残酷の名
『――新入生代表。ミドラーシュ・エンディミオン』
数百人はいる大講堂で私の名前が呼ばれた時、会場はわずかにざわついた。
何を言われているかはわかる。この呪われた「エンディミオン」の名前を、彼・彼女らは畏れ、そして無遠慮にあることないことを噂する。
「あれがエンディミオン公爵家唯一の生き残りか」
「火災で家族・婚約者が全員殺されたんでしょう? まだ若いのに、可哀そうに……」
「どうだか。あの火災は放火によるものだって、宮廷じゃ専らの噂だぞ」
「えっ! じゃあ、暗殺?」
「かもしれないし、あそこにいる『お嬢様』が仕掛けたものかもしれない」
「まさか……」
「でもおかしな話じゃないか。家族・婚約者・使用人はことごとくが焼け死んだというのに、あいつだけ火傷ひとつなく生きているんだぞ?」
「神の奇跡によるもの……とは、考えられない?」
「奇跡かもしれないが、それを起こしたのは『悪魔』かもな」
あぁ、それは半分正解だな、と心の中でつぶやいた。
何を隠そう、その奇跡を起こしたのは悪魔なのだから。
私はあのリリスという悪魔の手によって、人間ならざる身となった。
もし神がいるのならばそんな生命体の存在を許さないだろうけど、しかし残念ながらセントケントラド帝立魔法学園の新入生代表として呼ばれている。
その期待の新入生代表は、全校生徒と教師が集まるこの講堂で何を言うのか――、
「――この栄えあるセントケントラド帝立魔法学園に入学でき、そして畏れ多くも代表として挨拶できる栄誉を帝国と皇帝陛下に感謝し――」
……さすがにここで、帝国や皇帝を貶すようなことは言わない。そこまで私は勇者ではない。
世界には魔法が溢れている。その魔法は、一部の才能ある者によってのみ扱うことができる特殊な能力。それを扱うものは魔術師と呼ばれ、それを育成するための機関こそが、セントケントラド帝立魔法学園である。
帝国臣民で魔法の才がある者は一部例外を除き、ほぼ強制的にこの学園に入学させられる。なぜなら、魔法が戦争において特に重要な技術であるから。
そこに、近年発達しつつある「科学」と融合し、私たちは文明を築き上げている。
産業革命と国家体制の近代化は、50年ほど前に大陸の西端から始まり、そして最後にその波が来たのが大陸北東端に位置する我が帝国。
それ故に、帝国は他国に負けじと国内改革に勤しむ必要性があるのだけれど……。
「皇帝陛下と言えば、もうすでにご高齢。ご病臥されて政務もままならぬそうではないか。いったい次の皇帝は誰になるのか……」
「誰がなったって同じさ。どうせ宰相閣下とその愉快な貴族様たちが国を動かすんだからな」
「違いないな」
まぁ、たぶんそんなことを考えている奴はこの国にはいないのだろうと、私は口々に噂する生徒たちの声を聴きながら思ったのである。
式典が終わり、各自に割り当てられた寮室に戻るその最中、私は自分が良く知る人間ではない者の姿を発見する。
「面白みの欠ける演説ご苦労様だね、お嬢様」
「……別にここで弾けたところで何も旨みはないもの」
私と彼女との会話は、余所から見れば実に冷徹で温かみのないように見えるだろう。実際その通りで、私は彼女のことをただのビジネスパートナーくらいにしか思っていない。
おそらく彼女も、自分のことをそう思っているだろう。
そんな彼女、リリスを名乗る悪魔に私は先程から気になっていたことを打ち明けてみる。
「ところで、ひとつ聞いていいかしら」
「なんなりと」
「どうしてあなた、学園の制服を着ているのかしら?」
「……おや? 言っていなかったかな? 私はこの学園の生徒として入学したんだよ?」
私はリリスの服を見る。
学園指定の制服は、将来生徒のほぼ全員が従軍することを見据えて、学生服と軍服の中間のデザイン。それを完璧に着こなしているリリスは、確かにどこをどう見ても一般生徒である。
問題は、彼女が悪魔であるということ。そして学校の方針である。
「あなた、悪魔でしょう? 一応ここ、魔法の才能を授かってくれた神様に感謝しつつ勉学に励むっていう学校なのだけど」
「別に狂信者しか入学できないというルールはないだろう? それに私ほど神とかいう奴のことを知っている者もそう多くはないよ。なんなら、今から聖典の間違い部分に突っ込みを入れてやろうか?」
「……結構よ。だいたい、どうやって書類審査通したのよ。貴族が多いから、身元がはっきりしない奴は喩え魔法の才能があっても入学拒否されるんだけど」
魔法の才能を持つ者は一部だけ。そしてその魔法が戦争で重要な立ち位置を占めるとなれば、それを扱えるものが特権的階級を築くのは自明の理だ。
帝国は、皇帝を頂点とし、その下に複数の封建的貴族がいて、さらにその下に平民がいる。平民にもごくまれに魔法の才能を持つ者が現れ、立身出世していく。
その言う平民たちもセントケントラド帝立魔法学園に入学できるが、身元の保証のないような貧民や不法入国者などは、そういうのを選ばない帝国軍魔法兵学校へと進むことになる。
……という前提条件を考えると、リリスがこの学校に入れる余地はないと思うのだけれど。
「私は悪魔だよ。人間ごときを騙すことなど造作もないことさ。具体的な方法は、聞かない方が精神衛生上よろしいと思うが」
ロクでもない奴が、ロクでもない方法で入学してきた。ただそれだけだ。
「聞かないでおくわ。……つまり、ちゃんとした身分を持つ人間としてここに入学したというわけね」
「あぁ。これが学生証だよ」
リリスはそう言って、生徒全員に配られる学生証を見せてくれた。
そこには、最近発明された写真機によって映されたリリスの顔写真と、「リリス・アクゼリュス」なる者の名前があった。
「いい名だろう?」
「どこが?」
悪魔・残酷をいい名前だと表現する文化は人間にはないのだけれど。
「ひどいじゃないか。学生証を作るのに苗字を作る必要性があると聞いて、必死に考えて生み出した名前だというのに」
「必死に考えたのね……」
どうにも、悪魔らしくないというか人間臭さが残る。
私が、リリスという悪魔の本性をよく知らないことを示すいい証拠だろう。