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愛された勇者  作者: 山口 颯
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13話「ハッピーエンド」


無限に続く草原。

遮るもののない透き通った水色の空。

その中を颯爽と駆ける茶色い毛並みが艶やかな馬と、酔った僕。


「う、ウォェェ...」


「ハハッ、元気そうだね、少年よ。僕の背中にぶちまけるのだけはやめてくれよ?」


「ど、どうでしょう..元気一杯なので盛大にやっちゃうかもしれません..」


「やったら馬から突き落とすぞ?ハハッ」


軽やかに怖いことを言いながら彼はニヤッと笑い、口元に(しわ)を作った。

昨日の会議の終わり際、僕が乗馬経験がないと話すと誰と乗るかと言う話になった。

今回の遠征に参加する新人騎士は僕の他にも2人いたが、馬に乗れないのは僕だけだったのだ。

トリシュナがすぐさま手を挙げたが、そこまでの数々の失態と、サラの「1人で乗るのもやっとだろう」という言葉で撃沈した。

そこで手を挙げてくれたのが、4つある椅子のひとつに座っていた男、アルドだった。

随分若く見えたため40手前と聞いた時は驚いたが、今見せた皺の寄った笑顔は数多くの経験、感傷、選択をしてきた御仁(ごじん)なのだろうなという印象を抱かせた。


「うぅ...」

「あら、ライったら随分お疲れね。遠征からの帰りかしら?」


またもや吐き気に(もてあそ)ばれていると、トリシュナが馬を寄せて隣を並走してきた。

僕をからかいに来たというよりは、馬を乗りこなしてる自分を見せたかったのだろう。そういう顔をしている。

大した経験、感傷、選択をしてきてない顔だ。お子ちゃまめ。まぁ僕もだが。


「そんなすぐ横にいちゃ危ないぞシュナ。僕の口から魔法が放たれるかもしれない」


「あなた魔法使えないで...って、やめてよ!私にかけたら蹴っ飛ばすわよ!」


「ははは...。ようやく僕にも魔法が身に付いたんだ。これが勇者の力かも」


ぺちっと頬を叩かれる。おい今顔を揺らすな。

それにしても、馬って想像していたよりも揺れる。

やはり酔いやすいのだろうか...空を見上げていれば大丈夫だと思ったのだが、このままでは本当に勇者の魔法が飛び出してしまう。あとお尻が痛い。


「ハハッ 少年君、後ろからだと見にくいだろうが、できるだけ自分の乗ってる馬を見るようにしな。脚の動きや背中の揺れとか観察しながらね」


アルドが前を向いたままそう助言してきた。

馬を見る?こんなに揺れてる元凶を見たところで逆効果ではないだろうか。

まぁここは黙って従おう。なんでもいいからこの酔いをどうにかしたかった。


助言通りしばらく馬を凝視、注目、観察していたら、10分ほどだろうか。

気づいたら先ほどまでの酔いと吐き気は幾分と治まっていた。


「あら、止まったかも」

「え、ほんと?」


トリシュナが驚いている。


「ハハッ そりゃよかった」

「すごいです先生!一体どんな魔法を!?」

「ハハッ 酔いを止めれる魔法なんてあったら便利だね。でも魔法じゃない。単純な話さ。人が酔うのは『自分の認識と実際の動きに乖離が生じてる』からなんだよ。君はさっきまでただ空を見上げてたろう?馬の動きが意識にない。だから、脳は動かないはずと認識してるのに、実際は大きく体は揺さぶられていた。その乖離で『酔って』いたんだよ。じゃぁ馬の動きを目で観察して脳に教えてやれば、その乖離はなくなるってわけさ」


「お、おおおぉ!すごいです先生!」

「学びになったろ?」

「アルドって意外と頭いいのね!人は見ために寄らないわね!」

「.........悪意のない本音が相手を傷つけるってこともこれから学んでいこうか」

「???」

「でも先生、尻が痛いっす」


そんな他愛のない会話をしながら、他の騎士と共に3人は進んでいく。

今回の遠征隊の隊長を務めるサラ・シルフは、隊の中衛から3人の後ろ姿をただジッと見つめていた。







ーーー






それから丸2日。

都市と都市の合間にはところどころに停泊用の砦が用意されており、途中2ヶ所その砦を経由しながら、騎士団は北西方角にゆっくり馬を走らせ続けた。

なぜゆっくりかと言うと、商人の運ぶ大量の荷物があるからだ。


もともと騎士団のこの定期的な遠征は、各方向への警戒や各都市に住む市民、配備された騎士団員たちへの鼓舞、交流のために始まったものらしい。

そこに商人たちが目をつけた。

彼らは物資を各都市へ運ぶたびに騎士団か魔術師団に護衛の依頼と料金を払う必要があったのだが、騎士団の定期的な遠征が始まったと聞き、その遠征時に普段より安い料金で護衛してほしいと頼み込んだのだ。


この要求に利があったのは商人だけではない。

騎士団からしても、遠征から帰ってきてまたすぐ物資の護衛で騎士と馬を借り出していたのでは、都市の守りが常時弱くなるうえに騎士団員の疲弊にもつながる。

それならば多少進行スピードは遅くなるが、定期的な遠征に商人も同行させ一度に済ませた方が断然楽なのだ。

両者の要求が合致し、それから遠征の旅には毎度物資が付いて来るようになった


....と、いう話をアルド先生から聞き、なんとなく学びを得た気になりながら時間が経過していった。

そんでもってトランを出発して2日と半日が過ぎ、真昼の四の鐘がなる頃に辺境都市ホールントンに到着した。


辺境都市ホールントン。

トランディア王国の北西端に位置する都市で、西のバラシュテン帝国、北の“森”両方の監視役かつ防波堤の役割をもつ非常に重要な都市だ。

まぁ知ったようなことを言いながらも僕がここへ来たのは生まれて初めてだ。


「そうなのかい? まぁ確かに、帝国にも森にも近くて危険なこの土地に好んで来るのは、一儲けしたい農家と商人くらいだもんねぇ」


アルドはそんなことを言っていた。

北西の都市ホールントンは一応都市と名付けられているが言ってしまえば田舎で、ここに暮らす人の大半が農業か牧畜を職業としている。

なんでも畑と牧場が面積の8割を占めてるんだとか。


「やっと着いたのね...」


授業のようなアルドの喋りを話半分で聞いていた僕と、全く聞いていなかったトリシュナは疲れを口にしながらホールントン入口の門をくぐった。

門を通り抜けアルドの背中越しに中を見る。


目の前は街が広がっていた。

あれ、街?

役所のような大きめの建物に、騎士団の館。

奥に飲食店らしき看板のついた建物が立ち並ぶ商店街があり、さらにその奥は住宅街だろうか?


「畑と牧場ばっかりって話じゃ?」

「首を90度曲げて見てごらん、少年君」


そう言われ首を右方向に90度。

視界には、こちらと目が合いエヘっとはにかむトリシュナちゃん。あらキャワいい。

て違うお呼びじゃない。

シッシッと手を払いながらトリシュナの奥を見る。

おぉ...。


ペシッ

頬をぶたれ、その勢いを利用して今度は左方向90度に顔を向ける。

あぁなるほど、これはこれは。


そこには、左右ともに広大な畑が広がっていた。

門をくぐった瞬間は目の前に建物が見えたが、言ってしまえば建物があるのは前だけだ。

門から続く大きな一本道の両側にだけ建物がある。

役所、館、商店街、住宅街がすべてまっすぐ並んでおり、そこより外側はすべて畑しかない。

よく見ると奥の方に草原のような緑が見える。奥が牧場だろうか。


ふむふむ、ここが辺境都市ホールントンか...



ん?



なんだろうこの感覚。違和感というか、なんというか


「どーしたの?ライ」

「え? あぁ...いや、なんでもないよ」


としか答えようがない。本当に何でもないのだから。

何の違和感だったのかすらわからないのだから。


「どうしました? (ほう)けた顔をしていますが」


ふと横から声をかけられ振り向く。

知ってる顔だ。整えられた灰色の前髪が片目にかかっている。


「ハイルさん。お疲れ様です」

「えぇ、お疲れ様です。ライアート君」


彼の名はハイル・エルダルト。

確か歳は30手前だったか。

騎士団所属で、アルドさんの部下なのだそうだ。

そして彼、ぱっと見は普通の爽やかお兄さんだが、実は名家の御子息だったりする。

エルダルト家というのが首都トランに館を持つなかなかに大きな貴族様で、トランディアの四大貴族の一つと言われる程の家だ。

僕でも聞いたことのある家名だったため、名前を聞いた時は驚いたものだ。


そんな彼とはここまでの道中、停泊した砦で話す機会があった。

名貴族の子息がなぜ騎士団に所属しているんだろうと疑問を持ったが、どうやら貴族出身の騎士団員はけっこういるらしい。

名声、威厳を重んじる貴族だからこそ、国の象徴たる騎士団、魔術師団に自分の子息を入れたがり、小さい頃から鍛錬をさせることも多いんだそう。

親の名声のために危険な戦場に出る子どもは溜まったものじゃないなとちょっと思ったが、ハイル含め子息もみな騎士団、魔術師団に憧がれるため喜んで門をくぐるのだとか。

そういうものらしい。


そういえば、こんな名家の子息を部下に置くアルドさんって騎士団の中でけっこう偉い人なんじゃ...

僕を乗せている気のいい先輩騎士をちらっと見る。

あとで聞いてみよう。







「えぇ!? No.3!?」

「そうです。凄いんですよあの方は」


ホールントンの騎士団の館。

そこの2階の窓際で、僕とハイルさんは話をしていた。

みんな長旅で疲れているため今はしばしの自由時間だ。


いやいや今はそんなことよりアルドさんだ。

彼、なんと騎士団のNo.3だった。

つまりグレン団長、サラ副団長に次ぐ方なのだそうだ。


「2年前にサラ殿が副団長になるまで、アルド殿が副団長をやられていたのですよ」

「えぇ...!? 聞いてないですよそんな話...」

「あまり自分の話をされない方ですからね」


トランの北口砦の部屋に入った時、4つしかない椅子の1つに座っていたためそこそこ偉いのかなとは思っていたが、まさか元副団長をやっていたとは。


「どんな人にもフレンドリーに接される方ですが、決して無礼な態度は取ってはいけませんよ。敬うべきお方ですからね」


そう言い、ハイルは去っていった。

僕はその場に立ち尽くす。


ーー僕の背中にかけるのだけはやめてくれよーー

ーーどうでしょう...盛大にやっちゃうかもしれませんーー


「これは...クビか...?」

道中アルドと交わした様々な会話を思い出し、僕は頭を抱えた。










ーーー










 ただいまー


扉を開ける

半年前に借りた西区の新しい我が家に僕は帰宅した

僕の実家の孤児院からも遠くない物件だ


 おかえりー 早かったわね


中から帰りを迎える声が聞こえる

声だけだ

僕がわざわざ出迎えなくていいよと言ったのだ

負担になるからと


リビングを抜け寝室に入ると いつものように彼女がいた

トリシュナが ベッドに半分横になりながら僕にエヘッと笑みを浮かべる

僕は側に行き 彼女とキスを交わしてからその場のイスに座る


 今日フレンが来てたんだって?  母さんから聞いた

 そうなの 私がずっと家にいるの暇だーって言ってから よく喋りに来てくれて

 それはよかった あいつ 俺のグチとか言ってなかった?

 ふふ それは内緒〜


これは言ってたな

大袈裟にため息を吐いてみせてから 2人でおかしそうに笑った


笑い終わってから 僕は彼女のお腹に そっと手を添える

大きく膨らんだそのお腹に そっと手を添える

彼女と その中にいる小さな命に そっと手を添える


彼女は ふと一滴の涙を流した


 ど どうしたんだいシュナ!?

 違うの 嫌なことがあったんじゃないの 逆で とても幸せで...


その言葉に 僕もつい涙腺がゆるみ下を向く

僕らは昔から 涙脆(もろ)いんだよな


彼女は下を向く僕を見つめながら 満ち足りた顔で 幸せな表情で 小さくつぶやいた


 ごめんね












目を覚ます。




ここはどこだ?

布団が並び、大勢の騎士団員たちが深い眠りについている。

そうだ、ホールントンの騎士団の館だ。今は遠征中だ。

あれ、僕はいま何を...



そう思った瞬間、僕の頬に一滴の涙が流れた。

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