6話「選ばれた者」
箱を開け、僕の頭が一瞬フリーズ。
そして意識を戻した瞬間、“目”が合った。
「ペポォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
素晴らしいデュエットですわね!声がよく出ています。
子どもの頃に教わった歌の先生がこの場にいたなら、そう褒めてくれただろう。恥ずかしくてあの頃は出来なかったが、初めて腹から声を出せた気がする。
自分が天井を見上げ倒れていく視点をスロー再生で鑑賞しながら、そんなことを呑気に考えていた。走馬灯ってこんな感じなんだろうか。
その時、視線の隅、木箱の方で輝く光を目で捉えた。
ゴーグルが言っていた赤黒い光ではない。反対だ。
ダイヤモンドのように青白い、透き通るような光だった。
ドダンッ
「ぐっっ!!」
滞空時間が終わり、背中から勢いよく床に叩きつけられ僕はうめいた。
すると、ホワリと何かに包まれるような感覚にライは陥った。優しく包み込むような。いや、優しさだけではない。痛み、辛さ、温もり、恨み、救い、絶望。様々な心傷と経験が、僕を守るかのように包み込む。
不思議な気持ちで目を開けると、ライの全身が青白く光っていた。いや、青白い光に身体を包まれていた。
「なん……」
頭は仰天しながらも、背中を強く打ち声がうまく出ない。
何なんだ、これは…。
途端に、青白い光が僕の中にスッと染み込んでいった。
それと同時に心臓がドクンと大きく脈を打つ。そして、身体の内側から何かがブクブク膨れ上がるような、そのまま体が破裂するかのような激痛に襲われる。
「グ…ガッ……死ぬ…」
体が痙攣しだし純粋にそう思った。
自分の体の中で何かが戦い暴れ合っているような。そんな激痛がしばらく続いた。
5秒か、30秒か、どれくらいの時間だったのだろうか。
永遠にも一瞬にも感じたその感覚はふいに終わりを迎えた。
青白い光が僕の体から叩き出されるかのように霧散し、木箱の中に吸い込まれていった。
その瞬間先ほどまでの激痛は綺麗さっぱり消え去り、急に静寂が訪れた。
「うっ…ぶはァァッ!!ハァ…ハァ…」
僕は止めていた息を大きく吐き、身体の主導権を取り戻すかのように何度も何度も深呼吸を繰り返した。
どうやら生きているらしい。
ふぅ…と改めて息を吐き出すと、倉庫のドアが乱暴に開かれた。
「お兄ちゃん!?」
「ライの野郎!!大丈夫かぁ!?」
フレンが勢いよく飛び込んできて、遅れてザードも入ってきた。
2人とも臨戦体勢だ。ザードは自分の斧を構え、フレンは菜箸を手に持っている。え、菜箸?
「おおぃ!ラァイ!何があったんじゃ!?魔物か!?」
上からゴーグルの野太い声が聞こえる。
僕は声を出す気力が出ず、仰向けに倒れたまま親指を立てる。
僕を見て安堵した様子でため息をついたザードは、「大丈夫そうだぁ」と上で心配するゴーグルたちに伝える。
フレンが僕の側まで駆け寄り、顔を覗き込んで来る。
僕がへへっと笑うと、彼女は「はぁ…」と大きくため息を吐き、菜箸で僕の頭をはたいた。
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「おぉ、ライ。ほんとに大丈夫なんじゃろうな?」
階段を上がると待ち構えていたゴーグルに両肩を掴まれた。
「心配 したぞ」
「ライ君すごい声出してましたね!って、なんすかその剣!?」
ガゼルとミアも待ってくれていた。何だか申し訳ない。
「すみません皆さん。なんか幻覚でも見たみたいで…。お騒がせしました」
あの後、冷静になった僕は「と、鳥が!僕の体が!」と改めてちゃんと慌て出した。
だが開けた箱を確認しても、倉庫中を見渡しても鳥などどこにもいなかったのだ。
その代わりに箱の中に立派な剣が入っていた。
剣身が青く輝き、鍔が青い羽の形になっている。なんとも見惚れてしまうほど美しい剣だった。
「こりゃあ、随分と立派なもんじゃねぇか」
「えぇ…そうですね…」
「おまえ、これの鍔の羽模様を見て鳥と勘違いしたんじゃねぇか?」
「そんなバカみたいな勘違いします!?」
「知らねぇよ…まぁとりあえずそれ持って上がれや」
ザードとそんな話をしながら青い剣を持ち地下から上がってきたのだった。
「ほんとお騒がせだぜ。おまえの叫び声でフレンちゃんは菜箸持って突っ込んでいくわ、ゴーグルのオヤジは折れた足で階段降りようとするわでみんな慌てふためいてよ。俺もそれに当てられてわざわざ自分の得物持ってきちまったじゃねぇか」
ザードはそう言い背中の斧を指差す。
「ライ、一杯奢れよな…て、そんな露骨に嫌そうな顔するなよ…」
えぇ…1番安いのでいいかなぁ。
て、ダメだダメだ。つい顔に出てしまったらしい。
助けてくれようとしたんだ。こんなとこでケチるな、俺。
わかったと伝えると、彼は笑いながら店の中に戻って行った。
「で、その剣が箱の中身じゃな?」
ゴーグルが改めてという風に剣に目をやった。
「美しい な」
「なんだかライ君には似合わなそ〜」
「ね」
持ってみた限り柄と剣身のバランスもとてもよく、ガゼルの言う通り美しいと感じる剣だ。
ミアとフレンが仲良く何やら言っているが無視する。
「そうですゴーさん。この剣だけが箱の中に入ってました。開けたとき鳥が何か暴れた気がするんですが…」
「鳥?やはり魔獣がおったのか?」
「い、いえ。すみません、僕の見間違いだと思います。気にしないでください」
「そうか…。じゃが、ラドからの贈り物が剣というなら納得じゃ。10年隠しとったのは腑に落ちんが…」
確かに、剣術の師範をしていた父が息子の僕に剣を送る
ということには違和感はない。実際剣術を習っていた訳だし。
調理場に戻りながら父の謎行動について話し合ってみるが、特に進展はなく。
「わからんのぉ。まぁ何事もなくてよかったわい。みな仕事に戻ってくれ」
ゴーグルの一言で皆持ち場に戻る。
僕はとりあえず剣を邪魔にならない場所に寝かす。
客席からこちらに手を振るザードが見えた。
奢るんだった。1番安いのはダメだ。助けてもらったんだから失礼だ。僕は2番目に安いお酒をジョッキに注ぎ、彼の元へ渡しに…
ガラン!
と、勢いよく店の引き戸が開かれた。
目を向けると、そこにいたのは真っ赤な髪に真っ赤な瞳。
見慣れた姿のトリシュナであった。その顔は驚きと困惑で満ちている。
「ライ…」
「え、シュナ?どうしたの?何か用…
ゾッッッッ
一瞬だった。
言葉にできない、おぞましい“何か”をライは感じとった。
狂気的で、病的な何かを。
それが何であるか、どこからのものであるのか、近くか、遠くか、何一つわからなかった。
ただただ、背筋だけが凍った。
ガシャン!
ガラスのジョッキが割れる音が店内に響く。
気づけば僕はジョッキを落とし、尻もちをついていた。
「!? ちょっとライ!大丈夫!?」
「おいどうしたってんだ?」
「ねぇ、今度は何よ…さっきからどうしたの??」
トリシュナが慌てて駆け寄り、ザードやフレンも不安そうに聞いてくる。
僕は怯えながらぐるっと周りを見渡す。
い、今の……今のは一体……?
するとトレシュナの後ろ、店の外に複数の人影が見え、その中から2人が店の中に入ってきた。
2人の姿が店の明かりで露わになる。
あぁ、僕は彼らを知っている。数刻前に見たばかりだ。
その2人はトランディア騎士団のトップ、騎士団長グレン・ボングラードと副団長、別名氷の戦姫サラ・シルフであった。
身長2メートルを優に越す強面の大男と、美しくも生気の感じない氷の女。その2人に見下ろされ僕は純粋にビビる。
「……彼か?」
大男、騎士団長グレンが僕からトレシュナに目線を移し問うた。
「…………えぇ、そうよ…」
間を置いて、トレシュナが掠れた声でそう呟いた。
それを聞いた氷の戦姫サラ・シルフは、一歩前に出てから僕に顔をグッと寄せた。ち、近い…
鼻先が当たりそうな程の距離で目が合う。
陰り。
吸い込まれそうな美しさながら、奥深くに眠る何かへの暗い意識が瞳の奥にふと見えた。
そして高貴なその瞳は、平民のそれではない。
それが第一印象だった。
そんな彼女が僕に言った。
「ライアート。そなたの名が、勇者選定の儀で天から導かれた」
え?
場の空気が凍る。
「君が、勇者だ」