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第2話


「…?どうしたのそんなぽけーとした顔して?今日は一緒に薬草取りに行くから起こしに行くって昨日言っておいたじゃない。まさか忘れたの?」


――これはいったいどういう事だろうか?

俺はつい先程まで《フィルタルシア物語~愛しのあの子達を奪われて~》のやり込み要素である裏ダンジョンの攻略に挑み、そして無事に攻略して謎のアイテムを入手して二周目を始めた筈だ。

なのに、どうして目の前にそのゲームに出てくるヒロインの《フェル》が居るんだ?


「……えっと」


とりあえず何か言わないといけない。

そう思って口を開こうとするが、言葉が出ない。

無理もない、今現在青春真っ盛りの16歳である俺だが――彼女どころか女友達さえも1人もいないので女性相手に何を話せば良いのか全く分からないのです。


――決して努力していなかったわけではない。

女性が好む話を調査して会話ネタを用意したり、雑誌に載っていた《とりあえずこれしとけば女性と縁が出来ます》コーナーの香水やファッション等を用意したり、色々と努力はした。

が、いざ本番となるとやはり脳内練習とは違い上手くいかずに――結果、今に至るわけだ。


そんな俺がいきなり美少女と何か話せと言われても、無理難題過ぎるわけで…

だが何か話さなければならない、そう焦る俺は必死の思いで―――



「きょ、今日は良い天気ですね!!」



――めっちゃ無難なのを叫んでた。










「――どうなってんのこれ」


水瓶に溜まった水。

その水面に映る顔が16年と言う歳月を共に過ごしてきた見慣れた自分の顔ではなく、フィルタルシア物語主人公のアベルの物になっている事に戸惑いながらもそう呟く。


無難な叫びから数分。

フェルを何とか誤魔化して家から出した後、俺は困惑しながらも色々と確認をした。

まず第一に此処は俺の家ではない。

築13年、親父がローン組んで建てた慣れ親しんだ我が家。

そこそこの広さと各自の個室があり、風呂だけは無駄に立派な我が家。

それがどうだろう、気付いたら中世ファンタジーに良くある木製の物に代わっており、お風呂も木製でこじんまりとした物へと変化を遂げてスケールダウンしているではありませんか。

……劇〇ビフォー〇フターも良いレベルだろこれ。


そして第二に…此処、俺のいた世界じゃない。

だってそうだろう、窓から外みたら一面広がるのはまるで中世ファンタジーそのままの小さな村と一面の自然。

こんなの今どき何処の田舎に行っても見る事が出来ないレベルだし、これだけでもありえないってのに、極めつけは今現在進行形でおばちゃんが手を使わずに家の屋根からゆっくりと降りてきていると言う摩訶不思議な光景だ。


……ここまで条件が揃えば嫌でも分かる。

詰まる所俺は――フィルタルシア物語の世界に主人公アベルとして異世界転生?転移?とやらを果たしたらしい。


「――うそん」


異世界転生並びに異世界転移。

それはある種人々が求める理想の展開だ。

異世界行って俺TUEEして美少女にもてまくる。

まさに理想の展開であり、実際俺も夢見た事は何度もある。

だが、だ。


「…実際やってみると…あれだな」


――めっちゃ帰りたい。

…いやね、うん、分かるよ。

男の子なら誰でも一度は夢見る異世界転生(転移)、それを実現したのにその発言はなんだーって思うのも分かるよ。

けどね、帰りたい。


昔誰かが言っていた、大事な物は失ってから初めて分かるって。

あれ正しいよ、俺にとって大事なのはあの平凡な日常だったんだよ。

学校行って友人とだべって、家帰って飯食べて、寝るまでゲームをゴロゴロとする事が出来たあの平凡な日常こそ俺にとって大事な物だと改めて思い知らされたよ。

なので、帰りたいと言うのが間違いなく男の子の夢を果たした俺の本音だったりするわけだ。


「……まあ、とにもかくにも動くしかないか」


元の世界へ帰る方法を見付けるにしろ、まずは情報がいるわけだ。

幸いフィルタルシア物語はかなりやり込んでいたおかげで発生する大抵の出来事は丸暗記している。

その知識を生かして無難に生き残れば…と考えてふと気づく。


「…さっきのフェルに起こされたのってプロローグの一番最初のイベントだよな」


フィルタルシア物語のプロローグ。

それは主人公アベルと彼の周りにいる4人のヒロインを紹介する為の物で、村での平和な日常が描かれている。

先程の出来事は、その一番最初のイベントでヒロインフェルが主人公アベルを起こしに来ると言う幼馴染キャラ特有のイベントだ。

イベント通りならば主人公アベルを起こした後、フェルはアベルが準備を終えるのを家の外で待っていると言う事になる。

チラッと窓から様子を伺ってみると風に乗って聴こえる小さな鼻歌と揺れる黄金色の髪が見えるので現状はイベント通りに進行していると見ても良いだろう。

ならばそれに逆らわずに行動した方が良いかもしれない、そう判断して準備しようとして――足を止める。


「(イベント通りに進行って…)」


思い出す、フィルタルシア物語のストーリーを。

平和なプロローグが終わると村にやってくる《勇者》を。

魔王討伐と言う立派な考えの裏でヒロイン達を我が者にしようとしている事を。

その企みに唯一気付いて勇者を阻もうとして逆に徹底的に敗北し、危うく勇者に殺されそうになった主人公の命を助ける為に勇者の旅に参加する事になったヒロイン達が辿る末路を。

それらを思い出して、思う。


―――本当にそれで良いのか、と。


「(……………)」


ゲームの最後、ヒロイン達の心も体も勇者に奪われたアベルはただ1人孤独に旅に出る結末を迎える。

それまでの修行の日々も、ヒロイン達を想う心も何もかも壊されてただ1人立ち去る姿が今も目に焼き付いている。

アレを迎えても良いのか、あの結末を今度は自分自身で経験しても良いのかと幾度も自身の心に問いかけて――答えに辿り着く。


「……んなわけねぇだろ」


一度ゲームをクリアしているからこそ分かるアベルの苦しみ。

そんな想いを二度とアベルにさせるつもりもないし、第一俺は純愛ゲーの方が大好きなんだ。

だから俺は、やる。


「――やってやるか、打倒勇者」


それが例えこのゲームの趣旨を壊す事になったとしても、

それでも俺は――アベルにハッピーエンドを迎えさせてやりたいと思った。



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