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物語の小説化の技法  作者: 種田和孝
第三章 小説の構成
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【初級】時系列と起点と事件

 あらかじめ注意を促しておきます。この節で解説するのは、物語性の強い小説、つまりストーリー展開を楽しむことに主眼を置く小説の構造です。例えば抒情性の強い小説、つまり感情の揺さぶりを重視する小説などには別の構造もあり得ます。前方参照や伏線はどのような種類の小説にも適用し得る手法ですが、この節で解説する手法はそれらとは多少異なります。

 ある男がいて、ある人生があったとします。もちろん架空の話です。誕生から二十歳までの人生があり、その中で起きた何かが遠因となって、二十歳の時に放浪の旅に出る。旅は波乱万丈。しかし最後には大団円。二十五歳をもって旅は終わる。

 この人生を描く場合、多くの作者は二十歳を小説の起点、二十五歳を終点とするでしょう。なぜ二十歳を起点とするのか。それは波乱万丈の始まりだからです。読者の立場に立って考えても同じです。読者が最も興味を持つのは、やはり激動の五年間でしょう。

 何を当然のことをと思う人も多いと思います。ところが、いざ初めて小説を書き始めてみると、少なからぬ人が迷ってしまうのです。例えば、波乱万丈の五年間の前に次のような前段階があったとしましょう。

 男はとある王国の第五王子。兄たちよりもかなり年少。物心がついた頃には、すでに王位継承をめぐる争いが始まっていた。男は兄たちの各派閥から陰に陽に嫌がらせを受け続け、二十歳の時、遂に王国から放逐されてしまう。

 このように具体的に記すと、少なからぬ人が小説の起点を男の誕生の時に、もしくは少年時代辺りに置いた方が良いのではないかと考え始めてしまいます。しかし、良く考えてみましょう。嫌がらせを受け続けるだけの日々。二十年にわたる陰鬱な日常の繰り返し。そこに特筆すべき状況はあっても、特筆すべき事態の推移はありません。つまり、そこにはストーリーが無いのです。

 解説を進める前に、ここで用語を一つ紹介します。創作の現場では、物語のその後の展開を決定づける出来事のことを「事件」と呼びます。

 ここで言う事件は、本来の意味での事件でなくても構いません。例えば、少年は少女に出合う。少女は謎に直面する。もちろん、本来の意味での事件や事故でも良いのです。例えば、ニートはトラックにはねられる。エリートは罠に落ちる。

 この節で挙げている例で言えば、王子は王国から放逐される。それが第一の事件です。その後も事件が起き続けることによって、放浪の五年間は波乱万丈となるのです。

 この王子の物語を小説にする場合、三つの時点が話の起点となり得ます。つまり、第一の事件のかなり前、第一の事件、第一の事件の後の三つです。

 まずは、第一の事件を起点とする構成について。

 物語性の強い小説では、第一の事件を起点とする。それが現代の創作の定番であり、多くの場合、やはりそれが適切なのです。ここで言う適切の意味は後に説明します。

 この王子の例では、二十歳までの人生は波乱万丈の旅の背景に過ぎません。ですから、それは背景描写の形で描かれるのが自然なのです。一人称視点では、回想の形で描写されるのが一般的です。三人称視点や神視点では、登場人物間の会話や語り部による語りによって描写されることが多いでしょう。

 前方参照の節で、時系列を乱すと前方参照の構造を作れなくなると述べました。この王子の例の場合、時系列を乱してはいけないのは本編である波乱万丈の五年間においてです。事件前の出来事を回想の形で記述する。それも時系列を乱してはいるのですが、それは決して不自然な構造ではありません。過去の出来事をふと思い出して考え込む。現実でも良くある話なのですから。

 次は、第一の事件のかなり前を起点とする構成について。

 実はこの構成には非常に大きな利点があります。物語の背景も含めて全てを時系列順に記述するのですから、少なくとも主人公に関しては背景描写が不要になるのです。作者にとっては、複雑な構成を設計する必要がなくなる。読者にとっても、複雑な構成を読解する必要がなくなる。両者にとって最も簡明な構成であり、童話や児童文学で頻繁に採用される構成です。

 ただし作者にとっては、話はそこまで甘くありません。ストーリーの無い背景部分から書き始めるのですから、安直に執筆すると無味乾燥な略歴のようなものになってしまうのです。小説投稿サイトでは実際に時折、その種のどこを楽しめば良いのか分からない作品に出くわします。

 この構成を採用して成功した例としては、J・K・ローリング作「ハリー・ポッター」シリーズを挙げることが出来るでしょう。

 その第一巻の冒頭で起きる事件と言えば、ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届き、ハグリッドが使者としてやって来ること。やはり、そこがハリーの物語としての本編の始まりでしょう。しかし、第一巻の冒頭で真っ先に描かれているのはその事件ではなく、ハリーの成育歴と親族の家における日常です。

 作者が事件前の部分で行なっていることを列挙すると次のようになります。リアリティーレベルの設定。物語の基調の提示。ハリーの知性や品性、性格や境遇の提示など。

 作者が非凡なのは、読者を飽きさせることなく、説明ではなく描写によってそれらの設定や提示を行なっているという点にあります。その上、ハリーの境遇は陰鬱なものであるにもかかわらず、そんな日常をコメディータッチで描き切っています。つまり、作者は様々な意味でバランス感覚に優れているのです。

 最後は、第一の事件の後を起点とする構成について。

 この構成の採用は非常に難しいのです。何せ、主人公に関する背景の説明も無く、事件の描写も無く、読者にとっては何が起きているのか分からない状態で話は進むのですから。そのため、いずれは背景などについても記述することになるとは言え、それまでの間の話は通常以上に魅力的に描かなければなりません。そうしなければ、読者はすぐに離れてしまいます。

 例えば、ロバート・A・ハインライン作「宇宙の戦士」。この小説は日本の多くのロボットアニメの原点とも言える名作もしくは問題作です。主人公のジュリアン・リコは機動歩兵。パワードスーツに搭乗し、敵の惑星の軌道上から地表へ向けてダイブする。そして、戦闘、制圧、撤収、その繰り返し。そういう内容です。

 この作品を機動歩兵としてのジュリアンの物語と考えれば、物語の発端としての事件は軍隊への入隊でしょう。しかし、小説は戦闘の描写から始まります。入隊のシーンが描かれるのはかなり後になってからです。

 小説投稿サイトにおいても時折、この種の構成を見掛けます。その機会が最も多いのは、ハイ・ローを問わずファンタジーの分野。次いで多いのはSFの分野です。そして、構成に難のある作品には共通の特徴があります。

 典型例は、作品の冒頭から戦闘、戦闘、とにかく戦闘、それ以外の描写はほとんど無し。第一の敵を倒したと思ったら、すぐに第二の敵が現れる。第二の敵の次には第三の敵。多分、気の短い読者は第二の敵が現れた時点で、少々気の長い読者でも第三の敵が現れた時点で飽きて読書をやめてしまうことでしょう。

 戦闘に限った話ではないのですが、おそらく作者には特定の種類のシーンに強い思い入れがあるのでしょう。そのせいで、その種のシーンばかりを描いてしまい、背景の説明や事件の描写が疎かになる。その結果として、物語は極度に薄くなってしまうのです。どこのどんな人間とも分からない人物が良く分からない理由でひたすら同じことを繰り返すだけ。そのどこに興味を持てば良いのでしょう。

 例えば、ウルトラマンの戦闘時間は三分間。黄門様御一行の大立ち回りも八時四十五分からの数分間。放送時間の大部分は、背景や騒動の発端や事態の推移などを描くために使われる。それが各種描写の割合の相場です。緩急があってこその見せ場であり、起伏があってこその山場です。背景などを丹念に描いていかなければ、戦闘シーンは見せ場や山場になり得ないのです。

 物語性の強い小説では、第一の事件を起点とするのが適切です。ここで言う適切とは、小説執筆の初心者にとってはとの意味です。上記で解説した通り、それ以外の構成にはそれ以外の構成なりのバランス感覚が要求されるのです。

 何作も執筆し、その都度、読者の反応を確かめ、建設的な批評を受ける。そのような経験を積まないと、その種のバランス感覚は一般的には中々獲得できません。ですから、小説執筆の初心者はまずは定番の通りに書いてみることが適切なのです。


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