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愛された勇者  作者: 山口 颯
12/14

11話「一文無し勇者」


「ほぁ〜〜、今日もいい天気じゃ…」


【ウィンドウッド西館】の管理人、ボランドは蓄えた白髭を撫でながら大きなあくびをした。

部屋の外に出て辺りを見渡す。

昨日、勇者が選ばれたとかでこの辺りも随分騒がしかったが、朝になり日常の静けさが戻ってきたようじゃ。

青い空、燦々と輝く太陽、小鳥の鳴き声、澄んだ空気。これじゃよ、これこれ。求めている日常じゃ。

ボランドは静かな朝を噛み締めながら、大きく深呼吸を…


ガシャン!

「なんだこいつ!すばしっこいぞ!」


非常に不快な音と声が2階のどこかの部屋から聞こえた気がした。

ムカムカと心に棘が生える。

い、いや、気のせいじゃ。聞かなかったことにしよう。

さぁ朝の散歩にでも…


バシャン!

「おい!魔法使うなって言ってるだろ!」


気づくとボランドは2階への階段を上っていた。

誰じゃ気分のいいときにワシの管理するアパートで騒ぐ野郎は。

階段を上り2階の共用通路に入ると、扉が4つ。


【ウィンドウッド西館】は1階に4つ、2階に4つの計8部屋がある共同住宅。

部屋を借りてる誰かが朝っぱらから騒いでいるのだ。

騒ぎがどの部屋からかはすぐにわかった。1番奥の部屋じゃ。

確かここにはライアートとか言う小僧と、その妹が2人で住んでいたはず。

1人用の部屋に2人住まわせて欲しいと懇願してきたことがあり、印象に残っている。

飯屋のゴーグルとは知り合いだったため奴の顔を立てて許可してやっていたが、これだけ騒がしいようなら場合によっては…

そう思いながらボランドは扉に耳を当てる。

中から騒がしい声が聞こえてきた。



「こいつ!全然捕まらない!」

『パペペ〜』

「あぁ!私のベッドに乗らないでよ!毛が落ちる!」

「今なら捕まえられる。隙あり!」

「こら!ライまで乗るな!」

「鳥を捕まえるのが先だろ!文句言うなってアア!逃した!おいフレンそっち行ったぞ!」

『ポピピー』

「いい加減に…アクアボール!!」

「ておい!だから水魔法使うなよ!部屋がびちょびちょじゃないか!」

『ペポポ』



なんという騒ぎ具合。

それに部屋がびちょびちょじゃと…!?

ボランドは全身がワナワナと震えるのを感じた。

すぐさま階段を降り自分の部屋に戻ると、マスターキーを持って再度2階へ。

扉の鍵を勝手に開け、ノックもせずに扉を開け放った。


「おい!小僧共!じゃかしぃ…って、なんじゃあ? 鳥ぃ?」


扉を開け部屋に一歩入ると、目の前に小鳥が飛んできてボランドの鼻にガシッと止まった。なんじゃ?前が見えない。


『ポペ?』

「か、管理人…さん…!?」

「今なら当たる!アクアボール!」

「お、おいフレンやめ…」

『ポ!?』


女の声が聞こえた途端、鳥が鼻から飛び立ち視界が開ける。すると今度は目の前に水の玉…


バシャァ

「おわわぁぁ!!」


水の冷たい感覚と衝撃が顔にかかる。

驚きのあまり後ろに倒れた。






---






非常に、非常にまずい。とてもまずい。

フレンの放ったアクアボールが怒鳴りこんで来た管理人さんの顔にクリーンヒットし、確か70ほどのお歳になる彼は倒れ込んだ。

「いたた…何が起きた…」と濡れた顔を拭っている。


怒鳴りこんで来た理由もなんとなくわかる。騒がしかったに違いない。

そして鳥のせいで部屋の中は大惨事、目も当てられない。

ただでさえ2人暮らしという無理を言っているのに、これは…

フレンの顔を見る。水魔法を放った格好のまま硬直し、この世の終わりみたいな血の気のない顔をしている。頼りにはなりそうにない。

まずいまずい、どうにかしなければ。


「か、管理人さん!大丈夫ですか?」


管理人の元に駆け寄り手を差し伸べるが、無言でパシッとその手を弾かれた。

彼は立ち上がり部屋を見渡す。

散らばった家具、所々傷付いた壁、そこら中びちょびちょに濡れた床と天井、そして『ペッペポ〜』と呑気に鳴くインコのような鳥。

全体を見渡し、ふぅと深呼吸をした彼は、穏やかな笑みで僕を見た。


「一応、そう一応話は聞いておこうかのぉ。何か言いたいことはあるかの?」


な、な、何か言わなければ。これには深い訳が…


「あ、あ、あ、あ、あ、あの、すみません妹が料理してたんですが水があらぬ方向に行っちゃいまして妹もまだ若いのでミスはありますよねごめんなさい。床が濡れてるのは掃除しようと思ったからでこのアパート基本汚いじゃないですかだから雑巾掛けしたんです。騒がしかったのはちゃんと指示出したかったからであと管理人さんお爺ちゃんだからどうせ耳悪いかなってはははほんとお世話になってるのでちゃんと掃除したくて朝からうるせぇって感じですよねごめんなさい。鳥、鳥、鳥がいるのはそのあのペットです可愛いかなと思って可愛くないですかねそんなことないですよねごめんなさい」






シーーーンと、しばらくの沈黙。

管理人は何かに耐えるように、もう一言。


「………ペットは……禁止だったはずじゃが?」


「あ、え、あ、すみません嘘です鳥はいつの間にかいました。あの嘘ついた方が丸く収まるかなってだって管理人さんもうお爺ちゃんだから騙せそうだなって思って優しい言葉かけといたら大丈夫かなって思ってつい」


「ラ、ライ…もう黙って…」


フレンがこの世の終わり、いやさらにその先の来世の終わりまで見ているかのような絶望顔をしている。

な、なんだよ?お兄ちゃんがこの場を丸く収めようと頑張ってるんじゃないか。

あれ、僕今何言ったっけ?


管理人と再び目が合う。

僕は一縷の望みをかけて笑いかける。


「あの、今ので…許してもらえたり…しません?」


管理人も、優しくほほえんでから


「今すぐ出ていかんかああああい!!ガキ共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


全力で謝りながら、僕とフレンは部屋を飛び出した。











---








眠い...んん?コーヒーの香り...?


目を開けると、そこにはフレンと父さんがいた。

記憶の中の父よりやや老けた姿だった。まさに今生きていたらこんな感じだろうといった程度に(しわ)と白髪の増えた父だ。


その父とフレンが、コーヒーを飲みながら仲良く談笑している。それを少し離れた場所から僕が見ている。

ぼんやりとしているが…この場所は…あぁ、懐かしい。

昔の孤児院施設だ。ゴーグル亭用に内装を変える前の。

花柄の壁紙、大きめの窓、まとめられた子ども用の玩具、当時のままだ。

あれ、2人が使っている机と椅子、あんな茶色い綺麗なものうちにあったっけ…?


まぁいいや。なんたって、これは夢だしね。

歳をとった父が、立派に育ったフレンと笑い合う姿。

夢みたいな光景だ。そう、夢なのだ。

父は10年前に死んだ。この光景を目の当たりにしても、その事実だけは動かない。


2人の元に、母さんもやってきた。椅子に座り談笑に加わる。

だが、母の顔だけモヤがかかったようにはっきりとしない。

あれ、母さんってどんな顔だったっけ?

まぁいいか。

フレンと両親が仲良く団欒。

こんな幸せな夢を、僕は見たかったのだろう。


フレンが、僕に見せたこともないような笑顔で喋っている。

その笑顔に、僕の胸は激しく痛んだ。

ごめん…本当にごめんよフレン。僕がすべて悪いんだ。

君のその笑顔を封印したのは、すべて…


ふと、父がこちらに目を向けて笑顔で何かを言った。


      なにしてる。おまえも来いよ


そう言った気がした。

僕は首を横に振る。

いいや父さん、僕はそこに行っちゃだめなんだよ。

3人と一緒に笑顔で机を囲むことなんて、そんな幸せなこと僕には許されない。決して許されない。

その証拠に、僕の体は沈み始めている。足が床に沈み、その場から立ち上がることなど、3人に近づくことなど許されないとそう言われているのだ。


それにしてもこの夢、随分とリアルだ。

3人の動き、表情、皺の数。少し様変わりしている部屋は、本当に10年の月日が経っているようだ。

まるで、まるで本当に……


ダン!と、急にフレンが立ち上がり、言った。


いらっしゃいませ!!!




「はぁぁぁぁ!?!?」


大きな声を出して、僕は硬い床から起き上がった。

なんだ、夢か…て、夢とわかっていたはずなのに何を落ち込んでるんだか。

周りが薄暗くよく見えないが、壁の奥が騒がしい。


「こ、腰が痛い…」


硬い木の床で眠っていたため腰が痛い。

すると横で声がした。


「んん…うるさい…ライのくせに…」


横でフレンが眠っていた。寝ぼけながらも兄を愚痴っている。くせにって何だよ。

軽くデコピンでもしてやろうと思ったが、さっきの夢に胸がチクリと痛み、何もせず僕は立ち上がった。


『パパパ』


ふと疎ましいような鳴き声が聞こえ振り向く。

そこには案の定、今朝の青い鳥がいた。

フレンのお腹の上にいた。


「おまえ...マジで何者なんだ?」

『ピッピ?』


彼ピッピとでも言いたいのかこいつは。いちいち腹の立つ鳴き方をする。

しかもこの鳥、どこか見覚えがあるかと思ったのだが、ゴーグル亭の地下倉庫にあった父の木箱、あれを開けた瞬間にちらっと見えた鳥だ。

一瞬だったが、この鳥だったと思う。

っと、それは一旦後回しだ。


状況を思い出す。

管理人に部屋を追い出されて、一睡もしてない僕らはどうにか寝る場所を求めて...そうだ。

ならここの扉の先の喧騒は…

固まった体をほぐしながら扉を開けた。


「エール2つ追加と、ビーフサラダに豚肉のトキトゥラっすね!了解っす……ってうぎゃぁぁぁぁ!!」


扉の先は、大衆食堂。我らがゴーグル亭だ。

目の前には常連の武器屋と防具屋のおっちゃん達と、注文を受けるミアがいた。何故かひっくり返っている。


「ミア、おはよう」


「あ、おはようライっち…て違う!なんでここにいるの!?あとどこから出てきたの!?」


「あぁ、ちょっと住む家がなくなってね。食堂の横にこの小部屋があったの教えてなかったっけ?大工さんが扉の色を周りの壁と同じにしちゃったのと、半年前にこっち側のドアノブが取れちゃったのもあってパッと見はただの壁なんだけどね」


「こ、こんな見事な隠し部屋が偶発的に生み出されてたなんて…あと最初にサラッととんでもないこと言った気が…」


「おぉライ、起きたか。長いこと寝とったのぉ」


調理場の方から声がした。ゴーグルだ。

僕は彼の元へ駆けていく。


「ゴ、ゴーさん、すみません!

 声もかけず勝手に上がり込んで寝ちゃうなんて…ただこれには事情があって…」


僕とフレンがここに来た時はまだ早朝で、客はもちろんゴーグルや従業員は誰もいなかった。

睡魔が限界だったため鍵を開けて勝手入らせてもらっていた。

だがゴーグルは気にも止めてなさそうに笑う。


「ええわいええわい、そんなこと。起きてみたら2人がここで寝てるもんじゃから驚きはしたが、ここはあんたらの家同然なんじゃ。自分の家に上がるのに誰かの許可がいるんか?」


「いやそんな……ゴーさん……」


この人はいつもこうだ。この人は僕らを助けることを、いや、僕らだけではないんだろう。目の前の人を助けることになんの躊躇いもしない。

だから、親友の子どもというだけでガキ2人の面倒を育つまでするし、親友の望みというだけで孤児院と預かり屋を受け継ごうとする。

ゴーさんには、おそらく一生敵わない。


「あ、そうだ。昨日もほんとにすみません。結果的に騎士団の人たちが来て店を荒らすような感じになっちゃって…」


なんかさっきから謝ってばかりだ。不甲斐ない。


「あぁ…おぬしがな…流石のワシも動揺が隠せんかったわい。おぬしも、何も解っとらんのじゃろう?ガゼルやミアから話は聞いたが」


「はい…何の前触れもなく、日常から急に迷路に放り出された感じです…僕なんかが…勇者なわけが…」


言うつもりはなかったが、つい弱気な本音が出てしまった。本当に情けない男だ。


「ガハハ、そうか。じゃが、一度迷路に入ってしまったんならもう仕方ない。戻れんのじゃろ。割り切って出口を探すしかなかろう。幸い、1人で潜り込んだわけでもないしの」


「……??」


「おぬしは、たった1人きりで出口への通り道を探さにゃならん状態か?」


…....?

あぁ、そういうことか。

やっぱり、この人には敵わない。

そうだ。確かに僕の問題ではあるが、だからと言って迷路に独りっ切りではない。

現にこうやって背中を押してもらえる以上、独りではない。

本当に幸福なことに、僕は仲間に恵まれたいるのだ。

こんな途方もない状況でもなんとかなるんじゃないかとは思えるくらいの仲間に。


「ありがとうございます。ゴーさん…

 もう入っちゃったんだから、認めるしかないんですよね。少しだけ前を向けたような気がします」


「ライっち、涙腺崩壊?」

「しないよ。てかいたのかマリ」


泣きそうだが、ここで泣いちゃ男がすたるってもんだ。

目の前の男ならそう言うだろう。

ゴーグルはニッと口角を上げた。


「そうか。ほんじゃぁまずは、出口を探すために一歩踏み出さにゃならんな。そこの眠れるお姫様を起こしてやりな」


眠れるお姫様??

ゴーグルが指差したのは客席。その方向を向く。


「えぇ、トリシュナ?なんでここに??」


そこでは、目立つ赤髪を携えた可愛いお姫様がグゥすか寝息を立てていた。

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