第6話
フィルタルシア物語における第3のヒロイン。
それが《妖精女王の隠し子 カグヤ》。
彼女は序盤においてはただの悪戯好きの妖精として描かれ、アベルとは悪戯をすると面白い反応をするからと言う理由で仲良くなった経緯を持っている所謂悪友的ポジションのヒロインだ。
ゲームにおいては魔法職最強の存在であり、膨大なMPと馬鹿みたいな高火力の魔法を連発出来る事。そして日本の和風を連想させる大和撫子と称するに相応しい艶やかな黒髪と着物をモチーフとした愛らしい服装とが合わさり《最終兵器ミニ大和》と言う渾名をファンに定着させたする程だ。
そんな彼女だが、実はフィルタルシア物語世界における全ての妖精の王と言われる妖精女王の隠し子であると言う設定が存在しており、その設定が露見されるのが勇者が中盤において妖精女王の持つ《癒しの玉杖》を得る為に、妖精女王を己の快楽で墜とす過程で判明するのだ。
母親である妖精女王を己の快楽で墜とした勇者は、それを餌にカグヤに対しても欲望の魔の手を伸ばしていき、妖精女王の存在を握られたカグヤもまたそれを拒否する事が出来ずに――堕ちるのだ。
「ねぇねぇ~さっきのどうやって見破ったの?私しっかり魔法使ってたのに~」
「だ、だから何となくだよ…カグヤならやるかな~って…」
だが今の段階においてカグヤ自身も、自分が妖精女王の隠し子である認識はない。
元々妖精世界において負のイメージとされている《黒》の髪を持つカグヤは、妖精達と共に過ごせば必ず妖精達の敵意を受けてしまうと産まれると同時に母親である妖精女王の命令で密かに妖精達の国である《妖精の里》から出されており、妖精族と関係が深い森の周辺に住まう人々の下で育てられている。
それ故に彼女にとって両親と言うのは育ててくれた人間達であり、自身が妖精女王の隠し子である、なんて事は欠片も思っていないのが現状だ。
そんな彼女が育ててくれた人達の下から離れた理由が《実の両親を探してみたい》と言う物で、これが先に説明した後の勇者の欲に沈む原因となるのだが……
「(…計画通りに行けばこっちは問題ない筈、だけど……)」
やはり問題は勇者の存在だ。
彼が旅を始めてしまうと多くの悲劇が引き起こされてしまう。
それらを考えるとやはり取るべき手段は1つ――
「(勇者をプロローグ時点で完膚なきまでに叩きのめすしかない、か…)」
しかしそれはあまりにも無謀な勝負だと言う事は、他の誰でもない俺自身が良く理解している。
このアベルが2週目である事は間違いなく、かつての旅で得た装備も全てある。
けれども、それでもまだ勇者を倒すと言う目的を達するには足りない。
だからこそ俺は―――
「――?アベルどしたの?なんか怖い顔してるけど?」
「ッ!?え!?あ、いや…あ、あれだよ!い、今から行く森でまたぷくりんとかと出会わなければ良いな~ってお、思ってただけだよ!!」
「……ふーん。ま、確かに弱っちいアベルじゃあぷくりんにも負けちゃうからね~。その気持ちも分かるわ~怖いよね~うんうん。けど安心しなさいアベル!フェルにシノアに私!このメンバーならどんな相手でも守ってあげるから!!アベルは怪我しない様に後ろに控えていたら良いよ!!」
めっちゃ生意気な発言だが、確かにこのパーティー相手に戦いたくはないなと苦笑する。
支援系エキスパートのシノアに近距離、中距離を同時にこなせるフェル、そしてミニ大和の渾名を持つ遠距離魔法の最強の使い手であるカグヤ。
これに真正面から戦いを挑むとなると、勝てる気持ちが全然出てこないなと乾いた笑みで小さく笑う。
「(……問題はない、みたいだね)」
その笑みの後ろで考えるのは先程のカグヤ登場イベント。
実はあのイベントは本来この町を案内するチュートリアルイベントと兼用して行われる物だった。
フェルの道具袋を盗んだカグヤが町中にある主な店や場所を飛び回って逃げつつ案内する、と言ったのが本来のカグヤ登場イベントの内容であり、俺はそれを意図的に壊してみたのだ。
誰にも気づかれない様に左手を開くと、其処には1つの指輪。
《魔封壁の指輪》と呼ばれるこれは、装備すると装備者に対する魔法を無効に出来ると言う物であり、ゲームにおいては相手からの魔法攻撃を無効化すると言う対魔法使い戦においては欠かせない装備の1つだ。
俺はこの指輪を敢えて装備せずに、所持しているだけでも使えるかと言う実験も兼ねてカグヤの隠密魔法相手に利用してみたのだが、結果は効果あり。
隠密魔法で隠れていた筈のカグヤを薄緑色の光と言う形でこそあったが見破る事が出来た。
「(ひとまずこれだけでも一歩前進だな)」
カグヤの姿を完璧に見破る事が出来なかった理由が、カグヤの隠密魔法が優れていたからなのか、はたまた装備していなかった事によって生じたのか、そこまではまだ現段階では分からない。
ただ《装備しなくても持っているだけで効果が発揮できる》と言う事が分かっただけでも前進には違いない。
その上、今回の実験で判明した最も大きな事がもう1つある。
「(意図的なイベントを破壊する事が可能。そしてその結果による短縮…これが判明したのは大きいな…)」
本来この町案内イベントで時間は朝から昼に移り、この後合流する筈の第4のヒロインと共に森へ到着すると同時に、すぐにフェルのお手製サンドイッチを皆で食べるイベントが始まる。
だが、その案内イベントが発生しなかった今、時間はまだ朝のまま。
そしてイベント破壊で唯一の懸念だったカグヤの同行イベントが起きるかどうかと言う疑問。
それも本来悪戯で時間を潰してしまった謝罪代わりに同行する筈だったカグヤが、特に理由もなく何となくついてきていると言う理由に代わりこそしたが同行してくれている。
これにより意図的なイベントの破壊、または短縮が可能であると判明したのは大き過ぎる結果だ。
「(と、なるとだ…)」
すぐに頭の中でフィルタルシア物語のイベントを思い出す。
意図的な破壊、短縮、または改竄。
どれをどうすれば効率よく、そして成功率を挙げていくかをリストアップしていく。
全てはアベルの勝利の為に、アベルにハッピーエンドを迎えさせる為に。
「―――――」
そんな事を考えこんでいたからこそ、気付かなかった。
カグヤが俺を見詰めている瞳に、僅かな疑問を感じ始めていた事に。