3
目が覚めたとき、また別の場所だった。
石造りの部屋に、ぽつんと置いてあるベッドに寝かされていた。薄手の肌掛け布団の下は、もともと着ていた服のままだった。
サイドテーブルには、斜めがけしていたサコッシュと髪留めが置いてあった。サコッシュの中をチラッと確認すると、財布と携帯と化粧ポーチが見える。ハンカチを出して思い切り吸い込むと、お気に入りの香水の匂いがしてホッとした。
ふと、手足を縛られていたことも思い出して手首や足首を見てみたけれど、赤くなるどころかアザ1つなかった。
「でも夢じゃないか」
これで、自宅のベッドに寝ていたなら夢だったと思うところだけれど、本当に全く知らない場所だった。
起き上がってベッドから立ち上がると、毛足の長い絨毯の感触がして、石造りの部屋に似合わない違和感を感じた。
「牢屋って感じもしないけど、そういう場所かな」
光を取りいれるためだろう、随分高い位置に窓が見える。ただ、横には長いものの、人が通れるようなものではない。おまけに、嵌め殺しだ。カーテンなんてものはない。
さて、とうしたものかと思ってベッドに座ると、ノックの音がした。
「あ、起きた?話できる?」
先程私を運んだ人だと思われる人物が顔を出す。
後ろから、メイドさんみたいな人がカートを押してついて入ってきた。
「あの、ここは?」
「ひとまず、きみが誰なのか、なんの目的でここに来たのか、どうやって来たのか、そのへん教えてもらえる?」
小さなサイドテーブルに、紅茶らしきものが2つ置かれる。それだけでぎゅうぎゅうのテーブルの上に、男性は丸い石を置いた。なんだろ?
「えっと、私は宮園詩音です。国籍は日本で、住所は東京都」
ガチャン、と大きく音がして、ハッとメイドさんを見ると、すんごい睨まれた。
え、なんで?
「あー、うん、それなんか証明できるものあるのかな?」
「あ、運転免許証でいいですか?保険証も確かここに」
さっき確認した財布を取り出して、免許証と保険証を取り出して渡す。
はい、と渡そうとすると、ここで初めて彼は目を見開いた。
なんだろう?
日本語だと読めない?
「すみません、日本語だと読めませんか?ここに、名前と住所が書いてあります。必要なら、ローマ字で書くので紙とペンを貸してもらえませんか?」
「…待って、これは、なに?」
「なにって、運転免許証と保険証ですけど…」
なんだろう、話がつながらない。
「あ、パスポートは自宅にあるので持っていません。そもそも、ここはどこですか?私は、東京の自宅にいたのに、どうやってここまで来たのかわからないんです」
恐る恐る、といった手付きで2枚のカードを受け取った彼は、徐々に顔色が悪くなってきた。メイドさんも、睨むのじゃなくて困惑している?
「あの、政府がムリなら大使館に連絡したいので、電話貸してもらえますか?」
埒が明かないので、スマホを取り出してロック解除した。やっぱり圏外か、と確認すると、スマホごと手を掴まれた。
「これは!?」
「携帯、電話です?」
珍しくもない機種を、ジロジロと見られる。
マジでなんだよ。スマホくらい基地でも使うでしょ。
こっちが困惑です。
「あの?」
「きみがニホンから来たという証明は、ほかにありますか?」
身分証明書以外で、ということかな。
少し考えて、カメラスクロールを見せた。
「これ、スカイツリー分かります?あと、浅草の雷門と皇居くらいなら、私も写ってるので証明になるかな」
「!!」
奪い取られた。
スワイプしていろんな画像を見られてる。個人情報なんで返してほしいけれど、不審者扱いだからぐっと我慢する。
そうこうしていると、動画が流れ出した。
先月の碧斗の誕生日会を開いたときのやつ。
おめでと〜と脳天気な家族の声、ありがとうという碧斗の声。
どんどん白くなる彼らの顔色。
「あなたは、だれだ…」
いやだから、名乗ってんじゃん。
倒れそうだけど、大丈夫?