ゲームセンター
教室を出た誄は視線を感じ辺りを見渡すが誰もいない、階段に向かうため一歩進むたびに薄暗くなった廊下に足音だけが響き渡る。
「誰かいるのか?」
廊下に誄の声が響き渡る。
階段に続く曲がり角からゆっくりと好乃々が顔を出す、自然と無表情の好乃々の目と目が合い数秒見詰めあった後、好乃々はゆっくりと顔を引っ込める。
「前もこんなことあったな」
小走りで角に向かうと、プルプルと震えた好乃々が俯いて壁にもたれていた。
誄が声を掛けようとすると好乃々が誄を睨み付けて言う。好乃々の顔は真っ赤だった。
「おっおはよう」
今は夕方である。
「おはよう」
つい誄も同じように朝の挨拶を返す。
「本日はお日柄もよく、絶好のお散歩日和です、父兄の皆様は――」
好乃々は視線が定まらず、訳のわからないことを話続ける。
「色々ツッコミ所はあるけど、とりあえず、一緒に帰ろうか」
誄の言葉を聞いて口を金魚のよえにパクパクさせた好乃々はまた俯いて小さく少し嬉しそうに
「……うん」
と答えた。 一方、笑い疲れたの阿奏は、自分も帰ろうと教室から出ようとしたが、外から誄と好乃々のやりとりが聞こえ、また笑い続けるはめになっていた。
「どこか寄っていく?」
学校を出て駅に向かいながら好乃々は誄に聞いた。
目を輝かせながら好乃々は言った。
「ゲームセンターに行ってみたい」
「いいよ」
誄は財布の軽さに不安を感じながら快く返答した。
学校の近くには二つのゲームセンターがある。ひとつは電車を降りて、十分もかからない場所にあるが小さく、寂れ果て危なそうな人達がたむろしている場所。
もうひとつは更に電車に乗って20分ほど歩いた場所にある、大きく賑わい話題の筐体がたくさん置いてある所である。
この二通りを聞くと選択は後者一択に聞こえるが、問題があった。
大きいのでそれなりにお金がかかることである。
更に、危なそうな人達とは誄はお友達なので、小さいほうはリスクはない。
しかし、見栄えというのがある。
など考えて誄は思案しながらとりあえず駅に向かう。
「大は小をかねてない」
ぼそりと誄は呟いた。
それを聞いた好乃々は自分の胸を見詰めて顔を赤くして言った。
「うるさーい」
誄を好乃々は思いっきり殴った。
顔を腫らした誄と好乃々は、今大きいゲームセンターに来ている。
誄が必死に誤解を解いた結果、好乃々はじゃあ大きいほうねという結論に至ったためだ。
結論に至った後最後に放った言葉、
「その財布重そうだから軽くしてあげる」
と可愛くウィンクを飛ばし、誄を絶望と幸福な気分にさせていた。
きらきらと目を輝かせながら好乃々は騒ぐ。
「私初めてなの、あれは……」
好乃々の目線の先には、首輪の付けた大きな熊のぬいぐるみがあった。
「あれやる?」
可愛らしく好乃々は首を縦に振った。
好乃々がしようとしているのはクレーンでぬいぐるみを掴んで取るスタンダードなものだった。
誄は財布から百円を取り出そうとすると、好乃々はスカートのポケットから財布を取り出し機械に入れた。
「財布を軽くするんじゃなかったのか?」
「冗談よ」
にっこり笑ってクレーンに集中した。
「そういえば、映画は全然知らなかったのに、ゲーセンは遊び方知ってるんだな」
好乃々はクレーンが右に進むボタンを押しながら答える。
「映画館だって知ってたわよ。事象は知ってたんだけど、関連付けが甘かったの、あなた自分が呼吸しているのは知ってるけど、何時してるか知らないでしょ? それと一緒よ」
良くは理解出来なかったが、誄はなんとなく頷く。 クレーンをいい位置に止めるとクレーンが奥に行くボタンを押した。
「でも」
「でも?」
「知ってるとやることは全然違うわ。知るだけじゃ全然楽しくない、だから今私はとても楽しい」
クレーンが止まる。そして好乃々は誄を見た。
誄はその時の好乃々の笑顔を忘れないだろう。
直ぐに好乃々はクレーンのほうを向き直る。クレーンが下がり、ぬいぐるみを掴み持ち上げるが上がりきった時の衝撃で落としてしまう。
「あぁ、もうちょっとだったのに。もう一回」
好乃々は悔しがりながらもう一度挑戦するために、百円を入れ、じっとぬいぐるみを見詰める。
誄は突然視線を感じて、辺りを見渡す。
「気のせい?」
「どうしたの? まぁ私のテクニックを見てなさい」
好乃々は何故か自信満々だった。
ボタンを操作しクレーンをぬいぐるみの真上より右に少しずれた場所に移動させた。クレーンが下がると首輪と首の間に入り、そのまま引きずって穴まで落とした。
「どう私のテクニックは?」
好乃々は嬉しそうに言いながら取り出し口からぬいぐるみを取り出そうとするが、ぬいぐるみが引っ掛かり取り出せない。
「係の人呼んでくるから、違う人に私の熊取られないように見張ってて」
それだけ言うとスキップ気味に走り去って行った。
「ちょっといいかな?」
柄の悪そうな人、三人に囲まれていた。そのまま、ゲームセンターから行ける人気の少ない非常階段に移動させられる。
人数はいつの間にか三人から五人に増えてた。集団のリーダーらしき人が誄に近付きニタニタ笑いながら言った。
「特に怨みとかないんだけど、遠くから様子見てたら妙にイラついたから、ちょっとぼころうと思って、金払ったらちょっとは免除してやるけど、なぁみんな?」
誄は五人の視線を感じ、冷や汗を少しかく。
「はぁ……今千円しかないけど、それでいいなら」
誄はそういいながら目の前の一人をみぞおち殴り気絶させた。
「てめぇ」
仲間を攻撃され五人の視線が更に強くなる一人が逆上して、殴りかかろうとした時に、非常階段の扉が開く。
「ちょっと、私の熊取られたらどうするのよ」
大事そうに熊を抱え込んだ好乃々が仁王立ちしていた。少し涙目だった。
全員の矛先が好乃々に向いた。一人が好乃々に向かって走りよる。
「ぱーんち」
走り寄ってくる不良を右に避け、間の抜けた声をあげながら顔面に拳を叩き込む。
「きいっーく」
跳躍し舞い上がると、そのまま二人の顔面に膝を食わせ、綺麗に両手を挙げて着地する。思わず誄は拍手をあげる。
にこりと誄に微笑むと、呆気に取られている最後の一人にチョップを入れた。
「置いて帰ったかと思ったじゃない」
ぷいっとそっぽを向いて言った。
倒れた五人は店員に任せて、帰宅する。
「今日は愉しかったよ。ありがとう。また遊ぼうね」
好乃々は闘中にも決して離さなかったぬいぐるみを大事そうに抱かえながら走り去っていた。