小説執筆における人工知能の利用
最初に念のために明言しますが、小説にせよ随筆にせよ、解説書にせよ論文にせよ、私はAIに代筆させたことはありません。また、今後もその種のことをするつもりはありません。
最近、生成AIの利用を勧める創作論などが小説投稿サイトで急速に増えています。それらに目を通してみると、あまりにも無邪気な内容のものが多く、安易にそれらに従ってしまうと問題を抱え込んでしまうことになりかねません。
まず、いくつかの基本的な事柄を確認しておきましょう。
著作権は「思想又は感情を創作的に表現したもの」の作者に与えられる権利です。著作権は多数の権利の総体を指す語ですが、それら多数の権利は大きく二つに分類されます。財産権と著作者人格権です。
財産権は作品の商業利用などに関わる権利であり、他者に譲渡することが可能です。もちろん、嫌なら譲渡せず、作者自身で作品を商業利用しても構わないのです。逆に、譲渡したのならその後、自分の作品であったとしても好き勝手には利用できなくなります。
著作者人格権は作者の名誉や作品の形態の維持などに関わる権利であり、他者には譲渡できないと法で定められています。もちろん権利は権利。義務ではありませんから、譲渡は出来なくても、権利を行使しないと決めることは可能です。
著作権は創作が行なわれた時点で発生します。作品を他者の目に触れる状態に置いたかどうかは関係ありません。
ここで従来のゴーストライティングについて考えてみましょう。つまり、発注者がゴーストライターに代筆してもらう行為についてです。
創作が行なわれた時点で著作権は発生し、著作者人格権は譲渡できません。そのため実は、ゴーストライティングされた作品の著作者人格権はどこまでもライターにあります。それなのに、作品は発注者の作として世に出回る。これは合法なのか。結論から言えば合法です。
ライターは著作者人格権に基づき当該作品の作者名にペンネームを用いる。その際、ペンネームとして使用されるのは発注者の氏名。さらに、ライターは発注者と契約を交わす。その内容は二つ。今後、著作者人格権を独自に行使しないこと。著作者人格権を保有していることを公表しないこと。それぞれの契約の内容には多少の差異はあるものの、そのようにして合法性を担保しているのです。
ここからが本題です。ゴーストライターが生成AIである場合、従来のゴーストライティングと何らかの違いがあるのか。実は大いにあるのです。自動的な機械生成物に「思想又は感情を創作的に表現したもの」は無いとされているからです。つまり、自動的な機械生成物には著作権が発生しないのです。
例えば、AIに「小説を書いて」と単純な指示をした結果として生成されたもの。これは自動的な機械生成物であり、そこに創作性の存在は認定されません。
逆に例えば、ストーリー展開を最初から最後まで事細かく指定し、文章表現などにも詳細な指示をした結果として生成されたもの。これは機械生成物ではあっても自動的ではないと見なされる余地があります。つまり、そこには人の手による創作性が含まれていると認定される可能性があります。
創作性の存在が認定されるのか、されないのか。現状、その境目は極めてあいまいです。法やその他の制度が十分に整備されていないからです。将来整備された時のことを考えると、小説を執筆する側としては、現状では厳しく受け止めておく必要があります。つまり、人の手をかなり加えたものでない限り、創作性はまず認めてもらえないと。
それでは以下に、問題が発生しうる事例を二つ挙げます。
第一の事例。AIによる生成物をそのまま自分名義の小説として公開する行為。
使用したAIの利用規約に「当社のAIによる生成物に対して当社は一切の権利を主張しない」とあるのなら、インターネット上で公開するぐらいのことであれば、おそらく一応、問題は発生しません。ただし、他者の既存の作品に酷似していた場合は盗作を疑われることがあります。それに備えて、意図的に他者を真似たわけではないことを証明するために、作品制作の経緯と過程をきちんと記録しておきましょう。
公開した作品がいずれかの出版社の目に留まって出版を持ち掛けられたら、話は大きく変わります。その際は包み隠さず出版社とよく話し合った方が良いでしょう。自動的な機械生成物には創作性が認定されず、著作権が発生しないのです。仮に出版後に機械生成が露見したら、出版物が好き勝手に使い放題となってしまいます。例えば、出版物の内容を無断でコピーし再利用する。著作権が存在しないのですから、その種の行為が可能となってしまうのです。
第二の事例。「誰々の文体を真似て小説を書いて」などの指示に基づいて生成されたものを自分名義の小説として公開する行為。
私にはお気に入りの小説家がいます。皆さんも同様でしょう。だからと言って、その小説家の文体を真似たものを機械生成し、安易に小説として公開してはいけません。深刻な問題が現実的に発生する可能性があります。
もし、機械生成された作品の中に、その小説家が書いた文章に酷似している部分、もしくは完全に一致している部分があったら、重複の程度によっては盗作と認定される可能性があります。ここで読み違えてはいけません。すでに「疑われる」段階を通り越し、「認定される」段階にあるのです。意図的に他者の作品を真似たからこそ、つまり意図的に他者の作品に依拠したからこそ、盗作と認定されてしまうのです。その小説家の作品が著作権の保護期間内にあるのなら、著作権の侵害として刑事および民事の事件となり得ます。著作権の保護期間が終了していたとしても、盗作として社会的な批判や制裁を受ける可能性があります。
ただし、この問題は原理的には回避可能です。その小説家の作品との重複が無いかを、その小説家の全作品にわたって公開前に調べておけばよいのです。
当然のことながら、この問題は人間が執筆した場合にも生じ得ます。そもそも、他者の作品を完璧に真似て自身の作と称することが盗作なのですから。他者を真似る。それは創作活動の練習としてはあり得ても、本番ではやはり不味いと言わざるを得ません。
念のために補足しますが、盗作の認定には二つの要件が必要です。それは類似性と依拠性です。他者の先行作品に似ていること。他者の先行作品に基づいていること。その二つがあった場合に盗作と認定されるのです。ですから、仮に似ていたとしても、単なる偶然の一致であれば盗作にはなりません。
さらに補足すると、人間が自身の創造力に基づいて創作した作品である限り、盗作を疑われるほどに他作品と似てしまうことはほぼありません。数学的にはその可能性はゼロではないのですが極めて小さく、現実的にはゼロと見なして構いません。
一方、AIに自動生成させると、似たような作品が出来上がってしまうことがあるのです。特に「誰々を真似て」とか「誰々のあの作品を真似て」などと指示をすると、その可能性はさらに高くなります。 AIに創造力は無く、AIは学習した単語や言い回しやプロットを適当に組み合わせて小説を生成しているだけですから。
ここに書き記した事例等については、文化庁が中心となって審議が続いています。文化庁のホームページなどで審議の内容の要約を確認できます。また、一般社団法人日本ディープラーニング協会がガイドラインを公表しています。協会のホームページ内の「資料室」にありますので、一度は目を通しておくことをお勧めします。
小説執筆に生成AIを使用する現実的な方法は、現状ではおそらく以下の二つしかありません。
一つ目。ストーリー展開を細かく指定した上で、生成AIに小説を生成させる。そして、生成された小説を自身の手で全面改稿する。
この方法であれば、ストーリーから文章に至るまで全てを自身で作っているのですから、間違いなく従来の執筆と同じです。執筆の途中の段階で生成AIを使用したということを明かす必要もありません。
二つ目。AIに小説を生成させる。そして、生成された小説の少なくとも六割以上を、出来れば七割から八割を自身の手で改稿する。作品を公開する際には、生成AIを使用したという事実、使用した生成AIの名称、自筆の部分の割合を明記する。また、AIが生成した改稿前の文書データもきちんと保存しておく。
この方法は私が勝手に考え出したものではありません。日経「星新一賞」の募集要項を元にしたものです。募集要項には、改稿せよとの記載はあるものの、その割合は指定されていません。つまり、上記の方法は募集要項をさらに厳しくしたものとなっています。
六割から八割という数値は、著作権法に規定されている「引用」に準拠したものです。他者の作品を引用する際には質と量の両面で、自身の執筆部分を主、他作品からの引用部分を従としなければなりません。だから「少なくとも六割、出来ればそれ以上」なのです。
それなら九割は。そう思う人もいるかも知れませんが、九割も改稿するぐらいなら、いっそのこと全面改稿した方が良いでしょう。いや。そうすべきです。状況が大きく変わるのですから。
なお、小説の執筆そのものではなく、小説執筆の支援ツールとしてなら、AIを大いに活用すれば良いでしょう。例えば、表現や誤字脱字のチェックなどが利用法として真っ先に思い浮かびます。
例えば、執筆の前段階でプロット管理ソフトやマインドマップツールなどを使用する。例えば、執筆にワードプロセッサーを使用する。例えば、校閲にワードプロセッサーの校閲機能や文章読み上げ機能を使用する。すでに多くの人はそのようにして小説を書いているはずです。小説執筆支援ツールとしてのAIの利用はそれらと同レベルの話です。




