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第1話 王妃の正義と幼き王子


 リセル=レディアントは、レディアント王国の第一王子である。

彼が生まれ育った大陸はレディアント王国が治めているために、レディアント大陸と呼ばれていた。


 レディアント大陸には、かつては春夏秋冬の四つの季節があった。

だが、ある日を境にして各地で猛吹雪が巻き起こり、レディアント大陸の季節は冬のみと成り果てた。


 それはリセルが生まれる前から続いているのである。

故にリセルは、冬以外の季節を知らない。

春と夏と秋という概念は知っているものの、それらを体感したことはないのだ。


 難儀なのは、この各地で吹き荒ぶ吹雪である。

気温が一年中低く、常に雪が降り積もるせいで作物は実らず、レディアント大陸の民は長きに亘って食料を貿易によって手に入れざるを得なかった。

しかし幸いにもレディアント大陸では魔法の研究が進んでおり、魔法の発動に必要な魔法石の加工や、魔導具の製作の技術に長けていた。

彼らはそれを貿易の材料とすることにより、命を繋いでいたのだった。


 この異常気象を止めるべく国王アズールは兵を遣わして、度重なる調査を行った。

しかし、吹雪を止める手立てが見つからないばかりか、吹雪に取り込まれた多くの者が命を落とす結果となってしまった。

魔法防御に優れた一部の兵士は命からがらに帰還し、アズール王にその有り様を報告した。


「吹雪がまるで、己の意思を持っているかのように我々に襲いかかってきたのです。あの吹雪に取り込まれてしまうと、瞬く間に生命力が奪われます。不思議なことに、魔法に対する防御力が強い者だけが生き残ることができたのです」


 その兵士の報告は、吹雪が単なる自然現象ではなく、何らかの魔力が働いていることを意味していた。

そうしていつしか人々は、その豪雪を『冥府の吹雪』と呼ぶようになった。

国中の魔導士を総動員しても、一向に冥府の吹雪の正体はつかめない。

そればかりか、調査に向かう度に多くの犠牲者を出してしまう。


「このままでは、兵や魔導士どころか国の民が冥府の吹雪に根絶やしにされかねん。今後、わしの許可無く冥府の吹雪の発生地に近づくことを禁ずる」


 国の将来を憂いたアズール王は、冥府の吹雪に関する問題を一度棚上げにせざるを得なかった。


 万物の事象は移り変わりゆくのが常である。

それを鑑みれば、この冥府の吹雪とていつかは晴れるのだ。

そう、すべては時が解決することであろう。

誰もがそう願ったが、アズール王が死去し、息子のゼイウェルに代替わりしてからは殊更(ことさら)、冥府の吹雪は勢いを増した。


 そんなある日、事件は起こったのである。

山奥に有る名も無き小さな村から、一人の若者がレディアント王国まで助けを求めに来た。

村全体が冥府の吹雪に取り込まれてしまったのだと言う。


「かろうじて私だけは逃げ延びることができましたが、両親が、恋人が……村のみんなが! まだ冥府の吹雪の中にいるのです! どうか私たちの村を助けて下さい!」


「何たることだ……。それは一大事ではないか!」


 若者の陳情を受けた王宮騎士団の総統であるレクエルドは、それをすぐ様ゼイウェル王の耳へと届けた。

一刻も早く人命を救うという道義的な目的もあったが、それ以上に冥府の吹雪の勢力が拡大されたという事実を驚異に感じたからだ。

しかし、ゼイウェル王はそれを取り合おうとしなかった。


「先代の王であるアズール父上の言いつけを破るわけにはいかぬ。どこの馬の骨とも知れぬ村人どもを救う為に、兵の数を減らすなどもってのほかだ」


 このゼイウェル王の物言いに、家臣を始めとしたその場に居る者の全員が呆れ果ててしまった。

先代のアズール王は、何も面倒ごとを嫌って冥府の吹雪に近寄らなかったわけではない。

人命を最優先するが故に、冥府の吹雪から遠ざかっていたに過ぎない。

そうしながらもアズール王は、事態を解決する手だてを常に考え続けていたのだ。


(血の繋がりのある親子にもかかわらず、アズール王に比べてゼイウェル王はこれほどまでに人間性が劣るのか……)


 呆れを通り越して、怒りすら沸き上がる者もいた。

誰より立腹したのは、ゼイウェル王の妻であり第一王妃のクロエ王妃である。


「それが一国の王の言うことですか! この若者は、他に頼る者もなく私たちにすがってきたのですよ。先代の王アズール様ならば門前払いなどせず、救う道を模作するはずです。ゼイウェル王は、アズール様の魂を受け継いではおらぬのですか!?」


 それはゼイウェル王にとって、王妃であっても(ゆる)しがたい発言であった。

以前よりゼイウェル王は、臣下達が己を先代の王アズールと比べて王の器が足りないと噂していたことを知っていた。

それ故に、アズール王と比べられることを何よりも嫌っていたのである。


「王妃よ。それほどまでに言うのならば、そなた自身が山奥へ出向き、村人たちを救うがいい。そなたはわしとは違い、アズール父上の魂が宿っているようだからな」


 その場にいた臣下達が、一斉に声をあげた。


「何をおっしゃるのですかゼイウェル王!」


 王妃に、冥府の吹雪に耐えうる魔力があるはずもない。

ゼイウェル王はそれを知っての上で、クロエ王妃に意趣返しをしたということは明白であった。

しかしクロエ王妃はそれに臆することはなかった。


「わかりました。ゼイウェル王が動かぬと言うのならば、私が兵を率いて彼らを救いましょうぞ」


「……ふん、どうせ口だけであろう。わかっておるのか? 冥府の吹雪に向かうのは自殺行為であるぞ」


「存じておらぬわけがないでしょう。私に冥府の吹雪に対抗できる魔力が無いのも、重々承知しております」


 泣いて謝れば許してやらないでもない──ゼイウェル王はそう思っていたのだが、クロエ王妃は毅然とした態度を変える事はなかった。

それに一層焦ったのは、良識のある家臣である。


「王妃様! 今、村に向かった所で村人が生きているという保証はありません! 王妃様のお心は痛いほど分かりますが、命を粗末にしては元も子もありませぬ。どうかお考え直し下さい!」


「死んでいるという証拠もありませぬではないか。私は一国の王妃として、民を見殺しにする事などできませぬ。冥府の吹雪を、この私が止めてみせる。勇気がある者は私の後に続きなさい。……いいですね、ゼイウェル王?」


 ゼイウェル王はクロエ王妃と目を合わすこともせずに、吐き捨てるようにこう言った。


「せいぜい足掻くがよい。吹雪の中で己の愚かさを思い知るのだな」


 クロエ王妃はその言葉に返事はせず、謁見の間を去ったのであった。


***


 クロエ王妃は自室へこもり、一人考え込んでいた。


(屈辱的ではあるが、確かにゼイウェル王の言う通り……。私には、冥府の吹雪に耐えうるほどの魔法防御の力は無い。冥府の吹雪に直面すれば、間違いなく命を落とすことでしょう)


 だが、いずれにおいても冥府の吹雪から目を逸らすことは出来ない。

いつかはこのレディアント国まで冥府の吹雪に飲み込まれてしまうであろう。

国民が冥府に連れて行かれることも不憫ではあるが、クロエ王妃にとってそれ以上に気掛かりな事があった。


 それは、自分の一人息子であり、次代の国王でもある第一王子のリセルであった。

目の前の現実から逃避した所で、いつかはリセルにも冥府の吹雪の魔の手は迫るのだ。


 まだ8歳になったばかりのリセルを残して行くのは、身を引き裂かれんばかりの思いである。


(リセルが例え、血の繋がりのない息子であったとしても……)


 クロエ王妃は、リセルが18の誕生日を迎える時にその事実を告げようと思っていた。

この国にとって、18歳とは成人を意味する。

つまりはリセルが大人になってから伝えようと考えていたのだが、リセルがわずか8歳で別れを告げる事になろうとは……。


 すると突然に、ノックも無いままに扉が開かれた。


「母上!」


 母の姿を見つけたのが嬉しかったのか、リセルが笑顔で駆け寄って来た。

転びそうになったリセルを支えようと、クロエ王妃が早足で前へ出る。


「こら、走ってはなりませんよ。危ないではありませんか」


「ごめんなさい、母上……」


 (とが)められた事でリセルはシュンとなってしまったが、クロエ王妃が優しく髪を撫でると、すぐにその顔は明るいものになった。

リセルはクロエ王妃の手に頬を擦り寄せながら、言った。


「先ほど、今日の魔法学の授業が終わりました。母上とお話をしたいのですが、良いでしょうか?」


 リセルの言う話とは、特別な意味を持ったものではない。

ただ、いつものように母に甘えたいだけなのだ。


「良いでしょう。私からも大切な話があります」


「大切な……話?」


 いつもとは違うクロエ王妃の様子に、リセルは小さく首をかしげた。

クロエ王妃はリセルの小さな両肩をつかみ、瞳を真っ直ぐに見据えた。


「これから私は、長い旅に出ます。私がいない間、いい子にしているのですよ」


「どれくらいで帰ってくるのですか?」


「私が向かうのは、とてもとても遠い場所です。すぐには戻って来られぬでしょう」


「そうなのですか……。僕も一緒に行っては駄目なのですか?」


「なりませぬ。とても危険な場所なのです。これからはメーディアを母と思い、メーディアの言うことをよく聞くのですよ。その言いつけを守ってリセルがいい子にしていれば、私はすぐに帰ってきます」


「はい! いい子にしております!」


 リセルは自分の母が言ったことを半分も理解していなかったのだが、無垢な笑みを浮かべた。


***


 まだ幼いリセルには、自分が冥府へ向かって旅立つなどとは言うことはできなかった。

代わりに、若い女性でありながらも執権の座に着いたメーディアにすべてを託すことにしたのだ。

メーディアならば、他の誰よりもリセルを愛してくれる。

そう確信したクロエ王妃は、旅支度を整えた後にメーディアを呼びつけた。


「王妃様……。本当に、冥府の吹雪へ向かわれるのですね」


「この国の権力者は、誰一人として冥府の吹雪に立ち向かおうとはしない。自警団が動いた所で、何ら成果は上がらないのが現状。ならば、国を代表する者の一人として、私が動くしかないではありませぬか」


「……そうですか」


 そう言ってメーディアは、悲しげに目を伏せた。


「そこでメーディア、お前に頼みがあります。これからはお前がリセルの母親代わりとなり、18の誕生日には真実を告げて欲しいのです」


「真実を……リセル王子と血の繋がりが無いという真実をお伝えするのは、王妃様のお役目では?」


「そのつもりでいました。ですが、恐らくはこの地に二度と戻って来られぬでしょう。メーディア、お前しかリセルを任せられる者はいないのです。執権であるお前なら、リセルの身に何か起こっても守ってやる事ができる。そして、お前以上にリセルを愛してやれる者はいない。どうか、リセルを頼みましたよ」


 クロエ王妃の言う通り、メーディアにはリセルの王位継承権を守れるほどの力があった。

ゼイウェル王に愛されていないリセルの地位も、メーディアが居れば揺らぐことはない。

更にメーディアには、誰よりもリセルを愛しているという自信があった。

その愛はクロエ王妃を遥かに超えるものであろう。


 メーディアは床に膝を突き、クロエ王妃にかしずいた。


「承知しました。リセル王子を、私にお任せください」


 メーディアの瞳は、微かに光を帯びていた。




第2話へ続く

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