男の子のズボンのポケットには、夢と希望と勇気が詰まっている。というのは都市伝説だ
「脱いだものは裏返しにしたままにしないで、ちゃんと表に戻してから洗濯カゴに入れてってば!」
何度も言い飽きたお小言をリビングに向かって言いながら、カゴに入った洗濯物を一つ一つ確かめ洗濯機に入れていく。
保育園に通うりくのズボンが出てきたら要注意だ。
そっと持ち上げ、ゴミ箱の上でまず逆さにする。
するとゴミ袋にかぶせたビニール袋に砂が当たる音が芸術的なまでに雨の音を再現する。
雨の日以外は大体こう。
砂遊びをすると確実にこう。
ポケットの形状によっては、持ち帰られた砂でお城くらいは作れるだろう。
ズボンの裾が折り返されているデザインは要注意だ。
ズボンをカゴから拾い上げただけでザザーッと砂がこぼれる。
だからストレートでポケットのついていないズボンだけにしたいのだが、服は祖父母に買ってもらうこともあるのでそうもいかない。
かよ子の苦労など、孫がかわいい祖父母には関係のない話だ。
洗濯物のカゴを掘れば掘るほど、りくのズボンが出てくる。
一、朝はいて行ったズボン
二、おしっこをもらして脱いだズボン
三、外遊びで汚れて脱いだズボン
四、帰ってきておしっこをもらして脱いだズボン
要注意なのは「二、おしっこをもらして脱いだズボン」だ。
保育園で軽く水洗いしてくれていると安心してはいけない。
ポケットの内容物は保育園の管轄外だから。
濡れて張り付いて取り除きにくくなっていようとも、手を突っ込んで砂だらけになりながらも砂をかき出さねば洗濯機が大変なことになる。
それは保育園までの話で、小学生に上がると砂遊びは滅多にやらなくなる。
二年生になったまさきのズボンが洗濯に出されるのは一日に一着だけだし、砂の心配はしなくて済むようになった。
だが、今度は別の恐怖が待っていた。
セミの抜け殻(粉々)。
カブトムシの角(履いていて痛くないのか?)。
生きたアリ。
何が入っているか未知だ。
時々ハンカチが入っていると、ほうっと息を吐く。
でもそのハンカチを開くと大事に包まれたミミズが出てきて悲鳴が屋根を突き抜ける。
ただ一度、乾燥をかけ終わった洗濯機の中を覗いたとき、抜けた歯が出てきたときにはぞわりとした。
なぜ?
いつの?
小さな乳歯を掌に載せて、かよ子の手はわなわなと震えた。
最後にまさきの歯が抜けたのは一週間も前だったはず。
それは庭に出て、まさきが屋根に向かって放り投げた、はず。
そうしたら大暴投で隣の家のウッドデッキにカラコロと転がってしまったはず。
お隣さんに謝らなくちゃ、と思っているうちに大雨が降って来て庭の石に紛れたようだと悟りうやむやになっていたけれど、もしかして隣に飛んで行ってしまったのは勘違いで、実はポケットにでも入ってしまっていたのか?
それを何度か洗濯して、今やっと自然とポケットから洗濯機の中へとぽろりと零れ落ちたのか。
わからない。
謎でしかない。
子供のズボンのポケットは、未知だ。
四次元に繋がるポケットよりも、ファンタジーの世界が広がっている。