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第2話 吹雪の子供


 クロエ王妃は僅かな衛兵を引き連れ、幾日もかけて山奥の村へ向かった。

村の若者は、ゼイウェル王に見捨てられて一度は絶望したものの、クロエ王妃が同行したことに希望を見出だしていたのだが……。




 村に近づくにつれて吹雪の勢いは弱まり、この分では村人は皆無事なのではないだろうかと思われた。

冥府の吹雪は治まったのであろうと誰しもが安堵(あんど)した、その矢先のことであった。

村に足を踏み入れるやいなや、冥府の吹雪は眠りから目覚めたように巻き起こり、一同を取り囲んでしまったのである。

 魔法で応戦するも、一人、また一人と吹雪に飲まれていく。

前後不覚の吹雪に取り込まれたクロエ王妃は、いつしか孤立し、帰る道すら見失っていた。


「くっ……! このまま死ぬわけには……!」


 吹きすさぶ風と雪により、瞬く間に体温は奪われていく。

クロエ王妃には、冥府の使いが手招きをする幻覚が見え始めていた。


(やはり私には、村人を救うことなど無理だったのだ……)


──そう諦めかけた時だった。

クロエ王妃の瞳に、一人の子供の姿が映ったのは。


(まだ生きている子供がいた! あの子供だけでも、何としてでも助けなければ……!)


 背格好からして、リセルとそう歳は変わらないであろう。

クロエ王妃は最後の力を振り絞って、一歩、また一歩と、弱々しく子供の方へ向かう。


「王妃様! ご無事ですか!?」


 吹雪の中から、村の若者が姿を現した。

クロエ王妃はそれに答えることもせずに、一心不乱に前へ進んでいる。

雪が降り積もる地に杖を突きたてては、身体を前に出す。

それは歩くというよりも、すでに足を引きずっているだけであった。

杖を滑らせて倒れそうになったクロエ王妃を、村の若者が支える。


「あの子供を……私が救わねば……」


「子供?」


 不可解に思った村の若者は、クロエ王妃の視線の先に目をやった。


(この村に子供などいないはずだ。あの子供はどこから来たんだ?)


 クロエ王妃に肩を貸しながらも、村の若者は子供に近づく。

そして、二人は見た。

その子供は、他の誰でもないリセルであったのだ。

クロエ王妃は愕然(がくぜん)として、その場に膝を突いた。


「リセ……ル……? どうして、ここに……?」


「…………」


 リセルと思しき子供はその問いに答えず、猛吹雪に向かって駆け出した。


「待って……! リセル……! リセル!!」


 クロエ王妃は身体を引きずるようにして子供を追ったが、その姿を見つけることは出来なかった。


(あんな小さな子が、一人で私の後を追って来たというの? リセルを捕まえなくちゃ……。リセルを守らなくちゃ……。でないとリセルが死んでしまう……)


 クロエ王妃は、その場に倒れ込んだ。


「リセ……ル……」


「王妃様! 王妃様!」


 村の若者が何度呼び掛けようとも、クロエ王妃は二度と返事をしなかった。

彼女の一生は、志半ばに終焉(しゅうえん)を迎えることとなったのである。


***


 それから、10年の月日が流れた。

リセルは、父であるゼイウェル王に謁見(えっけん)の間へと呼び出されていた。


「只今参りました」


「うむ。明日はお前の、18の誕生日であるな。今年はいつもの誕生祭とは異なり、国をあげて成人の儀を()り行うぞ」


「はい、父上」


「お前も知っての通り、18歳になった王族には専属騎士がつく。明日、王宮騎士団に所属する成人のみで御前試合を行い、もっとも力強き者がリセル専属の護衛騎士となる。騎士の任命式をもってして、お前の成人の儀とするぞ」


「父上、その事でお話があります」


「何だ? 言うてみよ」


「かねてから、私の専属騎士はルディアが適任ではないかと考えておりました。これは本人たっての希望でもあります。意思の疎通を図る意味でも、気心の知れた者が適しているかと思われます。ですので、御前試合はなさらなくとも……」


「ルディア……? ああ、あの使用人の娘か。あのような素養の低い者を専属騎士にしてどうする。専属騎士たるもの、それなりの家柄の者でなくとはならぬだろう」


「ルディアは素養の高き者です。城の使用人であった両親を亡くしてからは、兄のラングと共に勉学と修練を重ねて、王宮騎士団への入団を果たしたではありませんか」


「ふん、くだらぬ。子供の頃からあの者共と(たわむ)れていたようだが、わしは認めておらぬぞ。使用人の子供らと対等の関係を持つのが、王族の名に傷をつける行為だというのがまだわからぬのか?」


「…………っ!」


 リセルは憤怒した。

幼なじみであり、数少ない心を許せる相手であった友人を愚弄(ぐろう)されたのだから。

しかし、今ゼイウェル王と争った所で何ら利益を生み出さない。

そればかりか、ルディアとラングが王宮騎士団内で冷遇される可能性すらある。

そう考えたリセルは強い眼差しをそのままに、言葉を飲み込んだ。


「反抗的な目付きだな。言っておくが、小娘の御前試合への参加も認めぬ。レクエルド総統にもその命を下すつもりだ」


「なぜですか! ルディアも正式な王宮騎士なのに! 父上もその実力をお認めになったから、入団を許可したのではないのですか?」


「剣の腕前が少しばかり立つからといって、専属騎士としての資質が備わっているかは別の話だ」


「父上……」


 あまりにもゼイウェル王の取りつく島の無い様子に落胆していると、背後から透き通った女性の声が響いた。


「ご安心なさい、リセル王子。ルディアの御前試合への参加は、この私が許可いたしましょうぞ」


「メーディア!」


 リセルが振り向いた先には、クロエ王妃が亡き後、リセルの母親代わりを務めたメーディアが立っていた。

その出で立ちは幾年もの歳月を思わせぬほどに麗しく、ゼイウェル王を見据える瞳には聡明さと、凛とした意志が感じられた。


「ゼイウェル王。御前試合に参加する条件としては、18歳以上の王宮騎士であれば誰でも可能なはず。ルディアは一月前に18歳になっております。十二分に条件を満たしているのではありませぬか?」


 ゼイウェル王には、メーディアの言葉には逆らえない《《とある理由》》があった。

それによりルディアの参加を許可せざる得なくなったゼイウェル王は、舌打ちをした。


「好きにするが良い。いずれにしろ、あのように華奢(きゃしゃ)な小娘が精鋭揃いの男たちに敵うわけがなかろう」


 負け惜しみを言うゼイウェル王を、メーディアは一笑した。


「ゼイウェル王は、本当に人を見る目が無い御方です。ルディアの剣技をご覧になっていないのがよくわかりますわ。王宮騎士団をレクエルド総統に任せきりにしているから、臣下の資質を見抜けぬのです」


「黙らぬか、メーディア! 例えお前であっても口が過ぎるぞ!」


「これは失礼。では行きましょう、リセル王子」


 メーディアがリセルの手を取ると、ゼイウェル王は二人を追い払うように手を振った。


「ええい! 下がれ下がれ!」


「失礼いたします、父上」


 リセルは儀礼通りに頭を下げて見せると、メーディアと共に謁見の間を後にしたのであった。




 王宮の廊下を歩きながら、リセルは言った。


「メーディア、さっきはありがとう。助かったよ」


「お礼を言われるようなことはしていませんわ、リセル様。私は義を通しただけです」


「そうだね、あなたの言うことはいつも正しい。やはり僕はメーディアがいないと駄目だな。父上に意見一つすら言えないだなんて……」


「そう落ち込むことはありませんわ。リセル様に発言力が無いわけではありませんもの。ゼイウェル王が他人の言葉を聞き入れる耳を持たぬだけなのですから」


「聞き入れる耳を持たない、か……。悲しいけど、そうかもしれないな」


 リセルは窓の外を見遣り、遠くに思いを馳せた。


(父上と分かり合える日がくるとは思えない。血の繋がりのある親子とは思えないほど、あまりにも哲学が違う)


しかし、ゼイウェル王を軽蔑する一方で、こうも考えていた。

一国の王たるもの、他人の心の機微に疎い人間であって欲しくはない。

民衆の心をつかめぬ君主が辿るのは、破滅の一途であるのだから。

そのように憂えることは、無意味なことであるのかもしれないが。




第3話へ続く

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