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結婚初夜にて

「君を愛することはない」


結婚式を挙げ終わった日。


初めて二人きりとなった寝室で、クラレンス様が口にしたのは、拒絶の言葉だった。


言い終えた瞬間、大きく目を見開いた。

戸惑いと、驚きの表情が浮かび上がる。


どうして?

こちらが驚く側のはず。

驚愕されて、言われた言葉自体よりも驚いた。


「待ってくれ……今のは取り消す。撤回させてください。忘れてもらえないかな。申し訳ない」


顔色も悪いし、様子がかなりおかしい。


クラレンス様が、私に敬語を使うなんて。

しかも謝罪の言葉が聞こえたような?

おかしいのは私の耳?


「あの、」


「具合が悪いみたいだ。申し訳ないが、別室で休ませてもらうよ」


「医者を呼んでまいります」


「いや、大丈夫だ。ありがとう、気にしないでいいから」


クラレンス様は片手を上げると、フラフラとした足取りで寝室を後にした。


お礼を言われたのも初めてだった。

いよいよおかしい。


公爵令息のクラレンス様は、わがまま放題に育ち、若い頃から女癖が悪いことで有名だ。


「それも男の甲斐性のうち」と甘やかされてきた。

愛人の一人や二人、いて当然だという貴族社会の風潮もある。


しかし愛人は愛人。

妻を生涯の伴侶として大事にするのが普通で、初夜に新婦を拒絶するなど言語道断だ。


わがままが行き過ぎている。


口にしてから、そのことに急に気づいたのだろうか?


「おかしなクラレンス様……」


結婚式で朝早くから忙しく、私も疲れていたので早く寝ることにした。


翌日になっても、クラレンス様はおかしいままだった。


用件伝えのメイドが言った。


「なにか思い悩んでおられる様子で、書斎に引きこもっておられます。おかわいそうなクラレンス様。このたびのご結婚が、よほどお嫌だったのでしょうねえ」


思いきり失礼なメイドだ。

この公爵家の使用人は、全員私のことを見下している。

私の実家が、貧乏子爵家だからだ。

公爵家と釣り合わない爵位の上に、貧乏ときている。

人の良いお父さまが、採算を考えずに人助けばかりしているからだ。

お兄さまもその血を引いている。


お嫁入りにはお金がかかるし、あの二人に実家を任せきりでは経済的に心配だ。


だから私は嫁には行かず、実家を支え続けていくつもりだった。

結婚するとしたら、婿入りしてくれる男性がいいと思っていた。


クラレンス様との縁談が持ち上がったのは、去年の暮れだった。

年末の挨拶にやってきた叔母が、良い話があると持ってきたのだ。


紹介先は遠方の公爵家。

とても釣り合いが取れないと断ったが、一度会ってみるだけでもと押し切られ、年が明けてからお会いした。


「クラレンス・ヒドルストンだ」


そう名乗った公爵令息様は、黒髪黒目の長身で美男子だった。

終始不機嫌顔で無口だった。周りの者ばかりが喋っていた。


明らかに乗り気ではなさそうだ。

破談になるのだろうと思っていたら、後日まさかの婚約の申し入れがあった。


嫁入りの際の支度金は不要、すべての費用は公爵家持ちで、子爵家への援助も毎月行うという。耳を疑うような良い話だった。


家族は唸った。


「よほど、嫁の来てがないということか」


お兄さまが言った。


「見るに耐えない容姿だったのか?」


「いえ、大変美しい方でした。多くの女性に好まれる容姿だとお見受けしました」


「それだよ」


とお父さまが言った。


「クラレンスさまの噂を集めてみたんだがね。女遊びが派手らしい。隠し子がいるという噂まである。事実確認はできなかったけどね」


「なるほど。あんなに無愛想でも、おモテになるものですね」


「そりゃあ公爵家の一人息子だもの」


「断ろう。公爵家の一人息子なのに嫁の来手がないということは、相当な事故物件だ。私たちの宝物を差し上げることはできない」


「いいえ、引き受けます」


私はきっぱりと言った。

公爵家から提示された支援金が、あまりに魅力的だったからだ。

それがあれば、領地の経営は安定する。


「私、一目惚れしましたの。クラレンス様に。何人愛人がいようが結構。妻の座に収まれば勝ちですから」


にっこり笑う私に、家族は目をみはった。



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