第一章 エピローグ
数年前。
それに遭遇したのは偶々だった。
そう偶々。
運悪くそれに遭遇した。
殺人鬼に。
僕たちは絶望で足が竦み動けなかった。
『フシュ――』
荒い息をする眼前の男。
男は興奮し嗤っている。
赤黒い返り血を拭いもせず血走った目でコチラを見る。
既に犠牲者は三人。
通り魔であるこの男に殺されたのだ。
突然襲いかかったコイツは悲鳴を聞きながら喜々として殺した。
殺し尽くした。
出刃包丁とバールで。
集団登校していたクラスメイトは動かない。
クラスメイトの体には赤い染みが沢山有る。
赤い染みを作ったのは眼前の男だ。
血と泥で汚れたコートの中から覗くバール。
これでクラスメイトの息を止めたのだ。
刃の欠けた出刃包丁を捨てる。
ゆらゆらとこちらに向けて歩いてくる。
汚れたホッケーマスクを外しこちらに歩いてくる。
ニヤリと嗤いながら。
この顔は。
この顔は……。
――ジジッ。
ノイズ混じりのイメージが電流として脳内を走る。
――ジジッ。
違う。
これは。
これは僕の記憶だ。
失われた僕の記憶。
同じ顔。
『みーちゃん』達を殺した殺人鬼と。
振りかぶられるバール。
それが当たるとどうなるか?
ブンッ!
それは一目瞭然である。
『逃げてっ! 無ー君』
ガンッ!
それを弾き飛ばされながらも受け止めた少女。
何時も持ち歩いているラジオで受け止めたのは幼馴染だった。
コンクリートの壁に叩きつけられた幼馴染。
暁 宮子。
みーちゃん。
『でも、みー』
『早く』
それ以上は言えなかった。
みーちゃんは。
胸を通り魔に刺されたのだ。
ラジオごと。
赤い雨が降り注ぐ。
綺麗な赤い雨が。
みーちゃんの目に光はない。
『みーちゃん?』
返事はない。
通り魔はこちらへとゆっくり歩いてくる。
『フシュ――』
血を舐めながら興奮してるみたいだ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
――ジジッ。
僕は気がついたら通り魔を刺殺していた。
みーちゃん……。
そして僕は気を失った。
――ジジッ。
思い出した。
思い出した。
思い出した。
僕はあのときの事を忘れていた。
――ジジッ。
『ひいいいいっ!』
今度は『こーちゃん』を眼前の殺人鬼が惨殺している。
最近の記憶。
そして最後に殺されそうになった時、みーちゃんが現れて……。
あれ?
あれ?
――ジジッ。
前髪で目を隠した巨乳のお姉さん。
似てる。
みーちゃんに。
いや違う。
違うのか?
「契約だ」
『は?』
「仮契約は本契約と違い、能力リミッターが掛かっているんだろう?」
『いやまてっ! リスクがあるんだ』
「それでも良い」
『お前の記憶、感情、論理の一部が引き換えになる代償なんだぞっ!』
「良いからやってくれ」
『だけどっ!』
「良いからやれっ!」
『ああ~~もうっ! 知らないよっ!』
その瞬間ゴッソリと何かがなくなった気がした。
ナニカが。
――ジジッ。
『無―君……私の思い出は全て忘れて……』
僕の前に泣きながら立つ少女。
『死んで都市伝説という化け物になった私を忘れて……』
前髪で目を隠した少女。
『全てを忘れて貴方だけの幸福を掴んで……』
大きく胸が育った年上に見える少女。
都市伝説である『ラジオと契約を交わしたみーちゃん』
死後に魂だけとなった彼女。
彼女は都市伝説となる事で超常の力を得た。
その力で僕を助けてくれたのだ。
だけど普通でなくなったみーちゃんは、今までの人生で得た物を捨てることを決意。
今後自身に降りかかる、厄災に巻き込まれなように、家族や友人と僕の記憶を改竄した。
その手が僕に向けられた瞬間、僕は彼女に関する記憶を失った。
――ジジッ。
殺人鬼が僕に向かって出刃包丁を突き刺す。
……筈だった。
思い出した。
思い出した。
ああ。
思い出した。
「フシュ?」
『え?』
いつの間にか出刃包丁はなくなっていた。
殺人鬼の手から。
代わりに僕の手に有る。
「……」
僕は手首を捻り出刃包丁を振る。
八の字を描く。
うん。
バランスは良い。
というかこれとても料理用ではないね。
普通の出刃包丁の先端は緩やかだ。
これはナタの様に角度が急になってる。
明らかに硬い物を切る様に砥いである。
木の枝を切っても刃こぼれしないな。
これは。
さて。
反撃の時間だ。
それに今度こそ守る。
「フシュ――」
殺人鬼はバールを取り出すと僕に向けて振り下ろす。
その先端を僕は出刃包丁で弾き軌道をずらす。
「筋力に素早さ反射神経が強化されてるね」
デタラメに振り回すバールを更に弾く。
弾く力を最初はギリギリの力で加減。
ガンガン叩きつけられるバール。
それを難なく弾く僕。
「オオオオオオオオッ!」
渾身の振り下ろし。
それを待っていた。
相手の力に逆らわず逆に利用する。
ガキイイイイイインッ!
相手の力を利用しバールを手放すよう弾く。
そのまま僕は一回転、勢いを殺さず殺人鬼の胴を狙う。
出刃包丁の刃で。
だが身を後ろに引かれ殺人鬼に避けられる。
だけど体勢を崩した。
そのまま更に一回転。
今度は顔を狙う。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
殺人鬼の目を切り裂いた。
そのまま距離を取る。
パシンッ。
バールを僕はキャッチする。
そのまま振り回す。
うん。
これは中々。
武器として使えそうだ。
『あ~~』
「どうしたの?」
『いやね』
「うん?」
『契約して筋肉とか敏捷性とか反射神経が上がってるのは分かる』
「そうだね」
体験して分かりました。
『なのに何で初めての戦闘で都市伝説を圧倒してるのっ!?』
「珍しいの?」
『普通できるかっ!』
「そうなの?」
そうか~~。
『せめて武道の達人なら……はっ!?』
「ふっ……気がついたようだね」
ふふん。
ようやくか。
ようやく気がついたか。
『そうか……そうなんだ。お前何の武術を習得してるの』
「ジークンドーに八極拳それに少林寺拳法を少々……」
『その年で全て習得してるのっ!?』
「その映画を見ただけ」
『唯の素人おおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
失礼な。
「違う。僕の脳内では達人級だ」
『それ唯の妄想っ!?』
「違う。八十人の達人と戦い勝利した」
『それ違うから!あんたの想像だから!唯の妄想だから!』
「戯言はここまでだ」
『誰の所為だと思ってるのっ!』
「良いから」
僕に襲いかかる殺人鬼。
ハンマーで襲いかかる。
それを躱し僕は殺人鬼の脇腹を出刃で切り裂く。
鮮血が舞う。
振り返りバールで背中を突き刺す。
悲鳴が上がる。
だが僕は容赦しない。
ハンマーを振りかざす殺人鬼。
「はっ!」
僕は獰猛に嗤う。
其の瞬間殺人鬼の動きが遅くなった気がした。
『お前!体内時間加速まで行き成り使えるのかっ!?』
なにそれ?
まあ良いか。
遅く動く殺人鬼。
その首の頸椎の隙間に僕は出刃包丁の根本の刃を差し込む。
ブチブチと神経と肉其れに様々な物を切断。
そのまま首を刎ねる。
「あははははははははははははははははははははっ!」
僕は狂った様に嗤う。
叫びながら殺人鬼の体を切り刻んだ。
今の僕に罪悪感とか嫌悪はない。
あるのは唯の高揚感。
狂気に似た達成感。
論理など僕の中に欠片もない。
此れが契約の対価?
構わない。
力を手に入れたんだ。
地獄に行っても後悔しない。
五分後。
僕は床に寝転んでました。
怪我ではない。
筋肉痛です。
しかも物凄く酷いやつ。
「凄く……痛い」
『当然だ。アレだけ動けば』
「そうか~~」
『ふん』
「みーちゃん今度は守れたかな?」
『お前っ! 記憶をっ!』
「うん」
『……』
彼女は静かに泣いた。
何に対してか。
それはこのときの僕にはわからない。
理解出来ない。
何故か。
契約の影響なのか。
そしてこの時の、彼女の涙の本当の意味が僕がわかるようになった頃には……。
此れで一章完結。
短いですがお付き合い有難うございました。
此れは一時的な完結です。
二章は完成してから投稿します。