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愛された勇者  作者: 山口 颯
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5話「10年後の息子へ」


「ライ 助かった」

「いえいえ。ガゼルさんには日頃からお世話になっておりまするので」


ゴーグル亭の調理場で僕はそう言った。


「そう か」


副調理長のガゼルはそう頷いて仕事を再開した。

素っ気ない返事だが決して本人に悪気はなく、彼は昔から口数の少ない物静かな人なのだ。


ミアの言っていた『大大、大ピンチ』とは単純に従業員が動けないゴーグル、ガゼルとミアの3人しかおらずお店が回らないという話だった。

毎年、勇選祭の夜はみんな南区に行くため東区のゴーグル亭にあまり客は来ない。

それで人数を少なくしていたところ常連の人たちが今から飲みたいと集団でやって来たしまったため、慌てて僕か誰かを呼びにきたらしかった。

昔からミアは大した話でなくても大袈裟に慌てふためくのだ。


トレシュナとはあそこで別れ、フレンにも手伝って欲しいということでミアと3人でゴーグル亭まで来たのだった。


「いやぁすまねぇなライ、俺らが急に来ちまったもんで呼び出されたみたいでよ。祭りの中でこいつらと飲んでたら、急にここ来たくなっちまってよ!」


客席からジョッキを掲げて笑うは、ゴーグル亭常連の冒険者、ザードだ。歳は30くらいと言ったか。ガタイがよく酒をこれでもかと飲み、常に背中に自分の得物である斧をぶらさげている。ザ・冒険者って感じの人だ。


「どうせ祭りも終わり頃だったし、ライも暇そうだったので気にしなくていいですよ〜」


ホールの手伝い中のフレンが僕の代わりに答える。


「おう!ありがとなフレンちゃんよ!

 そうだ、この後の選定の儀、とうとうアンタが選ばれるんじゃねぇか?」


「もう聞き飽きましたって。今更呼ばれてもこっちから願い下げですよ」


「言うじゃねぇかフレンちゃん。いや、もしかしたら兄貴の方が選ばれるかもだぜ、なぁライの兄ちゃんよ」


ふと会話のボールがこちら投げられ戸惑う。しかも勇者に選ばれるって、どんな冗談だ。


「あはは。ザードさん、冗談にも程がありますよ。

 僕が選ばれる訳ないじゃないですか。魔法すら使えないんですから。それに…」


「それに?」


ザードが続きを促す。あれ、僕は今何を言おうと…

あぁ、そうだ。笑顔で言葉を返す。



「僕みたいな人間が、選ばれていい訳がないんです」



「ん?それはどういう…」



ゴーーーーーーーーン

ゴーーーーーーーーン



ふと、遠くで鐘がなった。9の鐘だ。

みな手と口を止め、自然と王宮の方向に目を向けた。

勇者選定の儀は、王宮で9の鐘が鳴ったと同時に始まる。もしかしたら今、勇者が選ばれているかもしれないのだ。


「ライよ、ちょいといいかの?」


僕も意識を選定の儀に向けていたところ、ふと声をかけられた。ゴーグルだ。松葉杖で立っている。


「え…?あ、はい。大丈夫です」


僕の返事に頷いたゴーグルはゆっくり奥の通路に向かい始めた。僕は慌てて後を追う。


ゴーグルのトーンがいつもより低い。彼が大事な話をする時の声だった。

奥の通路を進んで行くと、ゴーグルは階段の側で止まり振り向いた。


「ライよ、よく聞け」


「は、はい…」


「実はな、地下室におぬし宛ての荷物を見つけた。

 いや、荷物というより…箱、かのぉ」


「僕宛ての…箱…ですか?誰からでしょう?」


「あぁ。おそらくおぬしの父、ラドアートからじゃ」

「へ???」


へ???

父さんから?言っている意味がよくわからない。


「それは…どういう意味ですか?」


「そのままの意味じゃよ。ラドアートからおぬし宛ての箱が地下の倉庫室に置いてある。おそらく、10年以上前からのぉ」


「えぇ!?10年以上!?まさか…」


急な話について行けない。地下室に10年以上置いてあったっていうのか?

地下は断熱性が高く食材の保存に向いているため、備蓄品を取りに定期的に入っている。そんな箱があれば気付きそうなものだ。

ただ確かに倉庫の奥は昔から誰も入らぬ物置と化してはいた。

ふと、1つ思い当たった。


「もしや…父に託され、ゴーグルさんが10年間預かってくれていたんですか!?」

 

そんなまさか……

いや、彼は本当に心優しい御仁だ。友であった父の願いなど躊躇いなく承諾しただろう。大事な話というのもよくわかる。また彼に…恩ができてしまった。


「いや3日前にたまたま見つけた」


「あ、左様で」


ちょっとガッカリ。

それにしても、10年越しの父から息子への届け物。

とてもロマンチックだがまったく想像がつかない。何だろう。

ん…?3日前?


「あれ、見つけたのが3日前って…」


「そう。わしが怪我をした日じゃ。大事なのはそこじゃ。実はな、言ってしまえばわしが怪我をしたのはその箱のせいなんじゃ」


「えぇ!?!?」


えぇ!?!?

さっきから驚いてばかり。情緒が行方不明だ。

骨折は階段を踏み外したのが原因とばかり思っていた。


話を聞くと、ゴーグルは3日前いい加減物置と化した倉庫を片付けようと奥で物の整理をしていた。そこで「ライアートへ」と書かれた1メートルを超える木箱を見つけたらしい。

その箱を見て「これは大切な物だ」と直感したゴーグルは、とりあえず埃のない場所に移そうと箱を担いだ。


その瞬間

赤黒い光が箱から漏れ出しだと思ったら、中で獣が暴れたかのように激しく箱が揺れ動いたと言う。

それは振り飛ばされたゴーグルが軽く宙に浮くほどのもので、勢いよく倒れそうになったところを慌てて右足で踏ん張ったときに、膝をやってしまったらしい。


「ラドめ…あんな物騒なものを置いてきよって。あれでワシがぽっくり行っとったらあの世で締め殺すところじゃったわ。ガッハッハ」


「真顔で笑うのやめてください」


確かに物騒すぎる。急に赤黒く光って勝手に揺れ動く1メートル超の箱とか絶対にまともじゃない。できることなら一切関わりたくない。

のだが。


「おぬし宛じゃから何とかせい」


その通りだ。誠に遺憾ながらその通りなのだ。

それに知らない他人からの荷物ならまだしも、父親からのお届け物を息子がスルーする訳にはいかないだろう。


「正直、あんな危険な物をおぬしに渡して良いのか悩んどった。3日間な。じゃがやはりラドから息子への荷物を渡さん訳にはいかん」


「わかりました…見てきます」


「怪我だけはするなよ。本当に魔物でもいたらすぐ逃げて来い」


「はい」


そう頷いてから、僕は地下への階段を降りて行った。




---




恐る恐る地下の倉庫に入る。しんと静まり返り、いつもと何ら変わらないように見える。

食料の備蓄が入った比較的きれいな木箱の列を通り過ぎ、普段入らない埃だらけの奥の方に進んでいく。 


倉庫は地下のここだけなので様々な物がある。

昔使っていた調理道具、両親がいた頃からあった子供用のおもちゃ、衣服、箪笥(たんす)、用途のわからない棒など、色とりどりの置物(ゴミ)が無造作に置かれている。


「これか…」


そんな中、1番奥に1メートル以上あるくすんだ木箱があった。確かに上面に文字が書いてあるため覗き込んでみる。時間が経ち文字が薄くなっている。


『息子、ライアートへ』


うむ、残念ながら送り主は父で確定っぽい。

よく見ると、その下に少し行間を開けてまた文字が続いていた。さらに字が薄く読めない箇所もある。


『この箱を見  た方

 息 のライが15 なっ  渡し  しい

 危険なためそ まで 決して開   で』


読めない箇所を前後の文でカバーしてみる


「この箱を見…つけた方、

 息子?のライが15になっ…たら?渡し…て欲しい?

 危険なためそれまでは決して開…けないで?」


そんなところだろう。


『息子のライが15になったら渡して欲しい』


なるほど。なるほど。

僕はいま17だ。







「お父さん!!ごめん!!」


つい上を向いて声に出してしまった。

もう一度箱を見る。『この箱を見つけた方』

哀れ我が父ラドアート。まさか10年以上誰にも見つけてもらえないとは思っていなかったのだろう。


まぁもう過ぎてしまったことは仕方がない。2年遅れでも開けた方がいいだろう。僕は切り替えが早いタイプなんだ。

そう思いそっと木箱の蓋に手をかける。


ふとゴーグルの話を思い出し身構える。

これ以上怪我人が出たらゴーグル亭が回らないんだ。それだけは勘弁。



深呼吸をしてから木箱の蓋を持ち上げようと力を入れる。10年閉じられていただけあって簡単には開かない。

ライは体勢を変え、片手で木箱本体を押さえもう一方の手で蓋を開けることにした。グッと力を入れると少し動いた。

行けると確信し一度手を離す。


「よし!」


気合いを注入。どうとでもなれの精神も注入。

ライはガバッ!と勢いよく蓋を持ち上げ……え、鳥?


その瞬間、僕の頭がフリーズした。

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