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愛された勇者  作者: 山口 颯
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1話「日常」


「うおぉぉぉ!!?おぉ!?!?」


頼りなく突飛な声をあげて僕は勢いよく起き上がった。

ギシィと木組みのベッドが軽く悲鳴をあげる。 

 

ドンッ

「痛っ」


ふと後頭部に謎の衝撃。勢いよく起き上がったせいか上に頭をぶつけたらしい。

ズキズキと痛みだし両手で頭をおさえる。


なんだろう、今何かとてもとても長い夢を見ていたような気がする。


僕が寝ていたのは木組みのベッドに藁とリネンのシーツを敷いた質素なもので、1メートル上に同じ作りのものがある、いわゆる2段式ベッドというものであった。

頭がぼんやりとする。ぶつけたせいかもしれない。

時より、頭の中に“?”が大量に浮かぶことがある。


ここは何処?


自分は誰だ?


どのくらい生きているんだっけ?


今、ここで寝てていいんだっけ?





・・・何か、忘れ物はなかったっけ?




「おはよ。またう〜う〜うなされてたわよ」


頭の中の“?”を1つ1つ確認する作業をしていると、ふと声が聞こえた。思考が途切れ声がした方を向く。

そこには紺色の髪を肩まで伸ばした華奢な女性の後ろ姿があった。僕は思わず聞く。


「誰?」

「はぁ?」


ぼーっとした頭のままぼーっとした声を出すと、彼女は手元で何か作業をしているようで頭だけ振り向き、心底呆れたような声と顔が返ってきた。

まだ若干幼さの残る顔ではあるが、三白眼気味の見据えたような目と彼女が醸し出す落ち着いた空気は、15歳とは思えぬ大人びた雰囲気を感じさせる。


ん?15歳?

あ、そうだ。ここでようやく脳が働く。彼女は僕ライアートの2つ下の妹、今年で15になったフレンだ。

あのゴミを見るような冷めた目は間違いない。

あの三白眼の目で睨まれると妹ながら少しおっかないのだ。


それにしても変な声を出して起きてしまった。恥ずかしい。

「うおぉぉぉ!!?おぉ!?!?」って、まるでワニブタの腹を裂いて強烈な匂いを嗅いだ時のような、素っ頓狂な声だったと思う。


「ほんとに大丈夫?頭おかしくなっちゃった?ワニブタのおなか裂いて強烈な匂い嗅いだときみたいな素っ頓狂な声出してたけど?」


あぁ違いない。彼女は僕の妹である。





――――


 



「目、覚めた?」

「覚めた」


顔を洗い金髪の短い髪をてきとうに整えてから部屋に戻る。僕とフレンは兄弟ながら髪の色が違う。僕がエルフに近い金髪で、彼女は人間に近い紺色だ。

僕らがエルフの母と人間の血が多いハーフエルフの父の子どもだから、というのが理由だ。

実は血の繋がっていない兄妹...みたいな設定では決してないため、禁断の兄妹ラブストーリーなんてものは始まらない。


部屋に戻るとフレンが椅子に腰掛けモグモグと何か頬張りながら本を開いていた。

机にはトーストの乗った皿が2枚と、コップが2個。

フレンのコップにはコーヒー、ライのコップにはアーモンドミルクが注がれている。2人分の皿とコップで置き場がなくなってしまう程度には小さな机だ。


「いただきます」


僕は反対側の椅子に腰掛け、手を合わせてからトーストを手に取った。平く切ったパンを軽く焦げ目がつく程度まで焼き、その上にすりつぶしたトマト、オリーブオイル、お塩をかけた朝ごはん。

かじりつく。シンプルだがこれが美味い。幸せだ...。


何度か口の中で噛み味わったあと、コップに手を伸ばしアーモンドミルクをゴクゴクと口に流し込む。

アーモンド特有の香ばしい風味とコクが口から喉の奥にかけて満たしていく。

あぁ、美味い...幸せだ。


自分のコップに手を伸ばしたフレンは、兄の幸福そうな顔を見てフッと笑みをこぼす。


「美味しい?」


「あぁ、めちゃくちゃ美味しいよ」


「それはよかった」


そう言い、しばらくの沈黙が流れる。

少し間を置いてからフレンがホゾっと言った。






「まぁいい加減飽きたけどね」


「そ、それは禁句だろフレン!?

 言っていいことと悪いことがあるぞ…!?」


「だって毎日大麦のパンなんだもん。硬いし、味付けも数パターンしかないし、硬いし」


「だからそれを言うなって…!

 美味しい美味しい...幸せ幸せ...って自分の脳騙して食べてる時にそれ言っちゃダメじゃね?」

 

それは幸せな日常の風景であった。

2人が超貧乏であることを除けば。


毎朝硬いベッドから起き、超狭い洗い場で顔を洗い、小さな机と椅子で硬い朝ごはんを食べていることを除けば。


「はぁ…こんな朝ごはん作るために早起きしてるの馬鹿みたい」


「そう言うなよ…僕は火起こせないから。魔法使いのフレンじゃないとうちじゃパン焼けないだろ?凄いことなんだからさ」


しょげる妹を慰めようとする兄。

朝ごはんもう作らない!なんて言われたら困るのだ。



「魔法」

それは、人類がこのガリフォアの地に上陸する太古の昔から、この地に暮らすエルフ族のみが使えたとされる技術。

古代からエルフという種が生存していく上で、徐々に身につけていったとされる自己防衛能力の1つである。


人間に得物を狩るための腕が生え、天敵から逃げるための脚が生えたように、身を守るためにエルフには魔法の力があった。


およそ4千年前、ガリフォア大陸に上陸した人類は大陸に住むエルフ族と出会った。対立もあったが一部の部族とは交流を持ち、やがてエルフと人間の血を受け継いだ子どもたちが産まれたと言われている。

人間の血が入りながらもエルフと同じ魔法を使い、共に暮らす彼らを周りはハーフエルフと呼んだ。

時は流れ、そのハーフエルフの子孫の民族で構成されるのが僕らが住むトランディア王国である。


「フレン、ミルク温めてくれない?」


「もう…便利屋扱いしないでっていつも言ってるじゃない」


「ごめんごめん」


フレンは僕のコップに手を伸ばす。ダルそうに言いながらもやってくれるらしい。コップに手を添えると手のひらの先がフワっと光り出し、10秒ほどでコップに湯気が立ち始めた。

国民のほぼ全てがハーフエルフの子孫であるため、少しではあるが皆基本的に魔法が使える。


「ありがと。フレンは熱魔法も得意だったよね?」 


「まぁ」


魔法には基本的に個人差がある。簡単な火や水しか出せない者、様々な物質を生み出すことのできる者、同時に少しの物量しか生み出せない者、大量に生み出せる者、千差万別であった。


そして中には魔法を一切使えない者もごく小数ではあったが存在した。僕、ライアートはまさにその魔法を使えない奴なのである。

魔法が当たり前の世の中でそれを一切使えないというのはそれなりに不便だ。


例えば火や水を生み出す程度の魔法であれば初等学校で習い大多数の人が使える。そのためどの家にも火を起こす(かまど)や水を溜めておく井戸といったものは基本的に存在しない。

魔法で出せばいいじゃんの精神なのだ。

いやだから出せないんだってば!と強く言いたい。


「フレンが大魔術使いでほんとによかったよ」


「なにさっきから褒めちぎって。キモチワルイ」


そしてライアートとは逆に、妹のフレンは超がつくほど魔法の才能があった。

一般的には10歳前後から魔法が出現しだすのに対し、フレンは5歳で魔法が出現し、10歳になった頃には火や水だけでなく光、氷、熱、土魔法まで使うことができた。大人でもここまで出現できる者は多くない。

今では段違いの質量を出せるようになっており、なんとも誇らしい妹なのだ。

あ、決してシスコンという訳ではない。


「まだまだ魔術師の端くれなんだけど。まぁ将来的になれたらいいなとは思うけどさ、、」


ほんと大袈裟だねといった様子で呆れるフレンだが、内心は満更でもないご様子だ。

自分が魔法を使えないと知った時はそれなりに落ち込んだものだが、その分妹に全ツッパされたと考えれば特に何でもなかった。

決してシスコンという訳ではない。


「てか、魔法使えなくても料理できるじゃん。火魔法の魔道具がその辺に売られてることなんてライの職業で知らない訳ないよね?なんなら物置にあるし」


「え…?物置にまだあったっけ……?あはは……後で探してみます」  


妹からの鋭いツッコミにうろたえる。





ゴォォォォォン

ゴォォォォォン





ふと、遠くで教会の鐘の音が鳴った。その鐘を合図にフレンは一口残ったコーヒーを喉に流し込み、自分の食器を調理台へ移す。

調理台と言っても竈も蛇口もないため、簡単な調理器具や調味料を置いてあるだけだが。


「あ〜たまには本読みながらゆっくりできる朝の時間が欲しいな〜」


フレンがわざとらしく言葉を溢す。

さっきから妹の機嫌を取ってきたが、観念するしかないようだ。


「………………明日は僕が朝食を作るよ」


「ふふっ ありがとっ 行ってきまーす」


最後に可愛らしい笑顔を見せ、フレンは部屋を後にした。






---






「…‥具材残ってたかなぁ」


明日の朝ごはんを考えながら食器を移す。

後で確認しなければ。あ、あと物置の魔道具も。必要ならば具材も魔道具も買いに行かなければならない。

か、金が落ちていく音が聞こえる…まぁ落とす金すらあまりないのだが。

出かける準備をしてから僕も出口の取手に手をかける。

すると外で人の足音が近づいてきた。

フレン忘れ物か…?いや、このセカセカとした走り具合はフレンではない。おそらく…


ドンッ

「痛あぁ!!」


内側に勢いよく開けられたドアは見事に僕の眉間をバタンと襲い、僕は仰向けにバタンと倒れた。

両手で頭を押さえるのは早くも本日2度目だ。


「おはよーー!!!!!

 ねぇ、今日の勇選の儀、行くでしょ……て、あれ?」


僕を急襲した張本人は、テンション高く部屋の中に入ってきた。

灼熱のように真っ赤なパッチリした瞳に、同じく真っ赤な髪。まるで人形のように整った顔をした綺麗な女性が、不思議そうにこちらを見つめていた。


「ライ、なにしてるの…??」


「なにって…おまえ…」





そして2人の視線が、交わる。




もう何度も何度も交わした2人の目線。

それは太古の昔から定められていたような。

果たさなければならない“何か”に突き動かされているような。

そんな強い意志を奥底に持った2人の視線が、再び交わる。

よろしくお願いします!

物語が大きく動き出すのは5話あたりからになります。


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