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5話 稲妻、決着

5.


 地竜はふらつくように体を揺らし、大きな口から血をこぼしつつ、なおもそのたくましい足で地面を踏みしめている。そして残った片方の目で、極大の憎悪を込めて僕を睨みつけた。


 かなりの痛手を負わせられたことは確かだが、それでもまだ強大な竜種を倒すには至らない。もはやその首を落とすまでは打倒が叶わないのか。


 僕は一瞬撤退をも考えつつ、地竜の出方をうかがった。


 しかし、その中途半端な考えがいけなかったのか。地竜は全身の魔力を強く昂らせ、天に向かって吼え声を上げた。


「――グオオオォオォオオオォォォォオ!!」


 その瞬間、まるで地震が起こったかのように大地が揺れた。


 地響きとともに立っていられないほどの揺れに襲われ、僕は思わず地面に膝をつく。しかしその間にも揺れは続き、気づけば周囲全ての地面が隆起し始めた。


 竜種が持つ莫大な魔力が、魔法という現象に変換される。逃げ場などどこにもないような規模で、僕の周りの大地が壁のように盛り上がっていく。そして、四方を囲う壁が完成すると、今度は一様に僕目掛けて迫ってきた。


 ――このまま、僕を挟み潰すつもりか……!


 僕は自分が立つわずかな地面を操って上空へ逃げようとするが、地竜の強大な魔力の影響か、僕の意思をまったく受け付けない。そして、そうこうしているうちに壁はもうすぐ目の前。きっと上空から見れば、僕が立つ場所に開いた円柱状の穴が、猛スピードで狭まっているところが見えるだろう。


 もはや他の行動を試す時間もなくなった僕は、とっさに身体強化に回す魔力を増やし、迫る壁に両手を突っ張った。すさまじい衝撃とともに、僕を潰そうとする力を何とか両腕で受け止める。


 僕は全身にかかる圧力に体を軋ませながら、なんとか状況を打開する方法を考える。全身の骨が、筋肉がぎしぎしと悲鳴を上げ、長くは保たないことを知らせてくる。全身が発する魔力の光が、唸りを上げるように一層強まった。


 時間がないので思考は一瞬。僕はすぐに覚悟を決め、次の行動へと移る。


 僕は魔法を発動する準備を整える。体の内から湧き上がる魔力を練り上げ、必要な属性に変換し、そして体外へ放出して魔法陣を構築するのだ。


 魔力を最も放出しやすい掌は、すでに壁を受け止めるために使っている。だから、ぶっつけ本番で丹田の辺りから魔力を発する。属性は水と風の複合だ。二属性が組み合わさった紫の線で魔法陣を描いていく。


 この魔法は、僕がつい最近ようやく使えるようになった扱いが難しいものだ。二属性の複合魔法といっても【泥沼】の時とは違い、水と風の魔力を高いレベルで重ね合わせ、上位属性として昇華させる必要がある。制御は他の魔法よりはるかに難しく、しかしその分威力は極大。


 この壁を破って地竜を打倒する手札は、いまの僕にはこれしか思いつかない。


 僕はいまにも潰れてしまいそうな体に鞭打ち、出来上がった魔法陣へとさらに魔力を注ぐ。


 二つの属性を重ね合わせた魔力は、まるで暴れ馬のように僕の制御から離れようと乱れた。おまけに普段やらないお腹からの魔力放出だ。難易度はこれまで僕が試した魔法の中でも最上級――それでも、成功させなければここで死ぬ。


 そうすれば、もうみんなと再会することも永遠に叶わない。この薄暗い谷底で、土くれに押しつぶされるようにして眠り続けることになる。


 ――それはごめんだ。


 僕は歯を食いしばり、気合で魔力の手綱を握る。無理やり流れを正して、その行き先を魔法陣へと導いてやる。複雑な幾何学模様に端から魔力の光が灯っていき、やがてはその全体が眩い青紫に輝き始めた。


 ――なんとかうまくいった。これでダメならもう後がない。でも、こんなところで終わる気なんてさらさらない。


 僕は一瞬だけ目を閉じ、すっと空気を吸い込んで息を止める。


 そして瞳を開き、上位属性を冠するその魔法の名を口にした。



「――――【青御雷あおみかづち】」



 ――その瞬間、視界が青い光で覆われた。


 バチバチバチとけたたましい音が轟く。その正体は、魔法陣から放たれた夥しい光の帯――雷だ。


 僕の放った青い雷、雷属性魔法【青御雷】は、与えられた指向性に従って目前の土壁へと当たり、その大きな力を余すことなく弾けさせた。


 まるで巨大な岩盤を掘削するように壁が削られる。バキバキとひびが入り、砕け、分厚い壁が道を開くように割れていく。僕は魔法陣に魔力を注ぎ続け、進む雷の後を追うように走った。


 通り過ぎた後ろでは、僕という支えを失い狭まった壁同士がぶつかり合う音が聞こえる。僕は己を捕えようとする壁に追われるように後ろも見ずに走り抜ける。


 ――そして、とうとうこの分厚い壁を完全に切り開き、外への脱出が叶った。


 僕は目の前に現れた巨竜の姿を認めると、同じく僕を見返してどこか呆然としたような地竜に向かって駆けた。もはや先を行く雷と並走――どころか雷を纏うように走り、速度を上げ、瞬時に作り上げた剣の刀身に濃い青雷を集中させていく。


 そして思い切り地面を蹴り、空中に青い稲妻の軌跡を残しながら、僕は地竜の首に向かって空を駆けた。


「――――くらえ」


 超速で迫る僕に地竜の反応が追いつかない。その隙に、莫大な雷を押し込めた剣を、首に走るうすい切り傷に合わせて振り抜いた。


 ――吹きあがる血液。


 僕は地面に足から着地しようとして、しかしあまりの疲労で転がるように落ちる。遅れて、何か重たいものが落下した音が背後で響く。


 ふ、と一息ついて立ちあがり、振り向いた先では――――




 ――――地面を転がる巨大な地竜の首と、ゆっくり傾き倒れる頭のない巨体。




 ずしん、と。先ほどより大きな音を立て、大量の土煙を巻き上げながら地竜の体が倒れ伏した。そして、まるでこの世界に僕しかいないかのように、谷底へ静寂が広がる。


 僕は自分が倒したあまりに大きな獲物を見て、目を閉じ大きく息を吐いたのだった。




 そうしてこの日、僕――『麦穂の剣』の魔法剣士テイルは、多くの冒険者が憧れ、挑み、そして散っていった、『竜殺し』という名の偉業を成し遂げた。


 これは僕という存在が広く世に知られるようになる出来事の、まだほんの序章の出来事である。




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