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魔法と、帝国の黒歴史

 魔法。

 それはこの世界の根幹をなすもの。


 空間に存在する魔素マナと、自身の魔力を使い顕現させる不可思議な力。一部の人間だけが使える、神が()()()()()()()奇跡の力。


 その力は戦争で大いに活躍し、国家の存亡を左右させる。その力が帝国を絶対的な階級社会に作り上げた。

 魔法の才があるものを貴族にし、それ以外を平民とする。平民の中に魔法の才を持つ者が現れた場合、しかるべき教育を受けた後貴族に叙爵され、功績や子供の才能次第では家系が続き、陞爵する。

 もっともそこまで行くのはほんの一握り。ほとんどは一代限りの騎士爵に収まる。


 帝国は建国以来そういう社会を維持して、大陸東部に君臨する強大な覇権国家として権威を振るい続けてきた。……50年前までは。


 50年前、肥大化する財政と腐敗する政治に帝国というシステムが耐えきれなくなった。後に「暗黒の日」と呼ばれたとある日、帝国の経済は一気に悪化。

 時の皇帝はなんとか帝国を立て直そうとするも、既得権益が奪われることを危惧した貴族の反対、帝国の弱体化を望む外国からの介入、独立を求める植民地の抵抗運動を前に頓挫する。


 結果、今の帝国はかつての覇権国家としての面影はない。

 帝国が領有していた植民地のほとんどは独立するか、外国に売却された。皇帝の権威は衰え、それに反比例して貴族は横暴になる。変わらなかったのは、平民の生活環境くらい。


 追い打ちをかけるかのように、大陸西部から始まった「魔導革命」による国家の近代化、産業の工業化が遅れ、現在帝国は衰退の道を歩んでいる。




---




「国家が衰退するとき、国家が取る選択というのはどの時代でも似たようなものだ。何かわかるか?」

「英雄的な誰かが国家を立て直す……なんて答えはないわよね」

「ないな。たいていの場合、誰も真剣に改革に取り組まない、むしろ衰退を助長することを行ってそのまま滅びる。国家としての継続性はあっても、政体が丸ごと変わってほとんど別の国となるようなこともあるが、まぁ滅んでいるようなものだ」


 最後は戦争して外敵に派手に負けるか、内乱で派手に政府がひっくり返るかの二択なのだと、リリスは言った。


「人類の歴史なんぞ、所詮はその繰り返しさ。こんな分厚い教科書を渡されたところで、役にも立たない」


 そう言って、彼女は配布された教科書を机に放り投げた。


 入学式を終え、寮に案内され、同室との挨拶を終えた後に教室に移動、そして学園の教育システムについて教師から説明を受ける。その最中に、リリスは恐れも知らずにこんなことをしたのである。一応、一番後ろの席なので気づかれにくいとは思うが。


 セントケントラド帝立魔法学園は、たとえ生徒の大半が貴族であっても学園であることには変わりはない。だから帝国教育省監修の教科書が配布され帝国政府の正しい価値観に基づく歴史教育がされることに特に驚きはない。


 真に驚くべきのはその内容なのだから。


「『帝国の華やかな歴史の後、50年前に外国勢力――特に連合の策謀によって、貴族たちの奮闘虚しく植民地を奪い取られた。我々はこれに対して抗議し、かの地を奪い返す正当な権利がある』か。まぁ、酷いものよね」

「二流のファンタジー小説だ。書いた奴はセンスがなさすぎる」


 それは私も同感だ。しかしリリスの発言に共感できる人間が、この教室にはそう多くないのも事実。だから私たちはふたりでコソコソと雑談に興じるしかない。


「あ、あのミドラーシュさん。そんなこと言っていいんですか? もしバレたら……」


 隣で、寮の同室でありリリスの天敵らしいハイネさんが耳打ちしてきた。根は優等生という印象の彼女だが、実際その通りであることが良く分かった。


「あなたと、そのお隣のフルールさんにしか聞こえてないから、バレやしないわ。密告するなら話は別だけど」

「そ、そんなことしませんよ!」


 私の言葉につい大声を上げるハイネさん。当然のことながら、


「そこ、静かにしなさい。まったく、これだから平民はマナーが……」


 という、教師からの怒りが飛んでくる。余計なひとことも添えて。


「うぅ……申し訳ありません……」


 ハイネさんの謝罪と共に、教室からは品のない笑い声が上がる。この笑いに対しては教師からの叱責がないのは当然である。なぜなら、笑われて当然のことをハイネさんがしたと誰もが思っているから。


「あんな平民とつるでいるなんて、エンディミオン家はよっぽど余裕がないのね」

「公爵家の権威に瑕がつくよ、あれじゃ。皇帝陛下は一刻も早くあの家から爵位を剥奪なさらないと……」


 ついでに私への品のない陰口も飛び出すが、別にそれはどうということはない。気にしたところで守れるものもなければ、あの程度の陰口で失うものもないのである。


「……ごめんなさい、私のせいで」

「なにが?」


 ただそれを理解していないハイネさんは謝罪をしてくるが。


「だって私のせいで、ミドラーシュさんまで笑われて……」

「あら。あなたはそんなことで謝罪するの? あんなの、野蛮な野良犬が吠えてるだけじゃない」


 これは心からの本音だ。公爵家の人間としてはこれ以上ないほどに似つかわしくない思想だが「貴族なんて所詮全員野蛮な犬」と思っている。そうじゃなかったら、50年前にあんな失態を演じないだろう。


「あなたも気にせず堂々としていなさい。それが、あの手の野良犬に対する有効な方策よ」

「は、はぁ……」


 私はそうは言ったけれど、その日は終ぞハイネさんはずっと縮こまり、堂々なんて言葉が脳内辞書に存在しないのだと確信したのである。


 どうしてこれが天敵なのか、リリスの考えがわからなくなってきたところである。

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