鏡の花と蜜月を
『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作品です。
鏡花水月みたいだ。
初めてアヤを抱いたとき、そう思った。
◇
それまでどれだけ望んでも触れられなかったアヤが、俺の腕の中にいる。きっと今だけの儚い幻。密な時間。隣で寝るアヤに鼻を擦り付け甘い匂いを嗅ぐ。
いつまでこうしていられるだろうか。
スマホが小刻みに震える。こんな夜中に連絡してくるのはサチコしかいない。
『出席者のリストアップよろしくね』
俺とサチコは年明けすぐ結婚式を挙げる。
「はあ、どうすっかな」
身内だけのこじんまりとした式にしようと希望を伝えるも、サチコは多くの友人に見守られ式を挙げるのが夢なのだと言う。話し合いは平行線。
悩む俺の頬に手が触れた。何も知らない顔をして本能で温もりを求めるアヤがたまらなく愛おしい。
◇
「はい。こちら当式場の人気プランですのでお任せください」
結婚式の打ち合わせ帰り、ロビーの大きな鏡に映った顔を見てふと比べる。サチコとアヤは笑ったときの目元と輪郭が似てる。
前を行く彼女はチャペルの外に出てきた挙式中の家族に目を奪われているのか、ガラス張りの壁にぶつかりそうになっていた。
「アヤ!」
手を掴みながら咄嗟に呼んでしまった名前。
「なあに?」
にやりと笑いながらサチコがこちらを振り向く。
「間違えてんじゃねーーぞっ!」
お咎めはデコピンだけだった。
彼女は俺が浮気をするなんて、これっぽっちも思っていない。
「はははっ」
思わず笑った。
◇
看護師のサチコが夜勤の日は都合がいい。
俺はいつもより早く仕事を終わらせ、アヤと二人きりの時間を楽しむ。
鏡を覗きながら花が咲いたように笑うアヤ。この笑顔は俺の癒しだ。二人で風呂に入ったあと、すぐに寝てしまったアヤの寝顔に少し寂しさを感じながらサラサラの髪を撫でた。
「きっと泣くよな」
隣で眠るアヤに気づかれないよう背を向けてサチコに連絡する。
ゲストの数に差はあれど、なるべくサチコの理想通りの式にしたいと思う。
『お待たせ。出席者の希望添付した』
リストには、俺の親と親戚、親友三人とアヤを書いた。
◇
結婚式当日。
口紅を塗ってもらっているサチコに見惚れていると、彼女は鏡越しに百合が咲いたような笑みでこちらに手を振った。
「ママっかあいい!」
目を輝かせて一生懸命幼い手を伸ばすアヤ。娘と妻の抱擁に、愛が込み上げ涙があふれる。
「世界で一番綺麗だよ」
言葉で表せないくらいの幸せだから、出来る限り言葉にして伝えたいと思う。
「いつもありがとう。これからも末永くよろしく」
貴重なお時間を割いてお読みいただきありがとうございました。
この先も、あなた様に素敵な時間がたくさん訪れますように。
◇ ◇ ◇
主人公の俺(夫)はサチコ(妻)と「ファミリーウェディング」や「パパ&ママ婚」と呼ばれる子ども(アヤ〔二人の娘・1歳〕)と一緒に挙げる結婚式をしました。いつまでもお幸せに!
【蛇足】
R15指定の理由は『小説家になろう』のガイドラインを拝読し、拙作は構成上、性的感情を刺激する行為を想起する可能性があると判断したからです。
実際に描写したのは親子の微笑ましい様子です。
性的な行為の描写ではございません。
読後不安になられた方、どうぞご安心くださいませ。
最後まで目を通していただき誠にありがとうございました!