告白
話はやはり結婚初夜にさかのぼる。
「君を愛することはない」と口にした瞬間、クラレンス様は前世の記憶を取り戻したそうだ。
怒涛の記憶がなだれこんできて、処理しきれず別室で休んだ。
一晩寝て、すべてを思い出したそうだ。
「そして理解したんだ。いま俺が生きているこの世界は、『ざまぁ令嬢物語』だと」
「ザマー令嬢? どなたですか」
「君だ」
困惑した。
「私の名は、アリッサですが。陰でそのようなあだ名で呼ばれているということですか?」
「いや、この世界ではそう呼ばれていない。俺の前世で、君を主人公としたゲームがあって。そのゲーム内で君はざまぁをするから、『ざまぁ令嬢物語』というゲームタイトルなんだ……といっても意味が分からないよな」
上手く伝えられないことに、もどかしさを感じているようだ。
説明しつつも、半ばあきらめの雰囲気でクラレンス様が言った。
「ゲームというのは、ボードゲームやカードゲームとはまた違うものですか? それともう一つ、『ざまぁをする』とはどのような行為ですか?」
私は諦めずに質問をした。
知りたいと純粋に思った。
「そのゲームというのは、チェスやカードとはまったく別次元のものだ。スマホという通信機器があって……ああ、物語といったほうが簡単だな。ゲームの話は忘れてくれ、小説としよう。君を主人公とした小説があった。これなら分かるかな」
「はい」
「その物語の中で、君は最低な男と結婚する。地位と金に物を言わせてやりたい放題の、高慢ちきで女癖の悪い男だ。誰か分かるかな」
「失礼ながら、クラレンス様かと」
「失礼だが、当たっている。実家への援助金目当てで結婚した君を、俺は馬鹿にして、結婚後も冷遇する。初夜に『君を愛することはない』と宣言し、愛人宅通い。使用人たちの君への当たりはきつく、食事や身の回りの世話も不十分になる。ひどい扱いに耐えていた君だが、愛人の一人が同居することになり、ついに我慢の限界を超える。俺たちに『やり返す』ことを目標に行動を始める。そのやり返す行為、復讐のことを『ざまぁ』というんだ。ざまぁ見ろ、のざまぁだ」
クラレンス様がこれほど喋るという事実に、まず驚いた。
初めて会った日以来、いつも不機嫌顔で無口を貫いてきたクラレンス様。これほど長文を喋れたとは。
「で?」
「で、とは?」
「理解が追いつかず、申し訳ありません。その小説の内容がそうだから、どうだと言うんです。ひょっとして、その小説と同じように私に『ざまぁ』されるのを恐れていらっしゃる、と?」
クラレンス様は二度驚いた顔をした。
「そうなる前に食い止めただけだ。大体、俺自身の感覚としては、つい十日前に生まれた気分なんだ。気づいたらこのクラレンス・ヒドルスで、気づいたら愛人が三人いたんだ」
「息を吐くごとく自然の流れで、という?」
「違う。前世の記憶を取り戻して、意識が変わったということだ。まるで生まれ変わったように」
まるで生まれ変わったようだと、自分で形容する人を初めて見た。
しかしそう言われればそうだ。
以前の、私が知っているクラレンス様と今のクラレンス様は、雰囲気からして違う。