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物語の小説化の技法  作者: 種田和孝
第三章 小説の構成
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【中級】登場人物の役割

 あくまでも物語性の強い小説の創作に限った話ですが、登場人物の役割を考えるに当たり、初心者はまずはある一つの境地を脱却しなければなりません。登場人物、全員善人。それでは物語は成立しません。嫌な奴、悪い奴、とにかく悪役。物語には主人公を苦しめる悪役が不可欠なのです。

 なお、ここでは端的に悪役と書きましたが、主人公を苦しめる何かがあれば良いのです。不条理な運命。過酷な自然環境。理不尽な社会。そのようなものでも構いません。ただし、社会は人の集合体ですから、理不尽な社会は結局は理不尽な人間によって代表されることになります。

 登場人物の役割については、以下の二つの観点を理解しましょう。一つ目は主人公に相対する者としての立場、二つ目は物語の構造上の役割です。

 一つ目。主人公に相対する立場にはどのようなものがあり得るのかを具体的に列挙してみます。なお、括弧内は物語に頻出する役柄の典型例であり、現実に即したものではありません。またここでは、主人公は男とします。

 

 主人公を無条件で受け入れる。(母親やヒロイン)

 主人公を理解した上で受け入れる。(ヒロイン)

 主人公に賛同する立場で行動を共にする。(友人。特に親友)

 主人公を陰から支える。(支援者、後援者)

 主人公に示唆を与え、主人公を導く。(父親や先生や、かなり年長の者)

 主人公と公平公正に競い合う。(ライバル)

 主人公の同調者であることをやめる。(腰抜けや裏切り者)

 主人公に対して中立。(その他大勢。いわゆるモブ)

 主人公に否定的な姿勢を示す。(悪い雰囲気を作るモブ)

 主人公の敵に同調して行動する。(いわゆる雑魚敵、敵の一味)

 主人公に敵対する。(敵)

 

 物語は主人公を中心に動くので、一般的には主人公の味方側の役柄が多くなります。仮に主人公側と敵側の勢力を同等のものとして描いたら、敵にも主人公たる資格が生じ得ます。その代表例としては、神林長平の「敵は海賊」シリーズに登場する宇宙海賊ヨウメイを挙げることが出来るでしょう。

 二つ目。物語の構造上の役割をいくつか列挙します。なお、列挙するのは注意を要する役割だけであり、考えられる役割の全てではありません。ここでも主人公は男とします。

 

 何らかの象徴や目標。

 事態の推移を知らせる。

 事態を紛糾させる。

 主人公に試練を与える。

 場を和ませたり愉快にしたりする。

 

 まずは、何らかの象徴や目標。これに該当するのは例えば、英雄、手の届かない姫君などです。ライトな小説の中には、その種の人物像をあっという間に崩してしまうものが散見されます。英雄や姫君は小市民や庶民ではありません。コメディーではないのなら、英雄は英雄らしく、姫君は姫君らしく。それを貫き、象徴性を維持しなければなりません。

 次は、事態の推移を知らせる。これに該当するのは事情通や情報屋や密偵、予知能力を持つ魔女などです。それらの人物が事件の発生などを知らせるのは良いのです。しかし、事態の推移や裏の事情に関して、訊けば何でも教えてくれる。そこまで都合が良すぎてはいけません。それは神視点の語り部も同様です。

 次は、事態を紛糾させる。これはいわゆるトラブルメーカーであり、物語が順調に進み過ぎるのを妨げる役回りです。慎重でありながらも何らかの失敗をしてしまう。それは良いのです。単なる愚者の単なる愚行は読者に嫌悪されます。

 次は、主人公に試練を与える。試練を与える役回りは味方側にも敵側にも存在し得ます。例えば恋愛ものにおける親や教師。恋愛なんて早すぎると禁止する。例えばスポーツものにおける相手選手。こいつに勝たなければ次は無い。そういう人物たちであれば、後の和解もあり得るでしょう。一方、物語の途中で生死を懸けて戦った敵の一味。生死を懸けるのは並大抵のことではありません。命乞いをされて簡単に許せるのでしょうか。拳を交えれば理解し合えるのでしょうか。

 最後は、場を和ませたり愉快にしたりする。これはいわゆるコミックリリーフであり、深刻な雰囲気や緊張感を一時的に和らげる役回りです。この役回りにもトラブルメーカーと同様のことが言えます。ただし、コミックリリーフは物語に色を付けるだけであり、事態の推移には影響を与えません。そのため、単なる愚かさも限界を突き抜けたような所まで行けば、逆に読者に喜ばれる場合もあります。

 当然ですが、主人公に相対する立場にせよ物語の構造上の役割にせよ、物語に必要な分だけ用意すれば良いのです。逆に、必要以上に用意してしまうと、登場人物の数が膨大になって収拾がつかなくなってしまいます。

 構造上の役割に関しては、ある特定の人物が常にある特定の役割を果たさなければならないという訳ではありません。複数の人物がある特定の役割を代わる代わる担っても構いませんし、一人の人物が複数の役割を担っても構いません。

 ちなみに、私がここ十年程度の間に読んだ小説の中で最も印象に残っている登場人物は、竹宮ゆゆこ作「ゴールデンタイム」の林田奈々です。

 林田は男性主人公に対して次のような立場をとります。主人公に賛同する立場で行動を共にする。主人公を陰から支える。主人公に示唆を与え、主人公を導く。そのため、多くの読者は林田をヒロインの一人と認識しているようです。

 ところが事態の推移を俯瞰すると、林田が関与するたびに、主人公は惑わされ、時には苦しめられ、場合によっては事件や事故に巻き込まれてしまう。また、林田は主人公に関与はすれども、様々な理由を付けて徹頭徹尾、主人公を受け入れない。

 つまり、林田は一見ヒロインのようでありながら、物語の構成上は最大かつほぼ唯一の悪役なのです。この構成は極めて複雑で面白いと私は思います。

 神林長平作「敵は海賊」シリーズ。竹宮ゆゆこ作「ゴールデンタイム」。興味が湧いた人は一読してみると良いでしょう。


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