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好乃々が倒れた翌日、何時ものように登校し教室のドアを開けると武澤が立ち塞がり行く手を遮る。
「今朝、手に入ったばかりの面白い情報があるわけだよ。誄君、ちょっと聞いてくれるかな?」
嫌な予感を感じ取った誄は回れ右でその場から逃げ出そうとするが、武澤は両手で肩を力強く握り逃げることを許さない。
「昨日の昼休みに絶世の美女がこの教室で倒れたそうで、それを須藤誄という生徒がお姫様抱っこで抱えて保健室に逃避行と洒落込んだらしくて」
武澤がここで一呼吸置き、更に誄の肩を強く握る。
「どういうことなのかな? 美女とはどういう関係なのかな? どうした? 早く白状しろ、俺に黙って面白いことをしようなんて一年早いやるなら来年からにしてくれ」
誄はやれやれと言った感じで額に手を当てて、ことのあらましを説明したが、肝心の好乃々と付き合っていることは伏せた。
「しかし、武澤にしては情報が遅いな。昨日の放課後にはすっ飛んで来るかと思っていたのに、今まで来なかったから空気を読んで触れないでくれるのかと思っていた俺が馬鹿だったよ」
武澤は肩を握っていた手を放し腕を組み、うーんと首を傾げながら言った。
「それがよく分からないが、まるで情報統制されてたみたいに情報が出回って無かったみたいなのに、今日の朝突然学校中の奴らが噂しだしたんだよ。かくいう俺もその一人で、耳にした瞬間、情報を聞きまわったり情報交換して回ってた訳だよ」
武澤はそこで一呼吸空けて意味深に笑って言った。
「今まで脇役だった美少女がお姫様の役を演じて脚光を浴びたらどうなるんだろうな。きっと今頃大変なことになってるぜ。助けに行かなくていいのかな? 姫の恋人役の誄さん」
誄は武澤には隠し事が成功したことが無かったことを思い出しながら、好乃々の教室に向かった。
好乃々はとても憂鬱だった。昨日の失態は思い出す度に肩を落としていた。
「たくさんの人から注目されて失神なんて恥ずかしい……」
教室に続く階段を登りながら恥ずかしさで頬を染めた。 階段を上りきり、廊下に出て誄の教室の方向を見る。誄は一組、好乃々は五組であるため教室は離れている。
会いに行かない限り偶然廊下で出会うということはないような距離。無論、好乃々にそんな度胸は無かった。
廊下で楽しそうに談笑している沢山の生徒を羨ましげに見ながら騒がしい教室に好乃々は入った。
ドアを開けた瞬間に、クラスにいた全員が好乃々の方に目を向け、あれほど騒がしかった教室が嘘のように静まり返ったが、すぐにヒソヒソ、チラチラと騒ぎが大きくなる。
「昨日のこと、もしかして噂になってしまっているの……」
扉の前でずっと居るのも邪魔になるだけなので直ぐに気を取りなおして、好乃々は自分の席に着いた。
その中に好乃々をじっと見ている女の子二人組がいた。早く行きなさいよと一人が催促するが、緊張するのよと二の足を踏む。いいから行けと背中を押して、無理やり好乃々の前まで連れて行く。
「あの……この前はありがとうございました」
きょとんとした顔で好乃々が見つめると女の子は慌てて話の補足をする。
「この前に私がこけて、プリントを廊下に散らかしてしまった時に助けてくれましたよね。あの時はおろおろとしてるだけで、お礼も言い忘れて……ありがとうございました」
頭を下げた女の子に対して好乃々は慌てて頭を上げてと頼む。
「本当に気にしてないから、みんなに注目され恥ずかしいし」
クラスにいる全員が好乃々と女の子の行く末を見守っている。その中には慌てて駆けつけた誄もいた。
顔を真っ赤にさせて、困惑していながらも照れて、嬉しそうにしている好乃々を見て、心配なんていらなかったなと独白して自分の教室に戻っていった。
そして、クラスの中にもうひとつ皆が送る賛美の視線とは違った視線があったが誰も気づかなかった。