12話「上司と部下」
トラン
トランディア王国の首都であり、直径11k㎡程の円型の城郭都市だ。
我々と同じく常に魔物襲来の危険を秘めた国であるため、首都トランにも長さ30kmと謳われる外壁が街の外周を覆っている。その城壁の東西南北にそれぞれ門と砦が取り付けられ、各方向からの刺客に目を光らせている。それもすべて『自業自得』と表現せざるを得ないのだが。
またその巨大さ故に民の徒歩での移動が非常に困難となる。そのため都市の中では馬手線と呼ばれる乗合馬車が外回りコースと内回りコースの2箇所で走っており、区を跨ぐ移動の場合は馬車に乗るのが基本だ。だが我が国にはない「魔法」が存在する国。奇天烈な移動方法も存在するらしく....
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
バラシュテン帝国
ベル・トレファー著『ガリフォアの都市』
「あれ、魔法の畳で行かないの?こっちの方が早いんじゃない?」
「お金かかるからダ〜メ。馬車で行くわ」
「へいへい」
ゴーグル亭を出た僕とトリシュナは、今朝まで僕とフレンの住処だったはずの【ウィンドウッド西館】にこっそりお邪魔し、必要なものだけ部屋から回収した後、西区のバシャ停に向かい歩き出した。
西区外回り側のバシャ亭に着き、数分後に来た乗合馬車に乗り込む。
僕らは北区に向かう。外回りが時計回り、内回りが半時計回りで進んでいるため、僕らが住む西区から北区に移動する場合は外回りの馬車に乗るのが早い。
中に入ると乗客は思ったより少ない。もう夕暮れ時だからだろうか
最前席にお婆ちゃんが1人、最後席にカップルかな?若い男女の2人が座る。
1+2の3人だけ。
僕らは真ん中あたりの席に座る。すると後ろの2人から声が聞こえた。
「え、ねぇねぇ!あの人もしかして昨日の勇者様じゃない?」
「いやいや、勇者様がこんな乗合馬車に乗る訳ないだろ。魔法の畳で移動してるさ」
「それもそうね。でも似てる気が...」
う、嘘だろ。。昨日の今日でもう都民の多くに顔を知られているんだろうか。
勘弁願いたい。横でトリシュナがおかしそうにしている。
「あら、あっという間に有名人様ね!丁重にもてなさなきゃ」
「......その有名人様を乗合馬車に乗せてるのは誰だよ。おもてなしが足りないんじゃない?」
「私たち親友でしょ?わざわざそんな気遣いいらない仲だと思うの」
こんにゃろう。じゃあ最初からもてなしがどうとか言うな。
「あ〜あ。久々に魔法の畳乗りたかったなぁ」
馬車の窓から上を見上ると、そこには空飛ぶ畳とその上に乗る4,5人の乗客。
魔法の存在しない帝国あたりの人たちが見たらびっくら仰天、腰を抜かすだろう。
あれは大量の風を魔術具で出現させ、それを魔術師の運転手が器用に操ることで可能となる移動手段だ。
風魔法を扱える魔術師の中でも、常に風の軌道を安定させ事故の起こさない優秀な者にしかできない芸当なのだそうだ。
またなぜ畳なのかと言うと、あれが一番安定するからだ。
一時期「魔法の絨毯の方がカッコいいじゃん!」と貴族のボンボンが文句を言い導入されかけたが、ペラペラすぎて安定感がなく、端に寝そべっていたそのボンボンが落下し怪我をするという事故が起きてから禁止になった。
今は「畳でよくね?」という結論に落ち着いている。
「ていうか、騎士団って交通費とか出ないの?フレンは魔学行く時よく魔法の畳使ってるみたいだけど」
「出てるわよ。あ、出てるっていうか、乗合馬車が無料で乗れるのよ。騎士団員はみんな」
「えぇ!?無料で??そ、それって通勤時以外も!?」
「え? えぇそうよ。騎士団員はプレートを見せればいつでも無料で乗れるわよ」
「ま、ま、まじか...お、俺もこれから騎士団に入るんだから、もちろん無料だよね!?
oh...神よ...これからは交通費気にして南区の市場まで1時間歩かなくて済むんですね...」
「あ、あんたたちどんだけ金ないのよ...流石に心配になってきたわよ」
「あれ、そういえばフレンは空飛ぶ畳に無料で乗れてたはずだけど、魔術学校と騎士団じゃ変わるのか?」
「ええ。魔術師団員とその配下の魔術学校の生徒は逆にあっちだけ無料で乗れるらしいわね」
ほほう。さすがは国の誇る二代巨塔だ。
それぞれの特権ってやつだな。
「あれ?でも移動時間とか快適さ考えたら馬車より空飛ぶ畳の方が断然いいよね。騎士団もあっち無料にしてもらった方がいいんじゃない?」
「そうよね!私もそう思ったんだけど、な〜んかいろいろあるみたい。馬手線組合との関係だとか、魔術師の使うものになんぞ〜だとか。よくわかんないけどいろいろね」
「なるほどね」
トリシュナ自身本当によくわかっていないようでふんわりした説明ではあったが、おおよそ理解できた。
要するにあれだ、利権とか敵対心とか、人が集団で生きる以上多かれ少なかれ発生しちゃう系のやつだ。
国の誇りと謳われる団体も、所詮は人の集まりってこった。
「ライ、着いてるわよ」
「え? あ、降ります降ります!」
世の中の黒い裏側に気づけたかの様な気にはなれたが、いつの間にか北区のバシャ停に着いていたことには気づけなかったらしい。
「さぁ着いたわ。ようこそ勇者様、騎士団の北門砦へ」
馬手線を降りてから5分程歩いていると、トリシュナから到着のご案内。
顔を上げるとそこには街の外壁と同じ高さ、10mはある立派な砦がトラン北門を覆うように佇んでいた。
「騎士団かぁ...」
勇者に指名された僕は翌日から早々、トランディア騎士団への出勤が命じられていた。
しかも早速の遠征だそうだ。
「さぁ行くわよ!先輩の私が砦の中を案内してあげるんだから!」
ーーー
「はぁ...はぁ...着いた..確かここよ。確か、多分」
「あ、そう..。もう違っても今更怒らないから安心してくれ」
トリシュナが門番と言葉を交わして砦の中へ入ってから、もう1時間ほど経っていた。
妙に複雑な通路とバラバラな階段に若干迷いながら、訂正。
かなり迷いながら、いや訂正。
正直めちゃくちゃ迷いながら進んでいた。
どこか目的の部屋があるようなのだがトリシュナは進むごとに顔を険しくし、「確かここよ」と言いながらもう3回部屋を間違え、その度に中にいた騎士たちに怒られている。
4度目の正直、トレシュナが扉を開ける。
ガチャ
「おお、砦の男子トイレって意外と綺麗だね。好ポイント。シュナの目的の部屋ってここ?」
「............違うわよ!!」
「でしょうね!!」
2人の声が虚しく響く。するとその声が届いたのか、廊下の先にある扉が開き中から騎士らしき女性が出てきた。
「あ!やっぱりトリシュナだ!遅かったじゃない!早く来て」
「あぁ、ステラ!あなたなのね!またあなたに会えるなんて!じゃあそっちが正解の部屋なのね!この迷宮の出口なのね!」
いい加減泣きそうになっていたトリシュナは知り合いの顔を見つけ、腕を広げ駆け寄る。感動の名シーンのようだ。
ここまでの(砦の中での)長旅を思い返すと本当に泣けてくる気もする。
ステラと呼ばれた騎士は大袈裟なトリシュナを軽くあしらいながら僕に視線を向ける。
僕も2人の側まで行くと、彼女は部屋の中に招き入れた。
「サラ副団長。トリシュナと勇者様が到着いたしました」
「........そうか」
トリシュナに続き中に入る。
中には思ったより人が集まっていた。
部屋の真ん中に木製の机と4つの椅子。机の上には複数の羊皮紙が乱雑に並べられ、椅子に4人の人が座る。そしてその周りを7~8人の騎士が立って囲っている。壁を見ると剣や槍、斧などさまざまな武器が立てかけられていた。
部屋自体はそこまで広くはないが、この北口砦の要となる部屋だということは何となくわかった。
すると座っていた4人のうち1人が立ち上がり、こちらに近寄ってきた。
「トリシュナ一般兵!」
「は、はい!」
あ、この人は。昨日会った人だ。確か..何とかの戦姫と呼ばれていたサラ・シルフ副団長だ。
彼女はトリシュナの前で止まり、じっと見つめた。
「そなた、今さっきいくつの鐘が鳴ったと思っている? 7の鐘だ。もう日が沈んだな。私はそなたに何と命じた?」
「ひ、昼の4の鐘には来いって...。で、でもでも!ライが家にいなかったんです!見つからなかったんです!それで..」
「なるほど。それでそなたは朝から今の今までずっと彼を探していたのか?」
「い、いえ!ライとは幼馴染なんです!どこに行ったかくらい私にはわかります!昼前には見つけ...て...あっ」
そこは、ずっと探してましたの方がよかったかもな。
「ほう?昼前に見つけておいてここに着いたのは日が落ちたあとと」
「だ、だ、だって!!気持ちよさそうに寝てたんだよ!?起こせなかったし、私も昨日のことがあって眠くなっちゃって....あっ」
横でステラが「はぁ.. 」とため息を付き一歩離れる。
それと同時に、バツが悪そうにモジモジするトリシュナの頭に拳が振り下ろされた。もちろん最初はグーだ。まぁ2回目以降もグー以外ないのだが。
ゴンッ
ーーー
「ではトリシュナと勇者様も来られたことですし、遠征の詳細を説明をした方がいいですね」
ステラが書類に目を通しながら言う。
あ、僕らへの説明か。急にお叱りタイムが始まってしまいタイミングを逃したが、ずっと黙って立ってるのはよくないだろう。周りの騎士も多くが僕を見ている。
「あ、挨拶が遅れてしまってすみません。ライアートと申します。恥ずかしながら明日から何をしに、どこへ行くのかもあまり把握できてなくて、説明いただけると助かります」
「あっ」
「え!何するか聞いてないんですか?」
トリシュナの声とステラの疑問が同時に出た。
キッと睨むサラ副団長、サッと顔を逸らすトリシュナ。
シンクロしている。
「え、えーっと、今回の我々の任務は一言で言えば見回りと護衛です。明日の早朝に北門よりトランを出発し、10日ほどかけて都市を2つ回りながら“森”を巡回します。
目的は物資の配達、帝国への牽制、“森”の状況把握などが主。まぁその他にもいくつかありますが。
緊急時を除いて、騎士団員の主な業務はこの見回りになります。それを覚えてもらうためにも、急ではありますが勇者様にも今回の遠征に同行していただくことになりました。何か疑問点などはございますか?」
「なるほど..。あ、あの、疑問はないのですがその呼び..」
「様、という敬称とその敬う言葉遣いも不要であろう、ステラ」
サラが資料から視線を外さずに言葉を挟んだ。
「確かに彼は古来より伝説とされる“勇者”に選ばれた者だ。個人個人で敬いの心を持つのも自由。だがここはトランディア騎士団の守る砦の中での、騎士団の会議の場だ。この場では、彼は今日入団したばかりの新人一般兵でしかない。そんな彼に敬称は不要なはずだ。今回の遠征への同行も、勇者に関係なく新人にはみな行ってもらっているもの。ライアート一般兵、そなたもそれで構わないだろう?」
「え? あ、はい。もちろんです!」
有無を言わさぬ問いではあったが、事実ぼくもそちらの方がありがたい。
丁度言おうとしたところを副団長が代弁してくれた。
確かにこういうのは僕が言うより上の立場の人の方が効果はあるだろう。
厳格でありながらも、周りをよく見ている。優秀な人だなという印象を受けた。
ゴーグル亭で初めて視線を合わせた時、なにか暗い影のようなものを感じた気がしたのだが、気のせいだったかな。
「そうですね。以後気をつけます。ではライアート君、今日のうちにここ北口砦の内部だけでも誰かに案内を...」
「あ、ここの構造ならさっき迷いまくってそこら中回ったので、一通り理解しました」
「ちょっ」
「迷...あら、そう」
再びシンクロ。
優秀な上司と、無能な部下だ。




