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リダンという男

「今年の新入生、どう思いますか?」

「どう、とは? 手短かつ具体的に言ってくれないか」


 セントケントラド魔法学園生徒会。学園の権威の中枢であり、そしていずれは国家の中枢となる人物らが所属する、生徒自治機関である。

 教職員が、生徒という名の貴族の令息・令嬢によって強く権力を行使できないため、ここが学園権威の中枢かつ権力の中枢であることは疑いようがない。


 そしてその生徒会のメンバーは、前期の生徒会長が生徒から後任を指名、乃至自身を指名し、教職員会議で認可の後、学園理事長が任命するという一般の学園では考えられない独自の制度がある。


 一応は教職員と理事長の認可・任命が必要とは言え、前述の通りに教職員の権威が弱いこの学園においてそれらはただの事務的手続きに過ぎない。これにより、学園の貴族支配が維持されるという素晴らしいシステムである。


 そして今期、生徒会長の座についている生徒の名はリダン・シェリアス・クリフォート。帝国において至尊の地位にあるクリフォート皇帝家に名を連ねる者であり、いずれは皇帝となることを約束されている男のひとりである。


「二期連続で生徒会長についているとはいえ、今期で殿下は卒業します。後任についての品定めをしておくべきかと思いますがね」


 リダンの傍に立ち、彼の書類整理の仕事を手伝っているのは、彼によって役員に任命されたロギア・アーセナル。アーセナル伯爵家の令息であり、第一皇子リダンの側近である。


「興味がないね」

「興味をお持ちください。次期生徒会長を指名することは、帝国の政治を大きく左右すると言っても過言ではないのですよ、殿下」

「だから興味がないんだよ」


 生徒会長、もしくは第一皇子リダンは3年生。

 何事もなければ今年度で卒業するため、次期生徒会長の指名に頭を悩ませるべき人物である。なのにどうして、この人物はそれをしていない。


「後継者なり配偶者なり部下なり側近なり、人材を多く集めるに越したことはないかと思いますよ。殿下の御父上も安心なさるでしょう」

「親父を安心させる? 何を馬鹿なことを言っているんだ」


 リダンは嘆息し、背もたれに深く寄りかかる。彼は目を瞑り、父の姿を思い浮かべる。病床に伏し、いつ崩御してもおかしくない弱りきった姿を。


「親父は大馬鹿野郎さ。ある意味では爺様以上にな」

「……ずいぶんと辛辣ですね。実の父親に対して」

「実の父親だからこそ、かな」


 前皇帝、リダンの父は無能であったのか。それを評するにはまだ帝国という国家が俯瞰的に歴史を見ることを許さないために不可能ではある。だが彼の息子は、彼を「大馬鹿野郎」と評する。


 50年前。リダンの祖父は大失策を演じた。

 まだ若く生気に富んでいた時の皇帝は、帝国を大陸一の覇権国家にせんと奔走した。しかしながら結果は、深く病巣に蝕まれた帝国にトドメを差した形である。

 植民地を失い、帝国の経済を衰退させ、歴史の流れに乗り遅れ、覇権国家どころの話ではなくなった。そして彼は夢の半ばにすら到達できずに崩御した。


 残された彼の子供、即ち現皇帝にしてリダンの父親が残された事業の清算を始めた。汚職官僚の一掃、内政改革、軍制改革、教育改革、その他諸々。

 それらを実現するためには、現皇帝は貴族の協力を取り付けなければならなかった。それは、貴族の更なる権威・権力の伸張を促すことになるが、そうしなければ帝国は立ち行かなくなる。


 結果、皇帝をも上回る力を持った貴族が多数生まれた。帝国は、貴族によって支配される国家となったのである。

 皇帝は貴族の力を借りて、ある程度の改革をすることは出来た。しかし結果的には、成果は中途半端に終わった。改革を進めれば進むほど、貴族の既得権益と衝突する。貴族に楯突く真似は皇帝と言えど容易にできることではなかった。


 度重なる辛苦の中、国政を司っていた皇帝はその辛苦に耐えきれずついには病床に伏す。それがつい1年前の出来事。


「ここで俺が次期生徒会長として指名する人物こそが、次の帝国の支配者となるのは確定的だよ。なにせ、次に皇帝となる男のお墨付きを得たんだからな。……いっそ、平民にでも生徒会長をやらせてみるか」

「殿下、それはあまりにも……」


 あまりにもばかげている。そんなことはリダンも百も承知である。


「冗談さ。……弟が生きていれば、こんなことに悩まずに済んだというのに」

「…………ベゼル殿下、ですか。生きていれば今年入学予定でしたね」

「あぁ。だが、入学してきたのはあの女だけさ」


 あの女。その言葉をリダンが口にしたとき、えも言われぬ不快感が自身を襲う。

 その女は弟の婚約者。名だたる公爵家の令嬢だった女であり、そして今や没落公爵のたった一人の血族である。リダンにとっては、憎むべきか、同情すべきか、それ以外の感情を浮かべるべきかわからない女だ。


 そんな想像をしている最中、生徒会室の扉が静かにノックされる。


「……誰だ」

「私です、殿下」


 よく知った、そして今まさに噂していた人物。


「……入っていいぞ」

「失礼いたします」


 扉を開けた先にいたのは、まさしくその女、ミドラーシュ・エンディミオンその人である。

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