第3話
「アベルー?必要なら手伝うけど、大丈夫ー?」
窓の外から聴こえるフェルの声にしまったと慌てて準備を始める。
打倒勇者、そう目標を決めたまでは良いが、現状は下手にイベントに逆らわずにその通りに進行した方が良いだろうと判断しての行動だ。
あのエンディングを回避する。
その為に絶対必須の条件はあの勇者を倒す事だが、それもプロローグが終わるまでに果たさなければならないと言う時間制限付きときた。
それまでに目的を達成できなければ勇者はヒロイン達を連れて魔王討伐と言う旅に出てしまい、その過程でヒロイン達は彼の毒牙に掛かって次々と陥落してしまうからだ。
ハッキリ言って――時間はそんなにない。
ならばイベントに逆らって今すぐに打倒勇者を果たすべきだと思いこそするが、それを実現する事は不可能だと他の誰でもない俺自身が理解していた。
そう思う理由はただ1つ――
「(《アベル》のステータスがゲーム通りだとすれば…どう足掻いても勇者相手に勝ち目はないんだよなぁ…)」
――アベルの貧弱さにある。
このゲームにおいて最も弱いキャラクターは誰かと言われたらプレイヤーは全員口を揃えてアベルの名前を挙げるだろう。
それくらいまでにアベルは本当に弱いキャラなのだ。
プロローグ終了後の修行後アベルならまだしもプロローグ時点でのアベルの弱さは本当に泣きたくなるレベルで、このゲームの最弱モンスターである《ぷくりん》相手でも運が悪ければ負ける時がある位だ。
そんな最弱アベルとは対照的に勇者はと言えば……間違いなくこのゲームにおいて最強だろう。
元々のステータスが高いと言うのもあるが、金に糸目を付けない豪華な装備。(若者言葉の表現として"ケチ目"とされているならスルーしてください)
そして――勇者のみが保有出来ると言う設定のスキル《女神の加護》が強すぎるのだ。
「(ステータスを特大アップ+敗北しても可能性高めで蘇生+全ての職業適性並びに武器適性強制マックス+獲得経験値10倍その他もろもろ……とか言うチートスキルだからなぁ)」
最近流行りの異世界転生物によくある俺TUEEを体現したかのようなチートスキルだ。
これがある限り、勇者とまともにやりあって勝てる可能性など決してないだろう。
「せめて修行後アベルならなぁ……」
叶わぬ願いを口にしながらも寝間着を脱ぎ捨てて、私服に袖を通そうと部屋にある鏡の前に立って―――ん?と疑問を感じた。
「………あれ?」
鏡に映るのはアベルの肉体。
プロローグ時点では貧弱と言う言葉が形となったとまで言われる程に弱弱しい肉体の少年だった筈のそれは――見事なまでに逞しい筋肉へと変わっている。
まさか、そう思って手で触れてみるが俺の叶わぬ願いが幻想として映し出されているわけではなく、正真正銘の肉体として手で触れる事が出来た。
ただ鍛えられただけではない、程よく引き締まり身体のあちこちにある小さな傷は修行だけではなく戦いを通して鍛えられた物だとすぐに理解させる。
そんな肉体を何度も確認する様に触れながら、ある可能性が脳裏を過る。
「……もし、かして…」
そうであればどれだけ嬉しいかと思わせる可能性。
つい先程まで幻想でしかなかったそれが今目の前に映し出されている。
鍛えられた身体、そしてこの世界に来る前に見たあの状況。
その2つが重なり、そして1つの答えを提示してくれた。
「――《2周目》、なのか」
――此処が2周目の世界であると言う答えを。
俺が操作し、共にあの世界を駆け抜けたアベルの身体に今俺は宿っているのだと言う答えを。
何度も触れて確認する、この肉体が俺が操作して鍛えたあのアベルの肉体だと。
何回も投げ出して、けど気付いたらまたプレイして、勝てない相手を前に幾度も鍛え続けたあのアベルの身体だと、触れて確認する。
「…だったら、もしかしたら!!」
慌てて俺は部屋の片隅に置かれている小さな箱を手に取る。
《荷物箱》。そう呼ばれるこのアイテムは魔法アイテムだ。
幾ら入れても溢れる事はないと言う設定のこの箱は名前通りのアイテムで、このゲームにおいて倉庫として使われているものだ。
無論、俺もかなりの頻度で使用していた。
旅の過程で邪魔になったり、荷物制限で持ち切れなくなったアイテムや武器、それら全てをこの中に入れ続けてきた。
だからもしも、今いる此処が俺の考えている通りの2周目の世界だとすれば――
「―――――――ッ」
――勇者打倒、その目標にかなり近づける。
フェルにとってそれはもういつもの日課だった。
幼馴染で寝坊助のアベルを起こして一緒に森へ薬草を採取しに行き、森のこじんまりとした広場でお昼を食べて夕方には一緒に帰る。
彼女にとってそれは欠かせる事のない日課だった。
「(べ、別にアベルと一緒に薬草を取りに行きたいってわけじゃないのよ!ただアベルは本当に弱いから私が幼馴染として一緒に行って守ってあげないといけないのよ!だってそうしないとあの子ったらぷくりん相手にも負けちゃいそうだもの!!そう、幼馴染としてやってるだけ!!だから決して一緒に薬草採取がしたくて誘ってるわけじゃないからね!!)」
誰に言うわけでもなく脳内で一人そう考えるフェル。
その手に握られている手荷物の中にある手の込んだサンドイッチと、笑みを浮かべてアベルを待つその姿はさながら恋する乙女であり、もしも今の脳内言語を他の誰かが聞いていたら苦笑して去って行くだけだろう。
そんなフェルがアベルを起こしてからはや数分。
いつもならもう出てきてもおかしくないのに彼は未だに家から出てくる様子がない。
「…アベル遅くないかしら?」
そんなフェルがふと呟いて彼の家を見つめる。
着替えに用意、それらを踏まえて考えたとしても少々遅すぎる。
いつもならば寝ぐせとかそのままで慌てて飛び出してきて、それをフェルが手直してあげながら一緒に森へと向かうのだが、今日は飛び出てくる気配がない。
――もしかして何かあったのでは?
浮かび上がった疑問と不安。
その2つに押される様にフェルはもう一度家の中へ入ろうとドアノブに手を伸ばそうとして――それを阻む様に同時に扉が開いた。
「ご、ごめんなさ――ご、ごめん、遅くなって…」
聴こえるアベルの声に感じた疑問と不安は気のせいだったかと安堵しながら、いつもの様に寝ぐせを治してあげようと彼の顔を見上げて――固まる。
何故なら――
「――あ、アベル?」
「な、なんです――ああいや…な、なんだいフェル?」
「――どうしたの、その装備?」
――其処にいたのは今まで一度も見た事の無い装備を着こなしているアベルの姿だったからだ。
荷物箱の中に眠るかつての旅で得たアイテムや装備を見た瞬間、俺は歓喜した。
荷物箱の中に眠るアイテム達があり、アベルの肉体が強化されている状態。
これらから推察しても、此処は間違いなく2周目状態の世界だと確信が得られたからだ。
これならば打倒勇者に最も近づける選択肢を幾つも取る事が出来ると歓喜した。
あまりの嬉しさに歓喜しまくって――その挙句に何も考えずに荷物箱の中に眠る中で一番の効果がある装備を身に纏ったまま外に出てしまったのだ。
その結果――
「――ねえアベル。私怒んないから話して?これどこから盗んできたの?鍛冶屋の爺様の所?それとも行商人さんから?ねえアベル、盗むのっていけない事なのよ?アベルが前から強くなりたいって努力してるの知ってるけどこれはいけない事なのよ?そんな事しなくても私が一緒に修業付き合ってあげるから。だからこれ返しに行きましょう?私も一緒に謝りに行くから。ね?」
――今現在進行形で地面の上に正座させられてます。
「いや、その…ちが…んん……」
誤解です、そういうのは簡単だ。
だがその続きをどう言えば良い……
フェルからすれば幼馴染が急に見た事のない強そうな装備(確かドロップするのは最終ダンジョンの1つ前)に身を包んで現れた、と言う状態なのだ。
幼馴染としてアベルの弱さを知っている彼女からすれば彼が自分でモンスター倒して手に入れたとは到底思う事が出来ないだろうし……
「(そう言えばこの世界だとドロップとかどうなってるんだろう?)」
ふと浮かんだ疑問に思考が逃げようとするが、それを許さないと言わんばかりにフェルが前屈みになりながらアベルの顔を凝視する。
んでそうなると、ごく自然とフェル先生のたわわなお胸がぷるんぷるんと重力の法則に従って目の前で揺れるわけで――うほ、エロい。
「アーベールー!素直に全て話しなさい!隠しても良い事にならないわよ!!」
カンカンに怒っている表情と身動きする度に揺れるおっぱい。
恐怖とエロさを両方に感じながらも必死に誤解を解こうとして――
「――あらぁ?どうしたのですかフェルさん、アベルさん。こんな朝からそんなに騒いでぇ」
聴こえてきたのは、のほほんとした第3者の声。
その声に俺とフェルの視線が同時に動くと、その先には1人の少女がニッコリと笑みを浮かべながら歩み寄っていた。
病的なまでに白い肌と透き通りそうな程に白い髪、そして閉じられた眼と小さな腕に握られた十字架を象った装飾杖。
その少女を見た瞬間、俺はああやっぱりと思った。
今俺は間違いなくプロローグを体験しているのだと。
このゲームの全てのヒロインが登場するプロローグを今実際に体験しているのだと。
だからこそ彼女が姿を現したのだろう。
――俺は彼女を知っている。
いや俺だけではない、このゲームをプレイしている人がいれば誰だって彼女を知っているだろう。
そう、彼女こそ――
「あ!《シノア》!聞いてよアベルったら泥棒したかもしれないのよ!!」
「まぁまぁ、本当でしたら大変ですねぇ」
多数の支援魔法と回復魔法を有する作中最強の支援キャラであり、対アンデッドにおいて勇者の実力さえを上回る戦闘能力を持つ、このゲームの第二のヒロイン。
それが目の前にいる少女――《盲目の聖女 シノア》だ。