第五十二話 恐怖と平和の象徴
──目の前に淡く、温かいような、白の景色が広がる。
靄のかかるような、何か、、、。
雲の上にいる様な気分だ。
見渡せど何が見える事も無い、、、いや、声が聞こえた。
優しい声だ。
そんな声と共に、靄が晴れていく──
──「マオ―! 昼御飯だぞー!」
ここ、西の末端、テイル平原に四人家族がいた。
辺りに他の住民はいない、ポツンと佇む家に気づいているのはこの王国の王だけだろう。
今日は日差しの強い日で、洗濯物を干すのに向いている。
庭で洗濯物を竿にかけているのは、マオ・カイン。
この一家の長男である。
そしてそんな中庭に呼びかけたのは、彼、マオ・カインの父、ファッド・カイン。
その肩には妹のリセもいる。
マオは振り向くと、元気よく返事をする。
「うん! 今行く!」
何の変哲もない、普通の、幸せな家庭。
平和に過ごし、毎日庭にある畑で農作業。
そこで育った野菜を売り、服などの生活用品を買いそろえる。
そう、毎日を幸せに生きる、普通の家庭だった。
だが、幸せというのは一瞬であるから幸せという。
幸せが絶望へと変わるのは、三日後の事だった。
突然、王国の騎士が数名訪れた。
一家は何事かと、揃って相手をする。
「今日は如何されたのでしょう?」
ファッドが仏頂面の騎士に問う。
この者が騎士のリーダーだろう。
騎士はその問いに言葉を返す事は無く、その懐から一枚の紙を取り出す。
それをファッドの目の前に突き出す。
その内容を見て、ファッドは眉根を寄せる。
「立ち退き、、、命令、、、?」
ファッドは騎士に問いかける様に声をかける。
それに騎士は答える訳でも無く、只々無言でファッドを見る。
「、、、ここに、、、監獄を、、、? 何故ここなのですか?」
ファッドはただ思った疑問を問いかける。
だが、騎士達は何も返しはしない。
只々圧をかける様にファッド達を見るだけだ。
ファッド達は騎士達の沈黙に圧を感じ、返答を考える余裕もなく断りの返事を返してしまう。
「申し訳ないが、ここから立ち退く事は出来ない。」
そう、断りを返したのだ。
その返答に対しどう思ったのか、騎士達はどう思ったのか、腰に下げていた剣を引き抜き、ファッドを切り伏せた。
「ぐがっ!? な、なに、、、を!?」
ファッドは突然の事に呻きを上げる。
だが、流石は王国の騎士の剣である。
その切れ味は凄まじく、既に助かる事は無い。
脅しか、そう考えたマオだったが、そうではないと否定するかの様に目の前には残酷が広がった。
「っ! 母さん!!」
次の標的になったのは母、マーズだった。
鮮血が飛び散り、マオの視界を潰す。
絶望だった。
マオは咄嗟にリセに駆け寄る。
だが、手遅れだった。
マーズが斬られた時、共にその命も事切れていた。
血の気が引き、涙が溢れる。
憎しみ、憎悪にその胸が埋め尽くされる。
奥歯に罅が奔る程に強く歯を食いしばる。
だが、今まで平和に暮らしていた身でありながら、騎士の双腕に敵う筈などなかった。
マオは呆気なく切る伏せられる。
全身から血が抜けていく感覚、意識が遠のいていき、そこに残ったのは憎悪と憎しみだけだった。
気が付けば、その身は何かを壊す事しかできない憎悪の塊だった。
死に際に騎士達は焼却処分しようとしたのか、全身が燃えるように熱く、怒り、憎しみしか感じられなかった。
目の前は何も見えなかった。
何があるのか、自分の顔には何が付いているのか。
目の前が見えず、ただ何かを破壊するだけだった。
何をしているのかもわからなかった。
覚えているのは、自らの住んでいた家があった場所に巨大な建物を建て、大量の魔物達を生み出したという事実だけだった。
そして、その後に覚えていること、それは、極上の快楽だった。
悲鳴、恐怖、絶望。
恨みが湧く事も無い程の、底なしの恐怖を前に、人とは只々逃げ惑う。
そんな状況が、自分が起こしたこの状況が、酷く心地よかった。
そして、人々はその顔に着ける鉄仮面を見るだけで恐怖を感じる程に、絶望を根源に染み付けられていた。
そんな彼の仮面を人々は、『恐怖の象徴』と呼んだ──
──靄が晴れれば、其処にはボロボロと涙を流す少年が腕を顔に擦り付けていた。
そう、彼が、マオなのだ。
魔王であった時の名は、彼が魔王であったからこそ存在した、魔王である所以。
今は既に、ただの少年へと返っていた。
「、、、魔王、、、か、、、。」
すべての元凶は王国だったって事か。
救われないな。
救われない、、、か、、、。
「そう、、、僕は、魔王なんだ、、、。」
マオは俺の言葉に、声を震わせながらそう答えた。
そして、切実な思いを、過ぎ去った過去に重ねて一言。
「僕にも、、、君みたいな救世主がいれば、もっと──」
「そうだな。」
俺はマオの言葉を遮る。
そして、空へ向かおうとするその身を手繰り寄せる。
「そうだよな、、、じゃあ、しょうがねえからサービスでお前の事も救ってやるよ、、、!」
俺はマオの腕を掴むその手に力を入れる。
そして、昨日の美術の時間に手に入れた、一つのスキルを発動する。
「スゥ──《創造》──。」
刹那、マオの体を光が包む。
俺は決して何を救えと言われたわけでもない。
ならば、俺が救うと決めた存在は、救ってみせる、、、!
「な、にが、、、!」
光が収まれば、其処には、実体を持つマオが俺の腕にぶら下っていた。
俺はマオの足元に結界を敷き、其処に下ろす。
マオの瞳から、ボロボロと大粒の雫が次々と垂れ流れる。
体を震わし、その手を見て、歯を食いしばる。
「、、、生き、てる、、、。」
一言、一言そう漏らすと、その身を両手で縛る。
そんなマオに俺は声をかける。
「まだ、続きがあるんだから涙を流すのはその後にしといてくれよ。」
「、、、へ、、、?」
俺は魔王城を見て、その方に手を伸ばす。
そして、最後の希望を載せ、スキルを発動する。
息を整え、そのスキルの名を叫ぶ。
「────《時間遡行》!!」
刹那、時が止まる。
その手に、最後の希望を載せた閃光が放たれる。
──ズズッ
時が動き始める。
──ズズズッ
過去の幸せを閉じ込めた絶望を、元の戻す、逆行の時が。
──ズズズズズズズズッ!!
宙に浮かぶ大地の時が巻き戻されていく。
絶望が揺らぎを見せ、幸せが満ちていく。
枯れ果てていた大地を、草花が茂り、中央に木造の小屋が立つ。
そこに人の姿はない。
だが、その小屋を見た瞬間、マオが駆けだす。
俺はその通りに結界を張り、道を造る。
辿り着いたマオがそのノブに手をかけ、一気にその戸を引く。
瞬間、マオの瞳から再度大粒の涙が流れる。
それは、時を超えた再会を喜ぶように、今という時を祝うように。
そう、その瞳が、全てを捉えていた。
幸せの全てを。
「父さん、、、母さん、、、リセ、、、」
並ぶ三人の人影を見て呟く。
幸せを噛み締める様に、ゆっくりと。
そして、ふらふらと中に入っていき──
──『おかえり』
温かい幸せがマオを包んだ。
少し背の高い美人の女性。
筋骨逞しい男性。
背の低く幼い少女。
そんな幸せの、家族の腕の中に包まれ、マオは顔をぐしゃぐしゃにしてその幸せを噛み締めている。
俺はそれを眺めて気付く。
人の幸せとは、これほど輝かしい物だったのだなと。
昇り始めた日の光を背に建つ小屋の中、静かに満ちる幸せを見てそう思った。
俺は足元に落ちていた鉄仮面を拾い、マオの元へ歩く。
「、、、マオ。」
俺はマオに声をかける。
すると、ハッとしたようにゆっくりと此方を振り向く。
その顔は、とても幸せに満ちていた。
幸せに満ちた笑みを俺に向けて、返事を返してくれる。
「はい、、、!」
俺はそんな声に少し申し訳ないと思いつつ、手に持つ鉄仮面を手渡す。
「えっと、、、これ、」
「、、、それはもういりません。どのようにしていただいても──」
「いや、悪いんだが、、、これを、つけてくれないか?」
俺の言葉に首を傾げるマオ。
俺は続きを話す。
「、、、悪いが、俺は今後ずっとそっちの世界にいる訳にはいかないんだ。ここが、俺の世界だからな。」
「そう、、、だったんですか。」
「ああ、、、。それで、今度は、お前が俺の代わりになってくれないか?」
俺は背中を指さして説明をする。
俺はマオに俺の私情で俺の代わりを務めてくれと無理を強いているのは解っている。
だが、あの世界でまたマオのような人間が現れは欲しくない。
だから──
「勿論、いいです。僕に救世主が務まるとは思いませんが、、、。」
「──そうか、、、なら、今度は、お前が“英雄”になれ。」
俺はマオの言葉にそう一言。
マオは俺の言葉の意味が解ってか解らずか、「はい!」と元気のいい返事をしているが、俺の代わりを務めてくれると言うのならば追加説明はいらないだろう。
「それじゃあ、任せたぞ。」
俺はそう一言を言うと、鉄仮面を渡し、《異世界の扉》を開き、大地ごと異世界へ送り届ける。
後の事などはマオが任せてくれと言うので、異世界に俺は付いてはいかない。
俺は只々その大地が消えていく様を見送っていた。
「さて、帰るか。」
俺は異世界の扉が消えると同時、日の出を見てそう漏らす。
そして、ゆっくりと後処理を済ませ、いつもの日常に戻っていったのだった。
──日差しの強い日だった。
今日はギルドも人がごった返している。
とてもではないが、いて心地のいい場所とは言えない。
そんな中、陽光を反射して輝く“立体の鉄仮面”を付けた冒険者が歩いている。
「お、よう! “英雄”!」
「お、“英雄”じゃないか、もっと胸張りな。」
「おー、今日も行くのかい? “英雄”君?」
擦れ違う人々にそんな言葉をかけられながら、その冒険者はギルドの戸に手をかけた。
そして、戸を押し開くと、一言──
「今日はどんな依頼がありますか!」
──その冒険者の名はマオ・カイン。
かつては人々に魔王と呼ばれ恐れられていた少年である。
だが今は違う。
その仮面は恐怖ではなく、人々に希望を与えた。
そう、『恐怖の象徴』は──
──『平和の象徴』へと変わったのだった。
これにて一件落着ですね。
次回はエピローグです。




