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3話 成長、挑戦

3.


 差し込む光が弱まるほど深い谷の底に、たくさんの生き物が息づいている。


 今日もすでに夜が明けて久しく、谷に住まう多くの生物たちはすでに動き出している。小さな虫や獣から、群れる魔物や強大な孤高の魔物。


 そして、この谷で唯一の人間である僕も――。




 ――あれから何度陽が昇り、そして沈んでいっただろうか。


 僕はこちらを囲う銀の狼、シルバーウルフの群れを前にして考える。向けられる威嚇の唸りを聞き流しながら、だいたい三か月くらいは経ったかなと思ったその時。


「グルルァアア!」


 まるで緊張感に耐えかねたように、一体のシルバーウルフが地を蹴り飛び出してきた。


 ――敵わないって分かってるだろうに、やっぱりここの魔物は変だ。


 僕は目前まで迫った魔物にも怯むことなく、落ち着いて体に魔力を巡らせる。淀みのない魔力の流れは恐ろしく高効率で僕の体を強化し、全身を淡い燐光が包んだ。


 僕は一切迷うことなく、飛び掛かってきたシルバーウルフの横っ面を裏拳で弾いた。


「――ギャンッ!」


 身体強化を発動した僕は、もはや全身が凶器といっても過言ではない。凄まじい力で打たれたシルバーウルフは断末魔の悲鳴を上げながら吹き飛び、反り立つ崖へ轟音とともに着弾した。僕を囲う魔物たちの緊張感がさらに高まったのを感じる。


 ――ここまで力の差を見せてもやっぱり逃げない。闘争心が外の魔物よりずっと大きいのかな。それに性格だけじゃなくて、他の場所で戦ったシルバーウルフよりかなり強い。それでも――


 僕は群れから向けらる鋭い視線の先で、余裕を保ったまま魔法陣を構築する。属性は土で、効果は地面から特定の鉱物を生成して形を精密に造り変えるというもの。ここへ来てから作った、いくつかの既存の魔法を組み合わせてアレンジした魔法だ。


 僕は出来上がった魔法陣に魔力を流し込み、そして呟いた。


「【具転】」


 魔力の光を散らしながら、鋼の剣が一振り地面から生えるようにせり出してくる。手に取り宙を払うように構えを取って、僕は手近な一体に向かって走り出した。


 標的のシルバーウルフは一瞬怯んだように震えるが、すぐに闘争心を奮い起こして雄叫びを上げる。相手もすぐ突進を開始し、お互いが元いた場所の中間で衝突した。そして、血を流しながら崩れ落ちるのは僕ではなくシルバーウルフだ。


 仲間が二体なすすべなくやられたのを皮切りに、やがて他のシルバーウルフたちも動き出した。単独では自ら飛び掛かっても攻撃を迎え撃ってもどちらにせよやられると理解したようで、連携を取りながらばらばらに向かってくる。


 魔力のこもったその踏み込みは強く鋭く、並みの冒険者ならば瞬きの間にやられてしまうだろう。しかし僕は余裕を持って牙や爪を回避し、通り過ぎざまに剣で撫で切りにしていく。


 物理的に避けるスペースがない攻撃は、素早く精密に発動した【鎌鼬かまいたち】で対処した。見えない風の刃が魔物たちを切り裂きながら吹き飛ばす。


 以前なら何もできず殺されるような強力な魔物の群れ相手に、僕はかすり傷ひとつ負わず圧倒的な優位で戦闘を進めていった。剣に拳に魔法と、多様な武器を前にシルバーウルフたちは倒れていき、周囲の死体が増えていく。そして、僕がこの場に立つ唯一の存在となるのにそれほど時間はかからなかった。


 僕はふっと短く息を吐き、剣に着いた血を払う。つい先ほどまで魔物を屠っていた掌を眺めて、己の成長を強く実感する。


 ――魔力操作の精度が上がって、属性魔法の発動速度や並列数、それに身体強化の強化倍率のすべてが成長した。長く気を休められない環境で戦い続けたからか、戦闘勘みたいなものも身についた。


 強力で多様な魔物に溢れるこの谷を生き抜いたことで、ここに来る前と比べて僕は飛躍的に強くなっている。最初のころは何度も死にそうになったが、自生する果物などで何とか命を繋ぎ、倒せる魔物から倒して経験を積み、ついにはここまで強くなることができた。


 これなら、谷に沿って行った先にいるあの魔物(・・・・)を倒して外へ出ることができるかもしれない。


 僕はしばし目をつむって考え込む。そして、再び目を開けた時、すでにその心は決まっていた。


 ――行こう。


 僕はその場を後にし、歩を進め始める。向かう先は、以前も谷から出ようとして辿った先にある、とある強力な魔物が居座る地点だ。


 反対側にも谷は伸びているが、どうもそちらは進むにつれて異様な気配を感じ、もう一方の先よりさらに強力な魔物がいるのではと思われる。だから僕は、この谷から脱出することを第一の目標に道を決めた。


 それでも、その先に待ち受けている戦いはきっとこれまでで最も苦しいものになる。僕は強くなったが、絶対に勝てるという保証はない。しかし、それが分かっていながらもう歩みを止めることはない。


 ――なぜなら、僕にはきっと帰りを待ってくれている仲間がいる。一度はパーティを抜けようとしたけれど、力をつけた今ならもう気後れする必要もない。僕は誰にもはばかることなく、彼女たちと一緒に冒険を続けられる。


 だから僕は、ためらうことなく前に進む。ときおり姿を見せる魔物は蹴散らした。進むにつれて次第に生き物の姿は見えなくなっていく。


 徐々に増していく空気が震えるような威圧感は、やつの住処が迫っていることを僕に教えてくれる。


 そして、ついに見えた。谷底を伸びる道の中央に鎮座する、ごつごつとした赤褐色の岩。僕の体を優に超える巨大さで、どこか厳かさをも漂わせていた。


 僕は先刻の戦闘で造った剣をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと岩に向かって進んでいく。この場には僕の靴が地面を叩く音と、まるで巨人の息遣いのような重い低い音だけがある。


 やがて、僕が巨岩にずいぶんと近づいたその時だった。視線の先で、小揺るぎもせず佇んでいた岩がかすかに揺れる。そうと思うと、岩から突き出すように長細い部分が伸び、小さな切れ目が開いて鋭い黄金の光が漏れた。


 その眼光(・・)は闖入者である僕に向けられ、巨大なあぎとが開かれたと思うと、鼓膜を震わせる大音響が轟いた。


「――――グオオオォオォオオオォォォォオ!!」


 向けられた敵意に構えを取る。目の前の巨岩――見上げるような竜が体を起こし、巨木のような四肢で地面を踏み鳴らした。


 かつて遭遇した際は、面倒そうに僕を吹き飛ばし、歯牙にもかけず再び眠りについた強大な魔物。数多いる竜種の中でも、司る属性を持った高位の存在。


 ひとたび人里に現れれば、高位冒険者が徒党を組んで立ち向かわなければいけない災害の化身――――属性竜の一、地竜が僕の前に立ちふさがった。




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