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第4話


《盲目の聖女 シノア》

《フィルタルシア物語》に登場する第2のヒロインであり、回復や支援を中心としたサポート、そして対アンデッドモンスター戦におけるエキスパートクラス《僧侶》の中で最上級クラスに値する《聖女》を獲得している乙女だ。

本来ならば《聖女》は神に人生の大半を捧げ、神に貢献し続ける事でクラスを得る資格が与えられ、その神から与えられる試験を果たす事で初めて《聖女》と言う最上級クラスを得る事が出来る設定であり、作品中において登場する《聖女》は実質彼女だけだったりする。

設定上他の《聖女》も存在してはいるが、そのほとんどが高齢ばかりなので神に捧げる人生の多さとやらがどれだけのものなのかを容易く物語ってくれている。


その中でシノアは僅か20歳で神から《聖女》を得る為の資格を授かり、そして神から与えられた試験を無事に合格した事で史上最年少で《聖女》を得たのだが……その対価が――あの瞳だった。


神がシノアに与えた試験内容はただ1つ。

《私の為にその瞳を捧げる覚悟があるか》と言う単純でありながら残酷なものだった。


己の瞳を捧げる。

それは残された全ての人生から光を失う事だ。

未知の景色を見る事が出来ず、新しい絆を紡いでもその顔を見る事が出来ず、愛する子が生まれてもその顔を見る事が出来ず、己の最後さえも闇の中で終わらなければならない。

残された全ての人生を闇の中で生き続ける、それはあまりにも過酷で残酷な事だろう。

誰もが躊躇してしまうその試験内容、それに対してシノアは――


《分かりました、私の瞳で良ければ捧げましょう》


そう即答して自らの手で――瞳を抉り出したのだ。

瞳から血が流れ、純白だった己の衣を赤く染め、その血が教会の床を染めていっても彼女は悲鳴1つ挙げずに己の眼を抉り出したのだ。


…これに関してはよく覚えている。

勇者に寝取られた後に発生するシノアの過去を語るイベントにおいてこの内容も当然描かれており、抉り出すシーンなんかは豪勢にCG付でときた。

俺もグロ耐性はあるが……それでもあのCGは中々に来るものがあったのを良く覚えている。


血に染まった教会。悲鳴を上げる教会の面々。

混沌としたその場でシノアは自らが抉り出した瞳を両手に乗せ、神に差し出す。

血に塗れた瞳を、もう二度と光を宿す事のないそれを神は受け取り、そして感服した。

彼女の迷いなき行動に、彼女の信仰の強さに、彼女の心の強さに、

だからこそ神は迷う事なくシノアにそれを――《聖女》のクラスを授けたのだ。


こうして生まれたのが《盲目の聖女》――目の前にいる女性と言うわけだ。


「(……まぁ、これだけじゃないんだけどな)」


彼女の過去話にはもう1つ厄介なのが残っている。

神が彼女に《聖女》を授けた際に予言した内容だ。


《お前は後にとある男と出会う事になる。その男こそがこの世界の闇を支配する者を討ち破り、この世界に光をもたらす者――《勇者》となる存在だ。お前はこれより此処より遥か東にある小さな村でその男を待ち、その男の力となれ。その旅の果てにお前の瞳は、もう1度光を宿すだろう》


――そう、この勇者と言うのがヒロイン達を主人公から奪い取っていくあの勇者なのだ。


「(まあ、あいつなんだかんだ言っても魔王討伐はしっかりと果たすので勇者の責務は果たしてるからなぁ、この予言も嘘ではないけど……)」


予言通り、旅の果てにシノアは確かに瞳を取り戻しているのだが…此処に関しては俺にもさっぱりなのだ。

主人公アベルが勇者の元へ辿り着いた時、シノアは瞳を取り戻しているのだが……どうやって取り戻したのかは記載されていないのだ。

魔王を倒した際に見つけたアイテムでとか、勇者との愛で取り戻したとか、ファン達が幾度か答えを妄想こそしたが、結果公式が沈黙したままを貫き通したのでこれに関してはさっぱりである。


「(…まあ、今考えも意味はない、か。それよりも考えないといけないのは――)」


そんな予言が存在しているせいだろう。4人のヒロインの中で一番最初に勇者に墜とされるのがシノアであり、その後のヒロイン達も堕ちたシノアが勇者に協力していく事で次々と発生していく事になるのだ。

なので――


「(…ある意味勇者の次に要注意なのが彼女なんだよなぁ)」


他のヒロインとは異なり、彼女の場合は神からの予言と言う設定がある。

それがある限り、仮に何かの奇跡で俺が勇者に勝ったとしても彼女だけは勇者に付いて行ってしまう可能性があるのだ。


「……だからこそ、あれが必要、だな」


小声で呟きながら思い浮かぶ逆転の一手。

あれが使えるならば希望がある、と言う願いを込めて。

しかしそんな呟きに不穏なものを感じ取ったのだろう。

シノアと話していたフェルが此方を何とも言えない面持ちで睨みつけてきた(と言っても可愛い美少女である彼女が睨んだ所で怖くはなく、むしろ可愛いだけなのだがな)


「アベル!!今何かおかしな事考えたでしょ!!吐け!!その内容をはーけー!!!!」

「んげ!?んご!?ちょ、ちょっと揺すらないで!!」


ステータス的に考えても結構な力があるフェルの手が俺を強く揺すぶる。

揺れる景色と一緒に揺れるフェルのお胸を心の中で拝みながらじっくりと観察していく。

ぶるんぶるんと揺れるお胸をしっかりと観察していく。

もし此処にカメラかスマホがあれば録画するのに、と考えながら揺さぶられながら必死に観察を続けるがーー


「まあまあぁ。フェルちゃんもその程度で抑えて抑えてぇ」


俺を揺すぶっていた手を優しく握り、そう諭す様に声を掛ける。

エルフだがその年齢は外見通りのフェルにとってシノアは頼りになる仲間であると同時に様々な事を教えてもらい、共に育ってきた姉の様な人物だ。

その姉にそう言われたら…とまだ何か言いたそうな顔ではあったが、渋々と手を放す。

その様子を満面の笑顔で見つめた後に「良い子ぉ良い子ぉ」と頭を撫でると、シノアが此方を向く。


「それでぇ、アベルくん。その武器や防具は本当に盗んできた物なのぉ?」


相も変わらずのほんわかとした口調と優しい声色でそう問いかけてくる。

けれども先程に比べればその表情には真剣さがある。

疑いたくはない、けれども疑うしかないと言う感情から漏れ出した疑心が言葉に込められているのが分かる。

そんな疑心を込めた言葉を前に、俺は思わず心の中で苦笑してしまう。

よりによってこの人相手に、と。


「(まだフェルならどうにかなったんだけどなぁ…)」


シノアはスキル《看破》を保有している。

これはあらゆる嘘偽りが通じないと言うもので、仮に彼女に対し嘘を付いたとしても彼女にはそれが嘘だとすぐに見破ってしまうのだ。

ゲームだと相手のフェイント攻撃を見破るだけのものだが、今はそれが本当の意味で発動している。

なので……今嘘を言えば一瞬で彼女はそれを見破るだろう。


この質問に関してはまだ素直に言えばそれで通る、だがその次は?

この武器や防具の出処を問われれば、もうどうしようもなくなる。

嘘を付いても見破られ、本当の事を言うわけにもいかない。

だが沈黙の先にあるのは信頼の喪失であり、そうなれば勇者打倒以前の問題となるわけで……


「(――詰んだ\(^o^)/)」


あまりにも絶望的な状況に脳内で顔文字が大暴れしている。

顔文字のパレードが脳内を暴走する中で打開策ゼロのこの状況を脱する術を考える。

考えて考えて、それでもどうしようもないと分かると顔文字達の暴走が激しくなっていき、思考する事さえもが大変になっていく状況の中で、


「…アベルくん、もう一度だけ聞くよぉ?これは盗品なのぉ?」


優しい口調でありながら有無も言わさないタイムリミットが迫ってきた。

外も中も緊迫してきた状況、どうしたら良いのかと必死に答えを求めていく中で浮かんだのは――


《やっほアベルくん☆!!遅かったねぇ!!遅すぎたから…ほら、皆僕の虜になっちゃったよ☆!!ほらみんなアベルくんに挨拶しないとぉ!!え?そんな事どうでもよいからもっと?アハハ困っちゃうなーもー!!》


――フィルタルシア物語において最後のCG付イベントであるヒロイン達全員と裸で引っ付きあう勇者の姿だった。

ふざけた言動とふざけた態度の勇者に怒りが湧き上がるが、傍にいる彼女達の姿が物語っていた。

もう、遅かったのだと。

仮に勇者を倒せたとしても、彼女達の心はもう二度と此方に向く事はないのだと、村で過ごせた頃にはもう戻れないのだと。

そう悟り、諦め、1人旅立っていくアベルの悲しい姿を。


――アベルと一体化している影響だろう、まるでアベルが長年の親友であるかの様な、はたまた家族であるかの様な奇妙な親近感がわく。

その親近感が俺に思わせる。

もう二度とアベルにそんな経験をさせたくないと、もう二度とあんな思いをさせたくないと。

だから――――


「――違う。それは盗品じゃない。俺の…俺の願いを叶えるのに必要な品なんだ」


――アベルとしてではなく、《俺》としての思いを言葉にしていた。



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