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愛された勇者  作者: 山口 颯
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8話「王と勇者」


「勇者様、こちらに」

「あ、どうも…そ、その呼び方はやめて欲しいな…なんて…はは」

「ハッハッハ」

「あはは」


さてさて、ついさっきまでゴーグル亭でお酒を運んでいた僕は今、どこにいるでしょうか?


答え.王宮


なんで?どうしてこうなった?

いや理由はわかっている。勇者選定の儀で僕の名前が記されたからだ。だがいくら考えても何かの間違いだとしか思えなかった。


父から教わった剣術の稽古は欠かさず行っているが、誇れる点と言ったらそれくらいだ。トレシュナのような速度や腕力がある訳でもなく、フレンのような優秀な魔術使いでもない。そもそも魔法が使えないのだ。


それに勇者が選ばれるのは5歳になる年という話だったはず。僕はもう17だ。なぜ今になって…


やはり何かの間違いに違いないという結論に至る。

王女様が読み間違えたか、あるいは誤表記だ。

この地に勇者を生み落とすと言われる“天”が間違えたのだろう。天にあるボタンで勇者を選ぶ形式で、誤って僕のボタンを押してしまったに違いない。

「あ、やべ」とか言って今ごろ天界は大パニックなんだろう。外では雨が降り始めている。


「国王陛下、勇者様がいらっしゃいました」

「うむ、通せ」


現実逃避もここまでらしい。執事のような格好をした使用人に連れられ門の前で止まる。

目の前に様々な装飾の施された巨大な白亜の門がそびえ立ち、中から国王と呼ばれた人の重い声が聞こえた。

この先が玉座の間なのか。マジカヨ。


「アノココロノジュンビガ…」

ガチャ


ギィィィと音を立てながら無情にも門は開いていく。巨大な門を使用人たちが数人がかりで開けていく。急な緊張と、急な申し訳なさが僕を襲う。


「勇者様、中に」


1分ほどかけて全開になってから執事が中へ進むように言い、促されるように僕はおずおずと門をくぐっていった。所作とか何も知らないけど大丈夫だろうか。


僕が完全に入ってから再び門が閉まり出した。

振り向くと中に入ったのは僕1人で、王宮に入ってからずっと付いていた使用人たちは誰も入ってこない。


え、僕1人だけ?1人が通るために門全開にする必要あったかな?

そんなこと聞けるはずもなく、また1分をかけて扉が完全に閉じられた。閉じ込められたとも言う。


ハッと状況を思い出し、前を向き直す。

まず見たこともないサイズ、形のシャンデリアが目に入る。それと全く同じ物が左右に計6つ並び、玉座の間を絢爛豪華に照らしている。

そして最も奥、壁の真ん中に架けられているのは真っ赤な布に剣の模様が描かれたもの。トランディア王国の国章である。

そしてその国章の下に玉座が置かれ、もちろんそこには国王陛下が鎮座している。


自分が国王陛下を前に突っ立っていることに気付き、僕は慌てて片膝を地につき頭を下げた。


「近こう寄れ、勇者よ」

「は、はい。国王陛下」


王が僕に声をかけた。僕と王の間にピンと張った一本の線が通ったような、重さを感じさせる声であった。

僕は操られるかのように立ち上がり前に進む。

煌びやかで無駄に広々とした玉座の間に僕の足音だけが響き、我が国の王がただ黙ってこちらを見つめている。

もう心臓がどうにかなりそうであった。

玉座から5m程のところで止まり、もう一度片膝をつき頭を下げる。


「うむ。勇者よ、頭を上げよ」


そう言われ頭を上げると、国王の側に1人男がいることに気が付いた。背は丸まりこの距離でもわかるほど顔に皺のよったご老人だ。

そして国王陛下と視線が合う。

今年で50を迎える御年だと記憶しているが、僕を見据える眼力と引き締まった表情は幾分も若く感じさせた。

見事に貯えられた白い髭に、この距離でもわかる大きな肩幅。座っているだけでもオーラが溢れ出ていた。

これが国を治める者の迫力なのか、と僕は感激すら覚える。その国王陛下が改めて、口を開いた。



「よくぞ来てくれた。勇者ライラートよ」

「ライアートです」

「あ、ごめん」



台無しだ!もう今までの威厳すべて台無しだ!

出だしでこの空気はきつい。お願いだから誰か時間を巻き戻す魔法を発明して欲しい。


「ゴホォン!

 よくぞ来てくれた。勇者ライアートよ」

「は、は!お呼びいただき光栄です。国王陛下」


強引に続けるつもりのようだ。僕もそれに乗っかる。


「さて、我も聞きたいことは山程あるのだが、まずは其方(そなた)の話を聞かせて欲しい。これまでの勇者としての話を」


勇者としての話…?

いやいや、自分が勇者だなんて1時間前に言われたばかりで、それまで一度たりとも勇者など考えていなかったのだ。話せることなど何もない。


「申し訳ございません。ご質問の意図が私には分かりかねます。勇者であることは先ほど知ったばかりで、語れることなどありません」


その言葉に王と側近は互いに顔を合わせる。少ししてから王は再び口を開いた。


「其方、今どれほどの力を持っているのだ?」

「力…ですか?」

「あぁ。勇者であれば多くの経験と訓練の積み重ねにより並外れた力を持っているはずだ」

「い、いえ!私にそのような力はございません。それに…私はこの17年、並外れた経験と訓練などまったく積んでおりません。ただの一市民として生きて参りました」


王と側近はそれを聞きさらに表情を険しくした。

これはまずい気がする…だが僕にできることはただ事実を話すことだけなのだ。


「そんな…そんなはずはない。勇者であれば繰り…

「陛下」


急に側近の男が口を挟み、王に小さくかぶりを振った。

王の言葉を遮ったように見えたが…

僕に聞かれてまずいことでもあるのだろうか。

王が頷き、再度こちらに視線を戻す。


「ライアートよ。どうやら今回の勇者選定、どこかで異変が起きているらしい。其方の問題なのか、儀式の問題なのかは明らかでないが」

「な、なるほど…」

「もちろん其方が勇者でない、とはまだ言えぬがな」

「戦闘力の低い僕でも…まだ勇者の可能性があると?」

「あぁ。勇者とは必ずしも戦に強い者が選ばれるという訳ではないと伝えられておる。

 知恵のある者、権力のある者、心強き同志のある者。その時その地に最も要するとされる人物が選ばれるとな」


同志、仲間と聞き多くの人の顔が浮かぶ。

フレンやトレシュナ、ゴーグル亭のみんな、幼い頃からよくしてくれた西地区街の人たち。

僕は多くの人に助けられながら生きている。それが今回の選定に関わっているとするなら、まだ納得できるかもしれない。


「だが勇者ならば最低限の力は蓄えてもらわなければならぬ。そのため其方には我が国の騎士団か魔術師団に属し、身体を鍛えていくことになる。どちらか希望はあるか?」


まじか。国の象徴の二大巨塔どちらか選べちゃうのか。まぁ国の命運を背負う勇者に選ばれたと考えたら当たり前の話なのかもしれないが。


「あの、僕は魔法が使えないのですが…必然的に騎士団になるんですかね…?」

「なぁ!魔法が使えないじゃと!?」


王と側近が呆気に取られた顔をし、何度目かわからないが再度顔を見合わせる。そりゃ伝説の勇者に選ばれた人間が戦闘経験もない一市民で、かつ魔法も使えない男となれば自然な反応かもしれない。

僕としてはどんどん肩身が狭くなるばかりだ。


「はぁ…相分かった。其方は騎士団に属すことになると考えておけ。その後のことはまた伝えよう。下がってよいぞ、ライアートよ」

「は、はい!失礼致します」

「うむ。扉を開けよぉ!!」


王からのあからさまな溜め息を聞かされてから、僕は踵を返し歩きだす。申し訳なさしか湧いてこないが僕に非はないはず。ないよね…??


それに騎士団に所属することになるとか。

急にそんなことを言われても心の整理がまったく追いついていない。

騎士団か…真っ先にサラ・トランディアの氷のような無機質な表情を思い出す。上手くやっていけるのだろうか。トレシュナがいるのは唯一の救いだが…。

いやそんなことは正直どうでもいいのだ。1番気がかりで大事なことがある。



「ゴーグル亭、回らなくね…?」




 




---








「どう思う?ザネスよ」


玉座の間を退出していくライアート、勇者に選ばれた者に視線を向けながら王は小さく溢す。


「彼が勇者とは、些か信じられませんな」


ザネスと呼ばれた老人が同じく視線をライアートに向けながら答える。


「おぬしもそう思うか…」

「ええ。疑問点が多すぎますな。なぜ彼が…というのもですが、17になり急に選ばれたこと、儀式で石が遅れて光り出したこと。それに、記憶が…。

 このような話はどれも太古の歴史から聞いたことがございません。王の仰る通り、何か異変が起きたと考えるのが妥当かと」

「うむ…だがもし彼が本物の勇者ならば、魔王もとうの前から」

「そういうことになりますな。ここ15年の我が国の惨劇を考えれば、辻褄は付くかもしれませぬ」

「あぁ…それに、儀式で光ったのは“五”の石じゃ……我らが考える以上の、最悪のケースを頭に入れておく必要があるかもしれんな」


閉じていく扉の奥を睨みながら、王は思案した。






---






「では勇者様、こちらが出口になります」

「ですからその呼び方は…」

「ハッハッハ」

「あははは」


来た時と同じ執事と来た時と同じやり取りをしながら、王宮の通路を送ってもらい出口まで着いた。

王宮の門を通り庭園を抜けた先に巨大な門がもう一つ、トラン城門がある。この先が出口だ。



「ふぅ…」

「お疲れですか?勇者様」

「それはもう…こんなに濃い1日は生まれて初めてです」

「ハッハッハ。そうでしょうな。ですがその長い1日はもう少しだけ続きそうですよ」

「何を…ずっと頭の整理が付かないんです。早く帰って全て忘れたい……ん?」


トラン城門をが開き、外を見て違和感を持つ。

妙に明るいような。もう日を跨ぐくらいの時間だが…

………あっ。そうか。


外の眩しい明かりは燦々と照らす太陽の光でも、夜道を照らし輝く月の光でもない。すべて人工のもの、つまりはお祭りの光であった。


「入り口が開いた!」「勇者いる?」「あ、ライアートだ!ライアートが出てきた!」「あれが勇者??」

「みんなぁ!勇者が出てきたぞぉ!」「うおおおお!」


目の前には待ち構えていた大勢の民衆がいた。

完全に失念していた。

この祭りは勇者が選ばれてこなかった昨年までも、儀式の後まで騒ぎ続ける風習があるのだ。

もし勇者が選ばれようものなら、当然ながら何倍もの大騒ぎなるに決まっている。


「勘弁してくれ…」


もう早く眠って忘れたいのだ。どうにか抜け道はないだろうか。

トラン城門の外側には2メートルほどの石垣があり、石垣の上に国民は許可なく登ってはいけない。

僕は今石垣の上にいるため、どうにかこの民衆に捕まらずに逃げたい。よし…


ガシッ

「どこに行こうと言うのかね?」

「え?」


目の前の烏合の衆から逃げ出そうと、横に進路を取った瞬間に腕を掴まれた。送ってくれた執事だ。


「ゴホン、失礼。

 勇者様。国の象徴であり救世主のあなたが民を前にして逃げ出してはなりません。せめてこの祭りの主役になっていただかなければ」


そう言い紳士のように微笑むと、執事は僕の腕を掴んだままグルンと腕を振り、僕を石垣の下にいる民衆に突き落とした。


嘘おぉぉ!!?執事さん力強ぉ!!


「受け止めろ!」「勇者様が落ちてきた!」「天から降ってきたようだ」「ありがたや…」「落ちただけじゃん」


落ちる僕をどうにか受け止めた民衆は、思い思いに喋りながら祭りの主役を広場まで連行していった。

あの執事、今度会ったら目でも潰してやりたい。

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