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愛された勇者  作者: 山口 颯
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4話「女は怖し」

この国の国民は時間の経過を鐘の音で把握します。

始まりの1の鐘…朝6時くらい

2の鐘…8時

3の鐘‥10時

4の鐘‥12時


終わりの9の鐘‥22時

って感じで2時間ごとに鳴ります。それぞれ鳴る音が違い、音だけでいくつの鐘か国民にはわかります。




勇選祭


ガルフォア大陸で祭りごとの話をするのであれば、勇選祭は外せない。大陸の南西に位置する大国、トランディア王国で古くから伝わる『勇者選定の儀』に合わせ、年に1度行われるお祭りである。


数百年に一度、同時に生まれてくると言われる勇者と魔王の太古からの言い伝えは誰もが知るところだろう。

『勇者選定の儀』で勇者が選ばれたならばそれを心から喜び、勇者が選ばれなければ「魔王も生まれていないのだ」と心から喜ぶ。民はその矛盾に気付きながら、吉報祝いの酒を浴びるほど飲み、朝まで羽目を外す。





♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 


セランフォード中立国

ボレ・シャンリー著『ガリフォア大陸のお祭り』







酒と焼いた肉の香りが漂い、立ち並んだ屋台から集客に力を入れた活気のある声が響く。

大勢の人が道を埋め尽くし、この場この日を楽しもうとあちこちを指差し笑顔を振りまいていた。


「ねぇ早く来てライ!できるだけたくさんのお店回るんだから!」


「わかったって。ちょっと待ってくれよシュナ」


そんな風に周りを見ている僕自身も、この場を楽しんでいる者の1人だ。

ゴーグル亭でお昼時のピークを捌き終わってから、僕はトリシュナと合流し首都トランの南区にあたる商業地区に来ていた。


南地区の真ん中には大きな噴水広場がある。そして中央の噴水には、高さ3メートルにおよぶ巨大な勇者の像が置かれている。

勇選祭は毎年この勇者の像を囲むように南区で行われるのだ。


その商業地区で行われる年に一度の大行事を、商人たちが見逃す道理はない。

自店舗でこの日のためにとっておいた目玉商品を大々的に売り出す者、人が集まる広場に屋台を置き声を張り上げる者など、気合いの入りようはとても強い。

そのため毎年この日はどの行事よりも活気が溢れ、盛り上がる一夜になるのだ。


「ねぇ見て!果実がたくさん並んでるわ!あの黄色いやつ見たことないかも!」

「あ、ラム肉のグリル!」

「ライ!あっちでアベリコ豚の丸焼きも食べれるんだって!」


商人の声に見事に釣られながら、トリシュナはあっちに行こうこっちに行こうと動き回っていた。手には若鶏の串焼きを持っている。食べ物以外に興味はないらしい。


その後フレンと合流し3人で屋台を回り出した。彼女は午前で授業が終わってからはしばらく友達と祭りを巡っていたらしい。


「フレンに学校の友達ができてて安心したよ」

「は?キモ」


妹のシンプルな罵倒に傷つく僕、「だいたいライは昔から」とお説教モードに入るフレン、その2人の手を引っ張りながら行きたいお店にグイグイ進んでいくトリシュナという、側から見れば奇妙な一行がお祭りの中を進んでいった。







―――







7の鐘が鳴り夕日が完全に沈んだころ、僕とフレンは屋台の並ぶ広場から少し離れたベンチに腰掛けていた。


「食べすぎた…」

「シュナとお祭り来ると毎年こう」


フレンは先ほど果実店で購入した、オランの実で絞ったジュースをチュルチュルと吸っている。


「今日いくら使ったっけ?」

「そ、それは祭りでは禁句って言ったろ!?日常を忘れて楽しむんだよ!」

「はいはいお兄様」


危うく現実を思い出しそうになったので慌てて話題を変える。


「そ、そういえばフレンは選定の儀はもう見に行かないのか?昔は毎年欠かさず行ってたのに」


勇者選定の儀は毎年祭りのあと、夜遅くの9の鐘が鳴ったと同時に始まる。

祭りのあととは言いながら多くの人は南区に残り、選定の儀が終わるとまた祝いだと騒ぎ出すのだ。


「だって、勇者が選ばれるの数百年に一度だよ?小さいころは人よりもたくさん魔法が使えるからもしかしたら私が‥なんて思ったけど、流石にね。

 それに、歴代の勇者はほとんどが5歳のときに選定の儀で選ばれるって先生が言ってたし」


「5歳で?へぇ…それは知らなかった」


5歳で勇者と崇められるのか。それは何とも可哀想な気もする。親はどんな心境だったのだろうか。

そんなことを考えていると、焼いたラムチョップを手に持ったトリシュナがこちらに手を振りながら走ってきた。

まだ食ってんのか。


「ねぇ、あっちで見せ物の模擬戦やってるの!私も出るから来て来て!」


これだけ食べた後での模擬戦…想像してつい口を押さえた。

フレンも「正気かこいつ…?」みたいな形相をしている。

まぁ見には行くんですが。









---










「両者使用するのは1本の模擬剣のみ!魔法の使用は禁止!片方が降参、あるいは戦闘不能と私が判断したら戦闘は即終了とする!双方、良いか?良ければ、コーダに誓え」


「コーダに誓うわ」

「コーダに誓おう」


「行けえぇぇぇ!!」「ボコしてやれ!!」「シュナさん頑張って!!」「審判長いんだよ!」「どっちに賭ける!?」「相手はあのシュナだぞ!」「オモシレェ!」「兄ちゃんやっちゃあえ!!」



広場の噴水横に直径5メートルほどの円を描いた柵が設けられ、中にはトリシュナと、歳は20くらいだろうか。騎士然とした良い体つきをしている青年の2人だけ。


審判らしき眼鏡をかけた男がそばに立ち、柵の周りを民衆が取り囲む。

戦闘開始の合図を今か今かと待ち侘びていた。

僕とフレンもその衆に混じっている。

広場を歩く人たちも何事だ?と視線を向ける。

  

「よしっと」


準備体操を終えたトリシュナは相手を見据え、構えた。

その姿に観衆はゴクりと息を呑む。

齢17の少女。

その凛とした見事な上段構えに、獲物を見据えた野獣の目。攻めのみに意識を置いた構えだ。


相手の青年は一度眼を閉じ大きく息を吐いてから、中段の構えでトリシュナを正視する。


「では、戦闘開始!」


眼鏡の男が声を張った。

先ほどまで喧騒に満ちていた広場は、いつしか静寂が支配している。

相手を睨みながらピクリとも動かない2人。

直後、静寂が怒号のような歓声に置き換わる。


「フッ!」


先に動いたのはトリシュナだった。

上段の構えのまま左足で大きく一歩踏み込むと、次の一歩ですぐさま右に進路を変え一瞬で相手の懐に入り込む。

そのまま前進した勢いも乗せた右上からの強烈な袈裟斬り。

だが青年も焦らない。

袈裟斬りを受け止めることなく斜めに受け流すと、トリシュナは勢いのある分体勢が崩れ青年の前に躍り出る。青年はそこに上段から剣を振り下ろす。

トリシュナは片足でつんのめると、その片足を前に思い切り蹴り上げ、勢いそのまま通り過ぎ振り下ろしを回避。

急ブレーキですぐさま振り返り、青年の横腹に突き。

素早い反撃に青年はなんとか反応。剣でガードし突きを逸らした。

ほんの一瞬、鍔迫り合いになり両者の動きが止まったかに見えたが、すぐさまトリシュナが相手の片足を払い今度は青年が体勢を崩す。

青年の身体が低く沈んだところで、さっきのやり返しとばかりにトリシュナの上段からの振り下ろし。

青年はなんとか剣を構えるが、受け流す余裕はなくモロで振り下ろしを受ける。

力強い一撃を受け止め切れず、青年は模擬剣ごと地面に叩きつけられた。



その間、およそ3秒。



「ぐはぁ!!」



静寂の中、青年のうめき声と模擬剣が転がる音だけが響く。











「うおおおおおおおおおおおおお!!!」「すげぇええええええ!!!」「なんだ今の!!!」「速すぎだろぉぉぉ!!」「何が起こった!!」「やべぇえええええええええ!!」


一瞬の出来事に、すべての観衆が遅れて感嘆の声をあげた。

いつの間にか広場にいた人々はほとんどが柵の周りに集まっており、凄いものを見た!と騒いでいる。


「ライ、今の目で追えた!?」

「いやぁ、全部の動きは到底追えなかったな…」

「だよね‥私も追い切れなかった…シュナはやっぱり凄い」


僕とフレンも、改めてシュナの強さを実感していた。

そう、実は彼女めちゃくちゃ強い。

瞬発力、力強さ、瞬時の機転もとても優れており、騎士団の中でも天才剣士と言われている程だ。

 

「フゥーーーー」


数秒とはいえ、集中した中での戦闘を終えたトリシュナは大きく息を吐いた。

想像以上の大歓声に驚いた顔をしながらもありがと〜と手を振っている。

あ、こっちを見てVサインをしてきた。ドヤって言いたそうな顔だ。


「ドヤッ」


我慢できなかったらしい。

すると、審判らしき眼鏡男が声を上げた。


「ゴホン!皆のもの、静粛に!まったく騒がしい下賤の者たちが。男、戦闘不能か?起き上がれるなら…『よっしゃあ嬢ちゃん、今度は俺が相手や!!』


審判の声を遮り、最前列で観戦していた体格のいいおっちゃんが勝手に柵を乗り越えて入ってきた。


「おお!!」「行け行け!」「目指せ10人抜きや!」

「おいそこ!勝手な侵入はゴフッッ」


乱入者の登場に歓声が上がる。審判の横にいた男が審判の顔を思いっきり殴り、さらに歓声が上がる。ここからはフィーバータイムだ。


「喧嘩かぁ??ダメだぞぉ!俺も混ぜろぉ!」


広場の端で寝ていた酔っ払いが、騒ぎを聞きつけ寄ってくると1番近くにいた観客を殴った。


「フレンさん、これはまずい」

「だね。シュナを助け出さないと」

「…………時には犠牲も必要だよ」


僕はそういうと、フレンの手を引き乱闘の始まった人だかりを殴られる前に無理やり抜け出した。

妹だけでも救わねば。大丈夫。シュナなら1人でもなんとかするさ。多分。

フレンがゴミを見る目でこっちを見ている。これは客じゃなく妹に殴られるかもな。






―――






フレンとトレシュナ2人の手形がきれいに両頬についた僕は、騎士団の男と話をしていた。


「君は殴り合いには加わってないってことでいいんだね?」

「はひ。引っ叩かれまひたけど」

「腫れてるね…誰にやられたの?」

「それは…怖いのでやめておきます」

「俺たちが間に入るから、安心して言っていいよ」

「いやほんとにやめときます」


だって後ろにいるんだもん。


「ボレアス、彼は大丈夫だと思うわ」

「トリシュナ。君がそう言うならいいか。じゃあお大事にね」

ボレアスと呼ばれた騎士団員が去っていくと、トリシュナは僕の肩に手を置いてニコっと笑った。とても怖い。


あの後、すぐに騎士団が駆けつけて乱闘騒ぎをしていたバカ共を一瞬で捻り潰した。

現行犯で数人がしょっぴかれ、地面で伸びてるのも運ばれていった。

今はそれ以外のその場にいた者たちの事情聴取中だ。


「シュナ、ほんとごめんよ。妹だけでも守ろうと思ってさ」

「私は守らなくていいんだもんね。私だってか弱い‥

「はいこれ、アベリコ豚の串焼きあげるから」

「まぁいい加減許してあげるわよ。私も立派な大人だしね」

「ありがとう、二度としないよ」

「モグモグ……うん」


フレンがこちらを見ているが、どんな目をしているかは知りたくないので見ない。

さーて、この後どうしたものか。選定の儀を見にいく気は特にないので、このまま家に帰るか。


「あれ…あの人ってもしかして氷の戦姫?」

「え?」

 

フレンが指差した方を見ると、集まった騎士団員の中に

一際背の高い大男と、綺麗な銀髪の女性がいた。


「ええ、そうよ。あの無駄に背が高い大男が騎士団長のグレン・ボングラード。そんで銀髪の女性が副団長のサラ・シルフ。よく氷の戦姫って呼ばれる人よ」


騎士団所属のトリシュナが指を刺しながら教えてくれた。

へぇ、あれが噂に聞く氷の戦姫か。

世間の常識に疎い僕でもその名称くらいは聞いたことがあった。

確か貴族の生まれながら騎士として成り上がった女性…とゴーグル亭の常連が飲みながら話していたっけ。


「それにしてもフレン、よくわかったね」


「…………え?あ、あぁたまたまよ。銀髪って有名だし」


ん?何やら騎士団の方を向いてぼーっとしていたようだが、知り合いでもいたのだろうか。


「なんか集まってるみたいね。私も一応騎士団員だし、ちょっと行ってくるね」


トリシュナがそう言い、騎士団員の輪の中に入っていった。一応ってなんだ一応って。


「さて、これからどうしようか」

「ん…?ねぇ、あれ誰かわかる?」 

「え?」


今度は誰を見つけたんだとフレンの指先を見ると、 

誰かがこちらに来ているようだ。


「あれ、ミアじゃないか?」

「え、ミアちゃん?」


よく見ると、ゴーグル亭の新人ちゃん2人の元気な方、ミアが全力ダッシュでパタパタとこっちに向かってきていた。

相変わらず常に全力投球って感じだ。

しばらくしてミアは僕らの元までたどり着いた。

ゼェゼェ言いながら何か言い始める。 


「あの!ライ…君、お店…ハァ‥ハァ…急に…ゼェ…ゼェ…って感じで‥ハァ…です!」


では!と言ってミアは踵を返しまた走り出そうとしたので全力で止める。


「待て待て待てなんでそれで伝わると思った!!」




フレンに水をもらい、ベンチに座らせる。

ミアはふぅ…と落ち着いた。


「お水美味しい‥もう一口」

「それで、何が急ぎの用じゃないの?」


僕の言葉に、ミアはピンと立ち上がり頭を押さえた。


「そうだったぁぁぁ!!ライ君フレンちゃん!ゴーグル亭が大大、大ピンチなんですぅぅ!!」


そう言ってミアは「あわわわわ」とまた焦り出した。

大大、大ピンチか……それは……大丈夫そうだな。

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