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愛された勇者  作者: 山口 颯
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9話「2人の約束」


なぜこんなことになったのか。

いつもの日常はどこに行ったのか。


「勇者様のお通りだよ!どいたどいた!」

「待って待って待って!」


20〜30代の男4人が僕を神輿のように担ぎながら、南区の噴水広場を目指してグングン進んでいく。

その男衆の周りを民衆が囲んでいる。

王宮から付いてきた者、沿道で見守る者、家の窓から覗く者など多くの人が伝説の勇者を目に焼き付けようと視線を向ける。

それは“崇めるためのお祭り”であった。


「あれが勇者様!?」「生きてるうちに見れるなんて」「案外普通の男の子ね」「ライ!」「勇者さまぁ〜!」

「国を救ってくれ!」「勇者!」「ねぇライったら!」


神にでもされた気分だ。もう耐えられない。

ふと、観衆の中に見知った声が聞こえた気がした。

縋るように声の主を探し、見つけた。



「シュナ!!」


トレシュナだった。僕を担ぐ男衆に並走するように真っ赤な髪を靡かせている。

幾度も見てきた幼馴染の顔に、僕はふと泣きそうなる。


「ライ!何がどうなってるの!?私まったく整理が付かないんだけど!?」


「僕が1番混乱してるさ!何でこんなことに!」


民衆の声が響いており、聞こえるようにお互い喧嘩でもしてるかのような大声で語りかける。


「もちろんライは!知らなかったのよね!?

 こんな秘密隠し通せる人じゃなかったはずよね!?」


「当たり前だろう!?僕が勇者だなんてどんな冗談だよ!?僕はそんな………こんな役目……」



その後の言葉は喉に詰まって出てこなかった。

込み上げる嗚咽、勇者に期待する観衆の目、トレシュナの心配した顔。それらが噛み砕かれたようにぐちゃぐちゃに合わさり、僕の喉を詰まらせた。



「大丈夫よ!」


……?

トレシュナの言葉に顔を持ち上げる.僕は涙を溜め込んだまま流さずに耐えた。



「私が守るから!約束する!

 誰が何を言おうと、誰を敵に回そうと、世界が滅んででも!ライは私が守る」


「何を言って…」


「本気よ!!この目を見て。私は本気。あなたを守る」



訴えかけるトリシュナの目は嘘を付いてはいなかった。

本気で世界くらい敵に回して見せようと、そう言っていた。



「だって私は……私は勇者のあなたを…………ッ!!」



広場が近づき歓声が一際大きくなった。

その歓声にトレシュナの最後の言葉は掻き消された。


「シュナ!今なんて…?」

「ウプゥ」


走っていたトリシュナが観客の1人に顔から激突した。

運ばれる僕と彼女の距離はみるみる離れ、僕の言葉が彼女に届くことはなかった。


「シュナ!!」





もし仮に、この時掻き消された彼女の言葉がライアートに届いていたならば、運命は変わっていたのかもしれない。







---







「な、なんだこれ!?何が起きてる!?」


噴水広場に着き、僕は思わず驚愕の声を上げた。

観衆とぶつかったトレシュナを心配し後ろに視線を向けていたが、ふと振り向くと信じられない光景があった。


そこには数刻前までの勇選祭とは比にもならない程の民衆が集っていたのだ。この世にこんなにもの人が存在したのかと感じてしまう程の数が。

もちろんいち大陸の中の一国、さらにその中のいち都市の人々に過ぎないのだが、生まれて初めてこれだけの大観衆を見た僕は、世界中の人がここに集まっているかのような錯覚に陥った。


「勇者様のお越しだ!!」


僕を担ぐ男衆の1人が広場で待つ大観衆に向けて大声を張り上げた。

大観衆の視線が一気に僕に集まり、僕は実感する。

ああ、心から家に帰りたい。


大観衆がゾロゾロと道を開ける。それは僕の家への帰り道を開けてくれた訳ではもちろんなく、道の先には勇者の像の立つ噴水があった。

よく見ると噴水にはプレハブのお立ち台が置かれ、さらにその上に真っ赤なシンフォニーチェアが置かれている。どこから持ってきたのだろうか。


大量の視線を受けながら開いた道を進み、男衆はようやく僕をおろしてから真っ赤な椅子に座らせた。

先ほど声を上げた男が1歩前に出る。


「みんなぁぁぁ!!!勇者様がこの場に来られた!!

 改めて宴を始めよう!乾杯だぁぁぁ!!!」


「うおおおおおおお!!!」「乾杯!!」「勇者様!」


男のかけ声と同時にまるで地響きのような大歓声が地を埋め尽くした。

後日聞いた話だが、南区広場でのこの歓声は、首都トランの最北端に位置するトラン北口砦で見張りをする騎士の耳にはっきりと届くほどであったらしい。

何せこの時、首都トランに住む国民の約8割が南区広場に集まっていたと言うのだから、歓声が届くのも納得であった。



民衆は長いこと祝い続けた。

食べて踊ってが繰り返される中勇者の前には長蛇の列ができ、1人ずつお立ち台に上がってくる。握手を求める者、言葉を託す者、僕のことを知りたがる者など老若男女が溢れかえっていた。






---






「随分お疲れの様子だな、勇者さんよ」


3.4時間が経ち列が一通りなくなった頃、前から声をかけられた。


「あ、ザードさん…みんなも」


そこいたのは数刻前までゴーグル亭に共にいた人たちだった。ザードにミア、ガゼル。

僕はお立ち台を降りてみんなの前まで行く。


「フレン」


妹の姿もそこにはあった。呼びかけると彼女はプイッとよそを向いた。あれ、なんか怒ってる?

するとミアが前に出てきた。いつになく不安そうな顔で、あまり見たことのないミアの表情だった。


「あの…ライ君は…勇者だったん…ですか?

 私、勇者とか魔王とかよくわかってないけど…

 伝説上の凄い人だよ…ですよね?」


上目遣いで少し怯えているようにも見える。いつも自然体で接してくるミアの敬語は違和感でしかなかった。


「ミア…」


「みんな頭こんがらがってるんだよ。昔からゴーグル亭の一員だったおまえが、急に伝説の勇者でしたーなんて言われてよ。事情を聞かせてくれねぇか?」


「ライ 頼む」


ザードがくしゃくしゃと頭を掻きながら言った。

ガゼルも同じように説明を求めているようだった。


「わかりました…ただ実のところ僕も全く分かってないんです。急に騎士団が来て勇者だとか言われて、王様の元に連れて行かれて話をして……王宮を出たら国民に勇者様と崇められて。何がどうなってるのか僕が教えて欲しいんですよ。信じてください…」


これが本音だ。信じてくれと言う他なかった。


「いや、つってもなぁ…」

「わかった 信じよう」

「はぁ!?」


ザードがさらに頭を掻きむしっていると、ガゼルが即答した。その優しい顔に僕はつい泣きそうになる。


「ガゼルさん…」


「顔を見れば わかる

 おまえは  器用なやつじゃない」


「ガゼルさん…?」


喜んでいいのかわからないが、ガゼルの微笑みは何よりも心強かった。するとミアも勢いよく手を上げる。


「わ、私もライ君を信じる!

 ごめんね…私、昔から仲良しのライ君が遠いとこに行っちゃった気がして怖かったんだ…」


「ミア…そんな風に思ってたのか…」


「信じる!ライ君は嘘付けるほど賢くないもんね!」


「ミア…そ、そんな風に思ってたのか…」


トリシュナにもさっき同じようなことを言われた気がするが、僕ってそんな単純バカだと思われてたのか…ちょっとショック。

だが今はそんな戯言でも心が救われる。

自分が、いつもの日常を強く求めていることに今更気が付いた。


「あぁー分かったよ。長くいるあんたらがそう言うなら俺はなんも言えねぇ。そうなんだろうよ」


ザードが仕方なぇなとため息を吐く。彼もどこかホッとしているように見えた。


「そうだ、ゴーグルのオヤジは無理させずに置いてきた。毎度のごとく行くと言って聞かなかったが、ここが大騒ぎになることは想定できたしな」


「それは…ありがとうございます」


「礼はいらねぇよ。オヤジとは長い仲だからな」


僕は頷き、改めて礼を言った。もうとっくに日は跨いでいるがみんな心配してくれていたのだろう。


「フレンも、心配かけたね」


改めて妹の方を向く。よく見ると背中に剣を背負っている。父からの置き土産の剣だ。

フレンは一瞬僕を睨んでからまたプイッと横を向いた。やはりなかなかに怒っている。


「お怒りだ…」


「勇者のことを家族の自分に黙ってたんだと未だに疑ってんじゃねぇかな。後でちゃんと説明してやりな」


「うーん…そうします」


ザードはコソっとそう言ったが、フレンが僕を疑っているのか?…どうもピンと来ない。


「じゃあ帰るわ。いい加減眠い」


ザードは最後にそう言い去っていった。

ミアとガゼルも流石に眠そうで、礼を言って帰ってもらった。

僕はまだ帰してもらえそうにないのでフレンにも先に帰るよう言ったが、下を向いたまま全く話を聞いてくれなかった。

こういう時のフレンは何を言っても無駄なので、近くのベンチに無理やり座らせて様子を見る。こんな時は時間を置くことが大事なのだ。


「ふぅ…」


疲れた僕は再びプレハブ台に戻り椅子に座る。

周りの民衆は相変わらず食べて、飲んで、踊ってを繰り返している。ほんと元気なこって。

椅子に座ってすぐ、意識が遠のきかけた。

これは…相当疲れてるかも…










「やっと…やっと着いた…」


椅子に座りながら半分意識が飛んでいたところ、聞き馴染んだ声が聞こえた。

前を向くと赤髪の女性がヘタヘタと寄ってきてお立ち台に上がってくる。

もちろんトレシュナだ。


「やぁ…シュナ…民衆を掻き分けてここまで来るのは…大変だったろう?」

「えぇ…ハァ‥ハァ‥…でも疲労…困憊なのは…お互い様みたいね?」

「まぁね…」


よくやく僕の元に辿り着いたトレシュナは膝に手をつきハァハァ言っている。


「改めてどう?勇者様と…崇められる気分は」


「まぁ…今のとこ地獄だね。モテる男は辛いよ」


「減らず口は叩けるみたいで…安心したわ」


確かに、そう考えるとまだ僕は大丈夫なのかもしれない。

さっきザードたちと話せたからかな。

あぁ、そうだ。

ちゃんと聞いておかなきゃいけないことがあるな。

僕はうなだれていた姿勢を正しトレシュナの目を見る。


「ねぇ、シュナ」

「何よ改まって」

「さっきの話、信じていいのか?」


膝に手をついて下を向いていたトリシュナがピクッと反応し、顔を上げた。


「何があっても、誰を敵に回してでも僕の味方でいてくれると、君は言ったね。あの話を、僕は信じていいのか?」


「ええ」


即答だった。


「何があろうと私はあなたの、ライの味方でいる。約束する」


その言葉に再び涙腺が緩むが、耐える。


「ありがとう。なら……なら僕も、君に誓おう」


「え?」


「僕も何があろうと君の味方でいるよ。勇者として、君の親友ライアートとして」


トレシュナの真っ赤な目が見開かれ、キラキラとルビーのように輝いた。


「ほんと……?何があっても私の味方でいてくれる?」


「ああ。幼い頃からそのつもりだけど、改めて誓うよ」



「そう………ありがとう」


トレシュナが目を瞑り、左頬に涙が一滴流れる。


「お、おいおい。泣かなくてもいいじゃないか。大袈裟だなぁトリシュナは」


先ほどから何度も泣きそうになっている自分が言える立場じゃないなと、心の中で笑う。

トリシュナは涙を拭くと、姿勢を正しピンと胸を張った。見上げるといつもの彼女がそこにはいた。


「よし!じゃあ最後に指切りしましょ!約束の証!」


そう言い彼女は、座っている僕に小指を差し出す。 

「うん」

僕も頷き、彼女の小指に自分の小指を引っ掛けた。


「約束、破ったら承知しないからね!」

「そっちこそ。明日には忘れたとか言うんじゃないぞ」


勇者の周りを踊っていた民衆の一部は、お立ち台の上で指切りをする2人を見ていた。

自信満々に胸を張る赤髪の少女と、照れ臭そうに微笑む勇者の姿。それは、画角に収めたくなるほどに微笑ましい光景であった。


トリシュナはフンッ!と嬉しそうに鼻を鳴らすと、台を飛び降り民衆の陰に消えていった。僕はその背中を見つめ続けた。


「君との約束…守ってみせるよ」


この日、プレハブ台の上で幼馴染の2人は約束を交わした。果たされることのなかった約束を。

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