お泊り会、夜
那由他ちゃんは初めてのお泊りに随分興奮しているみたいで、いつもより積極的にお話してくれたし、色んなことを聞いてくれた。言いよどむようなところもあったけど、自分からあれこれと教えてくれた。
那由他ちゃんのお母さんは家を出ているらしい。大きな喧嘩をしていたわけではなくて急な話で、どうしてそうなっているのかわからないらしいけど、一時的なことだと説明されているらしいので離婚とかではないらしい。その細かい辺りは本人が言いたくないならあまり口を出さない方がいいと思うけど、それはそれとして、お父さんが遅くて晩御飯一人の時があるなら少し心配だ。
まあさすがに毎日ではないみたいだし、過剰に心配するのもお節介だろう。家が隣とかなら、それこそ毎日家で食べていきなよって思うけど。何かあったら言ってね、と言うのでとどめておいた。
それ以外にももちろん、たくさん話した。那由他ちゃんの好きなものとか嫌いなもの、普段よく食べるもの苦手なもの、やりたいこと、興味のあること、過去の思い出。
そんなことを話していると、那由他ちゃんは段々うとうとし始めていた。時間はまだ9時半で寝るには早いけど、精神的に疲れているのかな?
「那由他ちゃん? 眠いなら寝よっか? もう布団は温まってるからいつでも寝れるよ?」
「んう、まだ、眠くありません……」
「でも今一瞬寝てなかった?」
「……う、あ、すみません、なんでしたっけ」
「寝よっか。はい、布団に降りて―めくるよー」
すっと眠りについてもたれかかってきたので、半ば抱きかかえるようにしながらベッドからおろし、転がすように布団の中に入れた。ほどよく温かさがのこっている布団は手を入れた私にも、あ、気持ちいいと思わせてあくびを誘発させてくれる。
「うー、千鶴さん。まだ、寝たくないです。嫌ですぅ」
「えぇ? どうしたの?」
声がとろんとしためちゃくちゃ眠そうな感じで目も閉じているのにぎゅーっと眉間にしわを寄せて、那由他ちゃんはそう駄々をこねるように掛布団をつかんでいる私の手をつかんでいる。
もう布団の中に入って寝転がっていて、頭も持ち上がらないままの那由他ちゃんは見た感じ寝ているくらいなのにずりずりと横にいる私にすり寄るように少しだけ近寄ってくる。
「まだ……千鶴さんといるもん」
「んふ」
可愛すぎて笑ってしまった。さっきまたトイレに行くときもついてきたし、どこにでもついてきたがる感じがもう、大型犬みたいに思えてきた。ほんとに可愛いなぁ。
そっと頭をなでると、那由他ちゃんの眉間の皺はなくなり顔全体が緩んだ。険しい顔より、微笑がよく似合う。
「えへへ」
そのままそっとくるりと髪をかき上げ耳にかけてあげると、その手についてくるかのようにくるりと那由他ちゃんも回った。上向きに寝転がっている那由他ちゃんは本格的に寝ているようで、口元を動かしているけど声になっていない。
「ふふ」
可愛くって、また笑ってしまう。
それにしてもこうしてはっきり髪をかきあげ、明るい下に照らされた状態で正面から見ると、やっぱり那由他ちゃん、めっちゃ可愛い顔してるなぁ。
ちょっと幼げな頬の丸みや、ふにゃっとした表情が、整っているが故のちょっとした怖さみたいなのを緩和してただ可愛いと感じさせる。これであと少し成長してしまったら、雰囲気のある美人になりそうだ。
そうなっていたらきっと、いくら私でも簡単には友達になれなかっただろう。
「……」
ほんのすこし、悪戯心がわいてきてその心に逆らわずにそっと那由他ちゃんの頬に触れてみる。
ふわっとした頬は見ていた以上に柔らかで温かい。もちもちして、吸い付くような肌。と言うか、本当に肌綺麗すぎるな。見た目にもすべすべしてそうだな―とは思っていたけど、触るとちょっとびっくりする。
生まれたての肌の様だ。いくら若いと言っても、限度があるのでは? 髪の気だって普通に天使の輪があるほどさらっさらだ。小学生くらいまでは外気にあたってないぴちぴち感があっても不思議ではないけど、高校生ってこんなものだっけ? ほんの数年前なのに遠い昔のように細かい感覚までは記憶にない。
小学生くらいは髪の毛だって細くてすごく綺麗な髪してるなーと言うのも、大人になった今親戚の子供とかをみて思うことだし、高校生当時に自分や同級生がどうだったかと言われると。
思わず熱心にさわさわしてしまう。頬をもにもに、髪をさららら、うーん、一生触っていられる。可愛いし。
「んん」
「お、おおっと」
と、少し調子に乗ってしまったようで、那由他ちゃんがふいに反応してばっと動いて私の手をつかんだ。そして抱え込むように両手で胸元に引き寄せて横向きに寝返りをうった。
それにあわせて姿勢が崩れて前かがみになったので、とっさに那由他ちゃんの頭の向こうに左手をついて衝突はふせいだけれど、危なかった。起こしてしまうところだった。
……。いや、ちっかいなぁ。肘くらいまで那由他ちゃんの胸に収納されているので当然だけど、もう鼻先が普通に那由他ちゃんにぶつかりそうなくらいだ。
姿勢もまあまあしんどいので早いところ起こさない程度に撤退したいところだけど、しかし、那由他ちゃん、顔がいい。近距離でみるとパーツパーツの美しさが強調して見えて、全体の柔らかな雰囲気が薄まる分、見とれてしまう。
そして横向きになるとやはり存在感の増すその胸部よ。めっちゃ抱きしめられているので、腕が柔らかいものに包まれている。この距離と圧迫感。もはやガチ恋ってレベルじゃない。なんだかすごく、ドキドキしてきた。危ない。道を踏み外しそうだ。
「……はっ」
本当にこのまま顔が近づいて踏み外してしまいそうになったので、慌てて頭をあげる。そしてゆっくりと腕を抜いていく。
「ううーん? ちずぅさん?」
「ちょっとごめんねぇ」
むずがるような那由他ちゃんに囁き声で軽く声をかける。元々眠ったばかりなのでまだ眠りが浅いのだろうけど、起こしてしまったか。でもちょうどいいので、腕を離してもらおう。
「手、離してもらってもいいかな?」
「うぅ? 千鶴さん、どこ、行くのぉ?」
私が姿勢を戻したことで腕が離れたけど、まだ指先をつかんだままの那由他ちゃんは、ちょっとだけ目をあけて眩しそうな顔でそう、とろけそうな声で言った。
「うっ」
その何とも言えない健気可愛さに、きゅん、と胸が苦しくなった。こんな半分以上寝ている状態で、それでも私について来ようと言うのか。こんなに可愛い那由他ちゃんを置いて、どこに行くのか。
「那由他ちゃん。どこにもいかないからね」
「うん」
頭を撫でながらそう言うと、那由他ちゃんはにへーと力の抜けた笑みを浮かべ、その勢いで目は閉じられてちょっとだけ持ち上がっていた手は落ちた。でも掴まれた私の手はそのままだ。
ここまで言われたらもう仕方ないだろう。
「おやすみ、那由他ちゃん」
私も那由他ちゃんの布団で寝ることにした。中にお邪魔するとほっかほかで、寝転がって天井を向けば那由他ちゃんの顔も見れないし、繋いでいる手の柔らかさにだけ癒されながらゆっくりと眠りに落ちて行った。
○
「ふわぁ……うーん」
朝が来た。基本的に目覚まし時計はセットしない派だ。特に休日は絶対にしないで、心行くまで眠りたい。だけど悲しいかな、いつもカーテン越しの日差しでそこそこに目が覚めてしまう。
今日もまた、瞼越しの暖かい何かで目が覚めた。口元をむにむに動かして意識を覚醒へと持って行きながら、目をあける。
そして同時に、手のひらが温かくて、ていうか右側が温かいことに気付いて、あ、そういや那由他ちゃんが泊まったし、同じ布団で寝てるんだった。と思いながら首を動かして横を見た。
「あ」
「あ、あ、お、おは、おはよう、ござい、ますぅ」
「おはよう、那由他ちゃん、起きてたんだね」
ばっちり目があった那由他ちゃんは口をぱくぱくさせて驚きを表現してから挨拶してくれた。昨日の寝ぼけ半分の記憶はやはりないようで、とても混乱しているようだ。
「は、は、はい。あの……な、なんで、隣で寝てるんでしょう?」
くすりと笑ってしまいながら返事をする私に、不思議そうにおずおずと尋ねる那由他ちゃんに、悪戯心がわいてきてそっと手で顔を覆いながら答える。
「そんな、那由他ちゃん。覚えてないの? あんなに私を求めてくれてたのに」
「え? え? え?」
「ぷぷ。うそうそ。でもないか、那由他ちゃんが私の手をつかんで離さなかったから、可愛すぎて一緒に寝たくなっちゃったの。ごめんね、狭くて寝苦しかった?」
まるで助けを求めるように周りを見渡す那由他ちゃんにおかしくって吹き出してから訂正する。那由他ちゃんが私と一緒にいることを求めてくれたのはある意味事実ではあるけど、実質私の意志だ。
なのでかるーく謝っておく。別に那由他ちゃんもただ疑問なだけで怒ってるわけでもないしね。
「そ、そんなことは、ないですけど……えっと、じゃあ、私が、手、離さなかった、から、ですよね。その……あ、ありがとう、ございます」
「可愛すぎか」
なぜそこでお礼が出るのか。育ちが良すぎるし可愛すぎるだろう。起き上がって那由他ちゃんの頭を一撫でしてから、着替えるために立ち上がる。
「そろそろ着替えよっか。あ、もう15分。あと15分でプリティア始まるよ」
「あ、は、はい」
思ったより遅く起きてしまっていた。那由他ちゃんを急かして着替える。那由他ちゃんのサイズに合うブラはないので、昨日洗濯して乾燥終了しているはずの洗濯機を見に行くと、すでに昨夜の分は取り出して私用ケースに那由他ちゃんの分も入れてくれていたのでそれを渡した。
そうして身支度をすませて居間に行くとちょうど時間だったのでテレビをつけ、朝食を食べながら那由他ちゃんとプリティアを見た。
そんな感じで楽しい午前を過ごし、那由他ちゃんとの楽しいお泊り会は終了するのだった。




