリヒトをさらに奥にいざなった。リヒトは花を避けるようにさらに奥へ進んでいく。 

 何かに足をつかまれて引っ張られるような嫌悪感。

「ちょっと、リヒト! どこ行くの!?」

 エリカが後ろかそう呼び止めてリヒトは足を止める。

「あぁ。……ごめん」

 そう言ってリヒトは走ってエリカのもとへ戻っていく。エリカは少し不安そうな顔をしている。

「そういえばエリカさん。ここって墓地なんだって」

 少し温かな風がリヒトの後ろから吹いてきた。

 この地にはホシナシビトの魂が幾億と眠っていた。


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