第5話
「―――」
《看破》のスキルが彼の言葉に嘘はないと通告する。
けれど、彼の今の言葉ではあくまで《盗品ではない》と言う証明にしかなっておらず、その装備を何処で得たのかと言う最も聞きたい質問の答えにはなっていない。
それを追求し、《看破》を以てすればこの子が何を隠しているのかを見破る事は出来るだろう。
しかし――
「(俺の願いを叶える為に必要な品、ですかぁ…)」
シノアにとってアベルと言う人間はとてもかわいげのある少年だ。
頼まれずとも進んで手伝いをし、ひ弱な身でありながらも誰かを守ろうとする優しい心の持ち主だ。
まだ見ぬ勇者がこの子の様な心の持ち主であればどれだけ良いかと思い、何度この子が勇者であれば良かったかと考えただろう。
そう思うほどシノアにとってアベルと言う存在は大きなものだ。
それ故にシノアは心配もしていた。
誰かを助ける事を好み、誰かの力になる事を望み、誰かの為に行動する。
彼の行動基準にあるのは常に《誰か》と言う他者に対して。
それは逆を言えば――己自身に対する《欲》を持っていない事も意味していた。
シノアはそれを危惧してはいた。
この子は《欲》を持たなすぎる、と。
強くなりたい、名声を得たい、金が欲しい、良い女を抱きたい。
人として持っているべきの《欲》をこの子はあまりにも持っておらず、持ったとしてもそれもまた誰かの為と言う行動基準の理念に叶った物でしなかった。
人が誰しも持つ《欲》を、誰かの為にしか抱けない優しい子。
それ故に何か《きっかけ》さえあれば容易く壊れてしまうのではないかと恐れていた。
例えばーーその誰かにしか向けられない《欲》の相手を奪われた、とか。
そうなればきっとこの子は壊れてしまう。
ガラス細工を叩き付けて壊す様に、容易く壊れてしまうだろうと私は恐れていたのだ。
そんな彼が初めて己の《欲》を示したのだ。
誰かの為ではない、自分自身に向けた《欲》を示したのだ。
その願いと言うのが何か分からない。
その願いを叶えるのにどうしてそれだけの装備が必要になるのかも分からない。
その願いが、彼にとってどれだけ大事なのかは分からない。
けれども――
「――はい。わかりましたぁ」
――この子が初めて示した《欲》を、私は応援してあげたくなった。
「分かりましたって…ちょ!?シノア!!?」
フェルはてっきり追及するのかと思っていた。
その装備の出処を聞き出してくれるのだと。
それがまさかの「分かりました」で終わりときたのだ。
慌てる様に咄嗟に名を叫ぶフェルに対し、シノアは相も変わらずののほほんとした顔をフェルに向ける。
「盗品ではないのなら大丈夫ですよぉフェルさん。きっとフェルさんに強い自分をアピールしてやるんだー!ってこっそりと購入した装備ですよぉ。ねぇ、そうでしょアベルさん?」
「え?あ…あ、ああ!そ、そうだよ!!じ、実はこれちょくちょくとお金を貯めて買ったんだよ!!ふぇ、フェルに俺だってカッコいい所あるんだーって見せたくてさ!!フェルの為だよ!!」
シノアから差し出された支援に乗っかる様に勢いに任せて適当な作り話を叫ぶ。
正直な話、追及は絶対に来ると思っていた矢先に、まさかの「分かりました」と問い詰めタイム終了のお知らせに、フェルを誤魔化す手助けをする様に向けられた言葉の支援。
どうなってんだこれ?と内心驚愕なのだが、正直滅茶苦茶助かったと言うのが本音だ。
「え?そ、そうなの…?も、もう!アベルのくせに生意気ね!!私にカッコいい所を見せてどうするつもりよ!!ほ、本当に馬鹿なんだから!!」
シノアからの支援も聞いたのだろう。
フェルは俺の作り話を大いに信じてくれたらしく、顔を赤くしながら身体をくねくね(おっぱいもぷるんぷるん)して嬉しそうにしている。
「(まぁ、プロローグ時点でアベルに対し明確な恋愛感情を示してる唯一のヒロインだからなぁ。アベルにお前の為だって言われて嬉しいんだろう)」
その様子を見る限り、上手く誤魔化せたのだろうと一安心する。
しかし、あれだ…咄嗟にとは言え、こう言うセリフを言えた俺凄いなと自画自讃しようとして、思い留まる。
このセリフを言えたのは俺の力じゃないと気付いたからだ。
こんな的確な台詞を言えた理由、それはただ1つ――
「(やってて良かった純愛エ〇ゲ!!!!)」
今までプレイしてきた純愛エ〇ゲ達の主人公達の台詞や、選択肢を見てきたからだ!!
ありがとう歴代純愛〇ロゲ達!!ありがとう歴代主人公達よ!!!!
シコ〇ティも最高だったよ!!!!!!
「(と、馬鹿な事してる暇じゃなかった…)」
ひとまず誤魔化せた事で安心しながらこの後を考える。
「(第一ヒロインのフェルはゲームの通りに登場し、第二ヒロインのシノアもゲーム通りでこそなかったが、それでもヒロインの登場順通りに姿を現した…となると次に出てくるヒロインは間違いなく《彼女》だろう。そしてそうだとすれば次に始まるのは……)」
周囲を見渡す。
今いる場所をゲームの画面で再現し、そして《彼女》のイベントが始まる場所を予想する。
大体の位置、そして目安を付けると腰に付けてある道具袋からこっそりと《それ》を取り出しておく。
「あ、あの…ごほん。な、なあフェル。そろそろ森に行かないか?薬草集めるんだろ?」
「ふぇ!?え…あ、そ、そうね!!そろそろ行きましょう!!」
くねくねしていたフェルを正気に戻し、森への出発を促す。
するとそれを聴いたシノアはまぁと口に手を当てて驚きを示す。
「あら?森に行くのですか?それは奇遇ですねぇ。実は私も森に《清める水》を採取しに行く予定だったんですよぉ。よろしければついて行っても良いですか?」
此処はゲーム通りに進んだかと内心ほっとする。
本来のゲームだとアベルがフェルと合流し、村の中央に行くとシノアが登場。
そこでシノア初登場イベントと彼女の成り立ちがある程度語られ、そして森へ向かう2人に自分も一緒に行くと言い出し、パーティー入りするのがゲームの流れだ。
正直、今回俺が起こしたミスで村中央で起きる筈だった初登場イベントが打ち消しとなってしまったので同行すると言い出すのか怪しい所だったが、そこはゲーム通りに進んだ事に安堵する。
―――今考えている計画。それを実行するのにヒロインの誰かががこの町に居ては困るからだ。
その中でも特に――シノアは一番駄目なのだ。
「えぇ!?し、シノアも来るの!?」
「はいぃ。あ、もしかして問題でも?」
「う…い、いや…問題は…ないんだけど…さぁ…」
あー、そう言えばあったなこんな会話。
フェルとしてはアベルと2人きりで薬草採取をしたいんだけど、姉の様に慕っているシノアの存在を無下に出来ず、悩みに悩んだ末に――
「………はぁ…うん…一緒に行きましょう……」
「まぁ!ありがとうございますぅ!」
――折れるんだよねぇ。
「(シノアって敵意とかそういう感情には敏感なのに恋愛関係においては超が付く鈍感設定だからねぇ…アベルとフェルとの関係も恋愛云々があるって思っていないからこそのこのお願いなんだよなぁ)」
リアルで居たらマジで空気読めない奴って無意識に嫌われちゃう類の子だよ…
……まあ、俺なんかそれ以下のそもそも友人数える位しかいないレベルの奴だけどね、はは……
「それじゃあ行きましょう!!」
「はーい」
「お、おう!」
2人きりになれなかった事にちょっとショックを受けてるフェルがやけくそ気味に先導して移動し始めたのを慌ててついて行く。
そして見えて来る村の入り口。
フェルを先頭に俺がその後ろ、そして最後尾をシノアが続く中で、俺はジッと前のフェルの腰にある道具袋を注視しながら左手の中に隠し持っていた《それ》を強く握り――
「―――――ッ!!!!」
――不意に見えた薄緑色の光に向けて右手を伸ばし、ガッシリと何もない筈の空間を握った。
「ぐえッ!!」
するとあら不思議。
何もない空間を握った筈の右手は《何か》を掴み、そしてそこからカエルの悲鳴の様な声がしたではありませんか。
「ふぇ!?な、なに!?」
「あら?今の声はぁ?」
その悲鳴に対し、フェルは驚愕し、シノアはもしやと声の持ち主を予想する。
そんな2人の声を聴きながら右手をゆっくりと自身の顔の前に持ってくると――
「い、悪戯はダメだろ?《カグヤ》」
――手の中に居るであろう人物の名を口にすると同時に、握っている右手周辺に緑色の光が集まり始める。
「ちぇ~どうして分かったのさ~。我ながら完璧だと思ってたのに~」
集まり始めた緑色の光は段々と人の形を成していく。
黒色の髪、東洋の着物を連想させる衣服、その衣服の上からでも存在感を示す形の良い胸。
それらが姿を現すと、俺は手を放してあげる。
すると彼女は不満そうにぶーぶーと文句を垂れながら俺の肩にひょいっと乗っかってきた。
「た、たまたまだよ。えっと、カグヤならやるかなぁって」
ふーんと納得していなさそうに頬を膨らませる小さな女の子。
そう、彼女こそがこのゲームにおける第3のヒロイン。
ゲーム内における最強の魔法使いであると同時に大の悪戯好きの妖精。
それこそが――《妖精女王の隠し子 カグヤ》だ。