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愛された勇者  作者: 山口 颯
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3話「過去と恩」


女の登場に周囲は静まり返った。

最初に反応したのは僕とミアだ。


「寝ちゃったってさ。残念だったなミア」


「え、子どもたち寝ちゃったの??話が違うぞ??」


チョップをモロにくらった頭を摩りながら、信じられないという顔で驚くミア。

その様子に女は笑う。

 

「何企んでたか知らないけど、アンタらみたいなガキどもには10年早いね」


彼女の名はキメルダ。確か僕より一回り以上上だったか。僕がゴーグル亭で手伝いを始めた7年前には既にゴーグルと共にこの店を支えていた1人だ。

確かに「姐御」という言葉が似合いそうな、艶やかで蠱惑(こわく)的な雰囲気のある人だ。

男女問わず見つめられたらドキッとしてしまうだろう。



「ち、ちくしょう...作戦失敗か...子供たちにはお仕置きが必要だな...」

「ガキどもたぶらかしたのはミアだろう?お仕置きが必要なのはあんただよ」


油断しているミアに2度目のチョップをお見舞いし、ミアは「フロギィィ!」と変な声を出して倒れた。

それを見たマリが「魔女め。悪霊退散!」と騒いでいる。てかフロギィって何?

そのやりとりに、僕も混ざる。


「キメルダさん、久々に寝てる子どもたち覗いてもいいですか?」


「ん?あぁ…別に構わないよ。暇でも潰そうと思ってこっち来たんだけど、そういうことなら戻ろうか」


客もだいぶ少なくなり、作業も一通り済んだため休憩がてら2階まで付いて行くことにした。

久々にあの部屋を見たくなったのだ。

調理室から奥に進める通路があり、そこを進むと上り階段と下り階段がそれぞれ左右にあるため、上りの方に進み2階へ。

2階に上がったところは少しだけ開けており、左側の壁に引き戸が2つある。

キメルダが手前側にある引き戸を静かに開けると、中では畳の床で3〜5歳くらいの子どもたちがスヤスヤと寝息を立てていた。


「朝来た時はあんなに騒いでたのに…」


この子たちは、毎日親から預けられている子どもだ。

ここゴーグル亭では、大衆食堂だけでなく子どもの預かり屋という業種も兼任している。

もともとこの建物は僕の父ラドアートと母フレアが孤児院兼子どもの預かり屋として使っていた場所で、2人の子である僕とフレンもここで暮らし、多くの子どもたちと共に育ったのだ。


13年前、僕が4歳の頃に母が死んでから経済的にも人員的にも新たに孤児を招き入れることは厳しくなった。

それでも周りからの援助もあった父は、共に暮らしていたトレシュナも含めた数名の孤児たちの養護と、預かり屋の仕事はなんとか続けていた。


が。

母の死から2年後、あっさりと父は死んだ。

病気での急死という話らしかった。

僕は7歳、フレンはたったの5歳でのことだった。



両親を失い行く宛を失った僕とフレン、孤児の子どもたちを救ったのが他ならぬゴーグルであった。生前の両親と仲が良かったゴーグルは、5年間1人で営んでいたゴーグル亭を、孤児院だった建物に移転したいと言い出したのだ。そこで食堂を営みながら僕らを保護したいと。


「両親の代わりにはなれねぇが、俺があんたらの面倒を見ても、いいか?」


僕はあまり小さい頃の記憶がない。だがあの時の、力強くあろうと気張りながらもどこか不安も垣間見えるようなゴーグルの表情と声だけは、鮮明に覚えている。

 

父の死にただ泣きじゃくっていたフレンを側に、兄の自分がなんとかしなければと、泣いてはいけないと思いながらも所詮は何も知らない7歳の子ども。途方に暮れていた中でのゴーグルからの言葉だった。

文句などあるはずが無かった。

今度は逆に、ポカンとしている妹の前で僕が泣きじゃくった。



店を移したゴーグルは、それを機に1人で細々と営んでいた店の規模を広げることにした。

調理場と客席を今までの倍以上の広さにし、弟子として当時22歳のガゼルという男と、ホール兼子どもたちの面倒見役としてキメルダを新たに雇った。


それから3年後、孤児たちの多くが初等学校に通いはじめ、僕も10歳になりお店の手伝いをし始め、余裕ができてきたゴーグル亭は、両親もやっていた「子どもの預かり屋」を新たに始めた。


前にいつから預かり屋をするつもりだったのかをキメルダに聞いたことがある。


「ゴーグルはね、始める前から余裕ができたらやりたいとは言ってたんだよ。まぁ、この大陸で片親のいない中育った人間なら、誰でもそう思っちゃうのかもしれないけどね」





♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



トランディア王国に片親だけの家庭が多いことは、皆とうに理解している事実であろう。「夫婦のうち片方に兵役の義務を課す」というこの国の徴兵制度による、あまりに残酷な結果である。

それにより、片親で子どもを満足に育てられないという国への不満が各地で起きたことは必然と言える。


慌てた国が始めた策が、親が働く間のみ面倒を見る「子どもの預かり屋」である。預かった子どもの数、時間、設備によって国から支給金を出すという公布により、我先にと至るところで預かり屋が建っていった。

その結果一見の平穏は保たれたように見えるが、愛する伴侶を亡くした国民たちの哀情、厭悪が拭い去ることはどんな国策であろうとできはしない。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


トランディア王国

ロセ・パンディ著「愛を禁じた国」より抜粋






ゴーグル自身、片親のもと貧しい中で育ち、(めと)った女性を15年前の徴兵によって亡くしている。

親を失くした子どもの辛さ、伴侶を失くした親の辛さを知っているからこそ預かり屋を始めたのだった。

大衆食堂としての人気を博していたゴーグル亭の知名度と、ゴーグル自身の人望により「ここにうちの子を預けたい」という親は後を絶たず、すぐさま予約は満員になった。

預かり屋を始めて7年経った今も、その人気は衰えていない。



「もうそんな経つのか…」



この子ども部屋の壁には至るところにシミや傷、子どもが凹ませたような跡がある。

考えてみれば、生まれてからフレンと二人暮らしを始めた14歳まで、ずっとこの建物でお世話になっていた。

両親の元で7年、ゴーグルの元で7年。

14年間、孤児院の子どもたちや預けられた子どもたち共に過ごし、毎晩感謝して引き取りに来る親の顔も見続けていた僕も、預かり屋の意義は理解しているつもりだ。


「私がここに来てもう10年も経つんだね。早いもんだよ、ほんとに」


キメルダも似たようなことを考えていたようで、子どもの頭を撫でながら思い耽るように呟いた。


「あんたと初めて会ったのもここだったっけね。ゴーグルに向かって『ここで働かせてください!』って連呼してたんだから驚いたもんだよ」

「あぁ、7歳のころですね…懐かしいな…」


あの時はお世話になりっぱなしがどうしても嫌で、働きたいと頼み込んだが10年早いと相手にされなかった。ゴーグルがダメとわかるとガゼル、キメルダにも頼み込んだものだ。


ここで働かせてください!

まァだそれを言うのかい!


「あの時のキメルダさん、髪が逆立っていてとっても怖かったです」

「うるさいよ」


あの時しつこく粘った結果、10歳になったら手伝うという話にまでこぎつけたのだった。




昔話をしていると、男の子が1人目を覚ましたようだ。


「んん‥あれ…姐御とライの兄貴だ。おはようごゼェいます」

「お、おはようトリー」



確か今年で5歳のトリー君。

丁寧な挨拶は大変素晴らしいが、呼び方と寝ぼけた口調のせいでマフィアの下っ端みたいになってしまった。横で姐御様が吹き出している。

てかキメルダさん、子どもたちにも姐御呼びされてるのかよ。間違いなくミアの影響だ。


「あ、そういえば。キメルダさん、ミアとマリはどうですか?ちゃんと役に立ってます?」


「ライの兄貴って……フフッ……ん?あ、あぁ…

そうだな。私からしたら2人ともまだまだガキみたいなもんだが、まぁ子どもの相手は上手いよ」


吹き出したのそこだったのかよ……まぁいいや

ミアとマリは春からゴーグル亭に勤め出し、約3ヶ月ほどが経つ。ここ数日は例外的に1階の食堂に入っているが、メインはキメルダの補助として子どもの面倒係だ。



「ミアはガキたちの相手が上手いし、マリはガキたちにものを教えるのが上手い。それぞれの才能だね。たまに全力で面倒を見てるのか、一緒に遊んでるのかわからなくなるが」

「あはは…絵が浮かびますね」

「まぁでもよく頑張ってるよ。もともと進んで年下の面倒を見たがる子たちだったから、向いてるとは思っていたしね」



ミアとマリは6歳の頃、初級学校に入るまでの1年間だけゴーグル亭に預けられていた。その頃からゴーグル亭のみんな2人のことをよく知っていた。

預けられた子の中で年長だったこともあり、当時からキメルダの真似っこをして子どもたちの面倒を見たがったものだ。

ミアとか、年が近いのに既に当時ゴーグル亭で働いていた僕によく対抗心を燃やしていたのが懐かしい。


キメルダの様子から見ても、2人に関してはそこまで心配しなくても大丈夫そうだ。

起きたばかりの5歳のトリーに目を向ける。ぼんやりとしているが聞いてみよう。


「ミア姉ちゃんとマリ姉ちゃんはどう?賢くて優しいかい?」


「いやいや、ミアは馬鹿でしょ」


「...........」


……5歳児に即答されるミア、やはり大丈夫じゃないかもしれない。

僕とキメルダは顔を見合わせ苦笑いをした。

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