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愛された勇者  作者: 山口 颯
11/14

10話「兄と鳥と妹と」


「待たせて悪かったな。もう眠いだろ?」

「…………」


「剣、重いだろ?僕が持つよ」

「…………」



仲良く帰りを共にする兄妹の会話?の一幕である。

辺りが明るくなっても続いた深夜の大騒ぎは、朝の1の鐘と見回りに来た騎士団長グレンの「いい加減やめろや」の一声で終わりを迎えた。


民衆たちは最後に勇者の僕に何かしら声をかけてから帰路についた。僕もクッタクタになりながらベンチに座っていたフレンと共に噴水広場をあとにした。


祭り中いくら話かけても無反応を貫いたフレンであったが、僕が「帰ろう」と言い歩き始めたら一応その後ろをトコトコと着いてきた。2mくらい距離を置いて。



「なぁ、何をそんなに怒ってるんだよ?

 何度も言ってるけど僕が勇者だったなんて全く知らなかったんだからな?」

「……………」


「もしかして眠いだけなのか?

 それとも熱でもある?額出してくれ」

「……………」


熱を見ようと近づくとフレンは無言のままザザッと下がった。2mを保っている。

なんだこれは…。

再び僕が歩き出すとちゃんと着いてくる。

バッ!と止まり振り向くと彼女もピタッと止まる。

また歩き出しバッ!と止まる。面白い。


「チッ」


フレンが舌打ちをする。


「あ!今喋ったな!今喋った!!」


そんなことをしていたら家に着いた。

部屋に入り、フレンは背負っていた剣を机に立てかける。

あの時のミアの反応を見る限り相当重かったはずだ。

僕が「持つよ」と言っても最後まで意地になり渡してくれなかった。


僕は今すぐ眠りたいという欲求を我慢し、洗い場に入り全身の汗を流した。

洗い場と言っても人が1人立っていられるだけの狭い空間で、シャワーも蛇口もない。魔道具で水を出すだけだ。

早めに出て、同じく1人が立てる程度の脱衣スペースで服を着る。

「お先」と言いながら部屋に戻ると、フレンはムスッとしたまま入れ違うように脱衣スペースに入っていった。




僕は部屋にある2段式ベッドの下段に腰掛け、ぼんやりと部屋を見渡す。

6畳の部屋に、合わせて2畳ほどの脱衣・洗い場・物置スペースが着いただけの、2人で住むには狭すぎる部屋だ。

部屋の真ん中に小さい机と椅子2脚が置かれ、角に2段ベッド、その横に出入り口のドア。反対側に調理台と、物置や洗い場スペースに入る通路がある。


この部屋は僕が14になり初頭学校を卒業したときに借り始めたものだ。

いつまでもゴーグルに、周りに頼って生きる訳には行かないという決意を自分自身に強く持たせるために借りた部屋だった。

とりあえず僕だけ用にと思っており、当時12の妹はあと少しゴーグル亭に預かってもらおうと思っていたのだが、フレンが付いていくと言って聞かなかったため一緒に住むことになったのだ。

3年前の話だが、あの頃からフレンは一度意地になると譲らない子だった。


僕は布団をかけて横になってみるが眠れそうにない。 疲れはとっくに上限を超えているはずなんだが。


「ベッドに入れば、話してくれるよな」


そうひとりごちているとフレンが部屋に戻ってきて、少ししてからズカズカと上段ベッドに登っていった。


しばらく静寂が6畳の部屋を満たす。

とっくに登った朝日が部屋の中を執拗に明るく照らす。

僕は目を瞑り、ただ待った。








「本当に、ライが勇者なの?」


どれくらい経っただろうか。

彼女はようやく、ようやく小さく尋ねた。

ピンと張ったフレンの意地が緩むのは、昔からベッドの中だった。

僕は真上に向かって語りかける。


「わからない。

 でも、儀式で名前が出たのは本当みたい」


「そう…」


「勇者だなんて知らなかったってことは、

 信じてくれてるんだろう?」



僕の問いに彼女は少し間を置いて答える。


「ライが、知ってて黙ってたなんて思ってない。

 ライの隠し事にはすぐ気付く」


どうやら本当に僕って分かりやすいらしい。

懐疑的だったが妹がそう言うのなら、そうなのだろう。


「じゃあ、フレンはどうして…?」



そう問うとまた長い間沈黙。

しばらくして彼女は話し出す。



「……………勇者の言い伝えは、いくつかあるよね」


ギクリと僕の胸が反応する。まさか。



「…………勇者は、みんな短命なの」



そう言うフレンの声は、震えていた。

僕はギリと歯軋りをする。


フレン……知ってたか……そりゃ知ってるよな……


世間の常識に乏しい僕でも知っていたのだ。フレンが知らないとはとても思えなかったが、それでも願わずにはいられなかった。

妹にこんな震えた声を…出して欲しくはなかった。


太古から続く勇者の歴史には、様々な言い伝えがある。

勇者と魔王が同時期に生まれること、5歳のときに選定の儀で選ばれること。

そして、選ばれた勇者はほぼ例外なく短命であること。

それは、今夜勇者に選ばれたライアートにももちろん当てはまるのだろう。



トランディア国民であれば誰もが一度は聞いたことのある言い伝えだ。当然、今日の祭りにいた大勢の人々もみな知っていただろう。

僕と話すとき、雲一つない満面の笑みで僕に語りかける人など誰一人としていなかった。皆の目には総じて哀れみや同情の感情が少なからず含まれていた。


だが決してそれを口に出さずに、その思いがあるからこそ祝えと、勇者に心からの感謝をと民衆たちが踊り狂っていたことを僕はちゃんと理解していた。


「こんな……こんなの…おかしいじゃない……

 どうしてライは…平気な顔でいられるの…?」


だがそんな暗黙の了解など妹のフレンにとって心底どうでもよかった。

こんな運命を兄に押し付けた“何か”にも、運命を知りながら祝い続ける民衆にも、運命を受け入れたかのように平然と振る舞う兄にも、フレンは腹が立って仕方がなかった。


その妹の真意に対し兄は答える。


「断れるなら別だけど、これが避けられないものなら、もう受け入れるしかないと思って」


「だから…それが私にはできないって言ってんの…!」


兄の悟ったようなその口調が、フレンの感情に輪をかけた。

だがライアートからしたら、妹がこう言ってくれるだけで十分であった。兄の自分を想ってくれているという事実だけで。


「僕は幸せ者だな」


「ダアアアア!!このオタンコクソボケナスが!!!」


兄の言葉にとうとうフレンの堪忍袋の緒が切れた。

大声を張り上げ、上段ベッドから梯子を使わずジャンプして床にドン!と着地。

振り向きざまに水魔法を使い頭サイズの水泡を僕の顔にぶっ放した。


「ブハァ!」


僕の顔と枕、そして後ろの壁がびちょびちょになる。


「おい!何するん…ヒッ」


ライは顔を拭い文句を言う。怒りながらフレンの方を向くとそこにいたのはただの般若。

それはそれはおっそろしい顔であった。


「うっさい!!バカライは何もわかってない!!」


「だ、誰がバカだよ!俺だって勇者なんてやりたくねぇよ!短命って知って喜ぶ馬鹿がどこにいるんだよ!!」


「………ッ!」

 

フレンの顔が一瞬悲痛に歪む。だがすぐ持ち直す。


「でもやっぱりライは何も分かってない!何が幸せ者よ…」


「それは事実さ!勇者なんてのは死んでも御免だけど、フレンにああ言われてそう感じたのは事実だ!」


「私は!!!どうなるのよ!!!」




その叫びに僕は戸惑う。




「ど、どういう意味だよ…?」


「ライだけ勝手に幸せ感じて死ぬわけ?私を残して」


「そ、そんなこと言って…」


「言ってるじゃない!」


「ブハ」


そう叫び水弾をもう一撃喰らわせてくる。

僕は魔法が使えないのに、卑怯なやつだ。


「とりあえず!!とりあえずそれやめ……?」


言い返そうと再び顔を拭うと、フレンが床に崩れ落ちて机にもたれていた。


「お、おい。どうしたんだよ…?」


「うるさい…!ライはいつもいつも…うぅ…自分自身には目を向けないで、周りばっかり…!」


「……?何を言って…ておい、その机には剣立てかかってたろ。倒れたら危ないぞ」


「そういうところよ!今アンタの話してるんでしょ!私のことは放っときなさいよ!」


「そういう訳には……て、あれ?

 フレン、剣はどこだ?そこに立てかけてたよな?」


「え?あれ、ほんとだ…ここに置いたはずなのに…

 て、そんなこともどうでもいいわ!!今はライの話をしてるの!!」


「いやいや、剣が消えたんだぞ!?流石に気にしろよ!

 それにあれは父さんからの…」


「うるさい!とにかく!私が言いたいのはライが…」





『プペポッポポポ〜〜〜』





ヘンテコで甲高い鳴き声が、6畳の部屋に響いた。

なんともこの場に相応しくないそんな鳴き声に、感情的になっていた僕とフレンの頭が一瞬フリーズする。

その一瞬のあと、即座に2人は同じ方向に振り向いた。

部屋の端、調理台の上にそいつはいた。


『ペポ?』


水色の体に白い頭、まん丸く真っ黒な目に、黄色い(くちばし)。体長20cmほどの…インコ…?


『ぺぺッポ ポペッペ』


呆気に取られる僕ら兄妹を小馬鹿にしたような鳴き声を発しながら、その鳥はちょこんと佇んでいた。

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