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物語の小説化の技法  作者: 種田和孝
第三章 小説の構成
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【中級】登場人物の個性

 孤独な物語、つまり登場人物が一人しかいない小説もあり得ます。しかしやはり、そのような小説は稀でしょう。

 作品中に登場人物が複数存在する場合、人物像をきちんと書き分けないと、人物の区別が付かなくなります。さらに言えば、きちんと個性を持った人物こそが主要と呼べる登場人物。無個性な登場人物では単なるモブになってしまいます。

 すでに他の節でも部分的には触れていますが、ここで登場人物を特徴づける要素をいくつか列挙します。

 身分や立場。容姿や装い。知性や性格。思想や信条。習慣や癖。

 これらは小説投稿サイト内の未刊作品の多数においてきちんと描写できている順に並べてあります。つまり、後ろに行けば行くほど適切に描写できていない作品が多いとの意味です。

 まずは容姿や装いについて。それらは登場人物の外形です。例えば、主人公はイケメンや美人だったとしましょう。三人称視点や神視点では、あからさまに書いても良いのです。「太郎はイケメン」、「花子は美人」などと。

 一方、一人称視点では語り部は主人公です。そのため、語り部が主人公の容姿や装いの良さを語ると、主人公が自画自賛をすることになってしまうのです。軽いうぬぼれと解釈される程度の記述であれば問題はありません。しかし度を超すと、それは自己愛性人格障害の描写となってしまいます。

 例えば、女主人公が鏡に映る自身の姿を眺めながら、「殊更に神に作られたかのようなこの体。どんな男も抗えない。やはり私は美しい」などと内心で延々と語る。少数ですが、そのような極端な作品を実際に見掛けることがあります。主人公を出来る限り魅力的に見せたい。作者としてのその気持ちは理解できますが、やりすぎは逆効果です。やればやるほど、気色の悪い人物像になっていきます。

 一人称視点を採用する場合、主人公の魅力を語り部が力説してはいけません。主人公の容姿や装いの良さは逐次、他の登場人物に語らせる、他の登場人物の言動によってほのめかす。それが一人称視点における基本の手法です。

 最近、容姿や装いがあからさまに平凡な人物を主人公とする作品も増えています。その場合も同様です。自身の平凡さを主人公が滔々と語る。最初の内は笑えたり共感できたりしても、度を超すと、その内に自己肯定感の低さが痛々しくなってしまいます。

 なお、念のために付言します。三人称視点や神視点では、「主人公はイケメン」と直接的に説明しても構わないのです。ただしそれにとどまらず、イケメンである様子も描写しましょう。例えば、「周りの女子たちの視線はなぜかいつもうっとりと主人公に向いてしまう」などと。説明するのではなく、様々な描写を適時繰り返す。それが重要です。

 さらに付言しますが、登場人物の容姿や装いを描写しない小説もあり得ます。それらは読者の想像に任せる。それも一つの考え方であり、そのような既刊作品が多数存在しているのも事実です。

 次は知性や性格、思想や信条について。それらは登場人物の書き分けにおけるキーポイントです。

 知性のあり方には様々な様態、着眼点があります。例えば、知識の多寡、経験の多寡、頭の回転が速い遅い、記憶力が高い低い、考えが深い浅い、その他もろもろ。

 性格に関しても同様です。例えば、積極的と消極的、自立的と付和雷同的、派手好きと地味好き、仲間好きと孤独好き、気前の良し悪し、寛容さの高低、その他もろもろ。

 ここでは十一の項目を二項対立の形で具体的に例示してみました。それらを適切に選択して組み合わせるだけで、最大で二の十一乗通りの個性と人物像を作り出せます。

 思想や信条についても同様です。思想や信条と言うと政治や宗教を思い浮かべる人もいるかも知れません。しかし、思想や信条は政治や宗教関連だけではありません。最も代表的な二項対立は善と悪でしょう。他には例えば、意味の有無とは無関係にルールはルールだからと順守する。もしくはその逆。これは形式主義と実質主義の二項対立です。さらには例えば、自身の幸福を優先、他者の幸福を優先。その発展形としての利己主義と利他主義。そのような二項対立もあり得ます。

 それらの書き分けは、人生経験の浅い若い人には難しいのかも知れません。それでも、性格ぐらいは書き分けられるはずです。

 最後は習慣や癖について。それらは登場人物の個性と言うよりも、登場人物の個性を際立たせる付随的な要素と言った方が良いでしょう。

 例えば独特な習慣。ある男は飲食店に入ると、いつも真っ先にグラス一杯の水を飲む。貧乏時代に水を飲むことで食欲を抑えていたから。ある女は家屋に入る直前、出入り口で全身をバサバサと手で払う。潔癖症のせいでわずかなホコリも許せないから。ある登場人物はいつもポケットに手を突っ込み、ポケット内の小銭をジャラジャラといじり続ける。指先を細かく動かし続けることが脳の活性化につながると信じているから。

 例えば仕草の癖。ある男は何かがあるとすぐに腕組みをする。ある女は自身の耳を触る。ある登場人物は頭を掻きむしる。

 例えば口癖。特に会話文の多い作品では、口癖は登場人物を特徴づける重要な要素になり得ます。さらには、その強化版とも言える要素が決め台詞。「アムロ、行きまあす」は戦闘開始の合図。「メイク・マイ・デイ」は最終局面での脅し文句。「ポケモン、ゲットだぜ」は勝利の雄叫びです。

 小説投稿サイト上の未刊作品の多くには、習慣や癖の描写がほとんどもしくは全くありません。純文学的な作品であろうと、娯楽性の高い作品であろうと、習慣や癖の描写は登場人物に色を付ける強力な手段になり得ます。

 ただし一つだけ、注意を促しておきます。各種の習慣や癖の中で、決め台詞だけは娯楽性を高める方向に作用します。リアリティーレベルの高いシリアスな作品では、決め台詞の手法の使用には慎重になった方が良いでしょう。


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