翌朝の後悔
かっこいい台詞だったが、翌朝になって激しく後悔しているのはクラレンス様だった。
「あああぁァァ、やっちまったああぁァァァ」
叫んだら二日酔いの頭に響いたようで、頭を抱えて唸っている。
そこまでへこまれては立つ瀬がない。
行きずりの女ではなく、れっきとした妻なのだ。
「そんなにお嫌だったのですか?」
裸の背に声をかけると、ハッとしたように振り向いた。
「あっ、騒いで起こしてしまったか。いや、嫌というか……そうだな、嫌だったよ。君には綺麗なままでいてほしかった。そして本当に愛する人と結ばれてほしいと……、何を言おうが今さらだな」
しょんぼりと、ばつの悪そうな顔をするクラレンス様は、まるで主人に忠実な番犬のようだった。
鋭い牙と爪を持ちながら、大人しく首輪をされている番犬。
その艶やかな黒い毛をそっと撫でた。
「私は望んであなたの妻になり、押し倒してでも子作りをと、提案したのはこちらです」
「なぜだ? 俺は言ったよな。金は払うから出て行けと」
「いえ、出て行けとは言われていません。好きなようにしろと。ですから私はいま、好きなようにしています」
「これが?」
「ええ」
「変だな、おかしいな」
「ええ、私もそう思います。お金だけもらえて実家に帰れるというのに、そうする気になれないことが。クラレンス様の余命が、いくばくもないと聞いたせいです」
「え。そんなことを言ったか」
「どうせ先がないと。……そういう意味ではなかったのですか?」
クラレンス様は思案顔をした。
「詳細は違うが、広い意味ではまあ、そうだな……。言っておくが、病気ではない。身体はいたって健康だ」
「そうですか、それは良かったです」
「ああ、だが先がないというのは本当だ。だから、君も他の女たちも、こんなくだらない男に囚われずに、自由になってほしいと思ったんだ」
「他の女たち?」
「……黙っていたが、俺には三人の愛人がいる。いや、いた。それぞれ別れ話をしてきた」
「この一週間で?」
「ああ、苦労した。すんなり応じると思った女ほど、泣き喚いたりしてな。女は難しいな」
はあとため息を吐く夫をまじまじと見た。
間違いなく、男としては最低だ。
しかしこの人の女癖が悪いことは承知の上での結婚。
こちらもお金目当てだ。愛人の一人や二人、目をつぶろうと思っていた。
実際は三人いたらしいが、その全員と別れ話をしてきたとは。
本当に本当なんだな、とじわりと認識した。
クラレンス様に「先がない」というのは。
「具体的にお聞きしても良いですか? クラレンス様のその……残された期限というか……」
「それ聞く? 話して信じてくれるかな。愛人三人には通じなかったよ、俺の話」
「彼女たちにはお話に?」
「ああ。理由をしつこく聞かれたからね。彼女たちのほうが、君より話しやすい関係だったし。でも駄目だ、まるで理解してもらえなかったよ。君はどうかな」
「聞かないことには判断できません」
「そうだな。では話半分に聞いてほしい。まるで夢物語だからね」